5話 世界の嘘
「ハーネスさん、キリングベアーは僕が血抜きと処理しときますね」
勇希がそう言って一歩前に出た。さっきまでの空気とは違う。視線を森に向けたまま、さりげなく俺たちに合図する。周囲を警戒しながら作業するつもりなんだろう。
ハーネスもそれを察したように小さく頷いた。
「そうだな。オレも手伝おう」
衛が自然に勇希の横に出る。無言でナイフとロープを準備し、二人で作業に入った。あえて何も言わないが、きっと“見られたくない話”があるのだ。
「俺が小屋で話を聞きますよ」
俺がそう言うと、ハーネスは少しだけ笑って小屋の扉を開いた。
中は質素だが整っている。壁際の棚、使い込まれた椅子、そして古びた地図。
俺は無意識にステータスウィンドウを開き、「メモ帳」を起動した。
「……珍しいな、その使い方」
「癖みたいなもんです」
そう言って促すと、ハーネスは深く息を吐いて語り始めた。
「俺は元は漁師だった。海の向こうでな。嵐に遭って船が難破し、気がついたらこの大陸に流れ着いていた」
やはり、という確信が胸に落ちる。
「本来この大陸は結界で覆われている。簡単に出入りできる場所じゃない。だが……どこにだって綻びはある」
綻び。
つまり、俺たちが召喚されたこの場所自体、正常じゃない。
「外の世界じゃ、強さを測るのに“レベル”なんて使わねぇ」
ハーネスの目が鋭くなる。
「指標は『気』だ。どれだけの量を持ち、どう扱えるか。それだけで強さの大半が決まる。数字で測れるほど単純なもんじゃない」
紙の上に文字を走らせながら、頭の中のピースが噛み合っていく。
ヘルマンモス。
レベル三十五以上推奨のボス。
スコップと罠と連携で、追い詰められてしまった事実。
「……やっぱり」
思わず呟いた俺に、ハーネスは頷いた。
「この大陸で流布している“レベル信仰”はまやかしだ。理由は分からねぇ。だが、ひとつ忠告しておく」
声のトーンが落ちる。
「『聖騎士団』には関わるな」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
「連中は俺なんか比じゃねぇ。気の扱いに関して言えば、この大陸の頂点だ。……それだけに、怪しい。なぜ、この“気を隠した世界”に、あんな化け物が存在してるのか」
その瞬間、小屋の外から足音が戻ってきた。
「処理終わりました」
「周囲も問題なしです」
勇希と衛が戻る。ハーネスは小さく頷き、俺たち三人を見回した。
「いいだろう。お前らに『気』を教える」
唐突だが、逃げ道はない。
「誰でも持ってる力だ。ただし、呼び起こすには相当な刺激がいる。一日ぶっ倒れる覚悟はしろ」
俺は一瞬だけ迷ってから、手を挙げた。
「俺からお願いします」
ハーネスが俺の手を掴む。
次の瞬間、全身を内側から焼かれるような熱が走った。
「――っ!!」
視界が歪み、膝から崩れ落ちる。
「横になってろ。次だ」
その声を最後に、意識が遠のいた。
♢
目が覚めたとき、全身が鉛のように重かった。
俺、衛、勇希の三人並んでベッドに転がり、誰一人まともに動けない。
筋肉痛という言葉では足りない。
身体の奥が書き換えられた感覚。
それでも、俺は震える手で「メモ帳」を開いた。
⸻
善のメモ
Y
・外界の情報を聞いた
・『気』を強制的に呼び起こされた
W
・ここは「神の箱庭」と呼ばれる大陸
・北にルナリス、南にソレスティア
・外には火・風・水・地、四つの大陸と精霊の国がある
・本来の強さの指標は『気』
・レベルは飾りに過ぎない
・聖騎士団は異常な『気』の使い手集団……要注意
T
・筋肉痛から回復
・『気』の制御方法を学ぶ
⸻
メモを保存する。
確信がひとつ、胸の奥で形を取った。
――この世界は、嘘でできている。
そして、その嘘を暴ける場所に、俺たちは立ってしまった。
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