50話 風の国シルフィード②
エルフの里に到着した。
――結論から言えば、俺が物語や伝承で思い描いていたエルフの里とは、まるで違っていた。
森の奥にひっそりと佇む神秘の集落。
時間から切り離された叡智の民。
そんな幻想は、里の入口に立った瞬間、あっさり裏切られた。
まず目に入ったのは、木と石を組み合わせた大きな建築物だった。
外観は美しい。曲線を多用した柱、蔦を絡ませた装飾、いかにもエルフらしい意匠。
だが――
「……工事中?」
入口には、色褪せた木札が下がっていた。
《完成予定:二十年前》
冗談かと思って、近くで木材を運んでいた若いエルフに声をかけた。
「これ、いつ完成するんですか?」
「ああ、これですか? えーと……たしか、もう少しで……」
言葉を濁す彼の背後から、少し低い声が割り込む。
「そいつ、まだ百二十歳の若造だからな。分かってないんだよ」
振り向くと、落ち着いた雰囲気のエルフが腕を組んで立っていた。
見た目はどう見ても青年だ。人間なら三十代前半、といったところだろう。
「完成? まあ……気長にやるさ。急ぐ理由もないしな」
悪びれた様子はない。
それが、この里の“普通”なのだと、肌で理解させられた。
――時間の感覚が、根本から違う。
数年、十数年という単位が、彼らにとっては「少し前」なのだ。
里の中心へ進むと、広場に人だかりが見えた。
どうやら議会が開かれているらしい。
半円状に並んだ席。
その中央で、何人ものエルフが意見を交わしていた。
「それは前回も話し合ったはずだ」
「だが結論は出ていない」
「急ぐ必要はないだろう」
「では次回に持ち越そう」
――同じ言葉が、何度も繰り返される。
議論は巡り、巡り、そしてどこにも辿り着かない。
一番奥に座る長老らしき人物に目を向ける。
白髪はない。皺も少ない。
人間で言えば、せいぜい四十代か五十代に見える。
だが、その視線はどこか焦点が合っていない。
誰かが話しかけると、少し遅れて頷く。
過去の話題と現在の話題が、微妙に食い違っている。
胸の奥に、嫌な感覚が広がった。
「……あれ、もしかして」
俺の呟きを、スカイアが静かに拾う。
「認知症だろうね」
あまりにもあっさりとした言葉だった。
「エルフも人間と同じ。歳を取れば、ちゃんと衰える。
寿命は千年って言われてるけど、早い個体なら七百年でも発症する」
俺は、思わず息を呑んだ。
「……まさか」
口に出さずとも、考えは一つだった。
「ええ。その可能性は高いと思ってる」
スカイアは視線を議会から外し、森の奥を見つめる。
「ハーヴィーは、原点を思い出せないまま、暴走してる」
胸が、きしりと鳴った。
「彼は転生者で、前世の記憶を持っていた。
それに加えて、長命のエルフとしての人生。
二つ分の人生を生きてきたようなものよ」
重ねられた記憶。
積み重なった時間。
忘却できない過去。
「普通のエルフより、ずっと負荷は大きい。
……壊れない方がおかしい」
沈黙が落ちる。
風が、木々を揺らした。
ざわり、と葉擦れの音が耳に残る。
「私はね」
スカイアが、俺を見た。
「君に懸けたい」
その瞳は、風そのもののように澄んでいた。
「この腐った停滞――エルフの森に、風穴を開けられるのは、問い続ける者だけよ」
答えを鵜呑みにしない。
納得するまで立ち止まる。
それでも前に進もうとする者。
――それが、俺だと言うのか。
胸の奥で、何かが噛み合った感覚があった。
「……まだ、見る場所はありますか」
俺は、そう問いかけた。
「あるわ」
スカイアは、ゆっくりと頷く。
「ハーヴィーが暮らしていたとされる家。
今は空き家だけど、場所は分かってる」
エルフの里の中心。
世界樹。
巨大な樹は、ただの象徴ではなかった。
内部は空洞化され、集合住宅の役割も果たしているという。
普通なら、七百年以上前の建物など残っていない。
だが、この里では“残る”。
時間が、止まっているからだ。
「行ってみよう」
そう言った俺の声は、思ったよりも静かだった。
だが、その一歩は確かに、核心へと近づいていた。
――エルフの里の中心、世界樹へ。
Y
・エルフの里に到着。
・建築中の建物が「完成予定20年前」のまま放置されている。
・若いエルフ(120歳)は問題意識が薄く、ベテランエルフは「まだ若造」と切り捨てる価値観。
・エルフ議会を目撃。見た目は若いが、議論は堂々巡りで結論が出ない。
・スカイアから説明を受ける。
・エルフも老化・認知症になる(700から1000歳が目安)。
・ハーヴィーもその可能性が高い。
・転生+長命で、精神負荷は常人以上。
・ハーヴィーが住んでいたとされる家が世界樹内部にあると知る。
⸻
W
・エルフ社会は「停滞」が常態化している。
・時間感覚のズレが、問題の先送りを正当化している。
・長命=理想的ではなく、思考の硬直や記憶の欠落が致命的な弱点になる。
・ハーヴィーは最初から悪ではなく、理想を持った英雄だった可能性が高い。
・現在の暴走は「思想の悪」よりも、記憶・原点の欠落+権力の肥大化が原因かもしれない。
⸻
T
・世界樹内部にあるハーヴィーの旧居を調査する。
・彼の「原点」や「人間だった頃の感情」を示す痕跡を探す。
・神ハーヴィーを倒すだけでなく、何を失い、どこで歪んだのかを突き止める必要がある。




