49話 風の国シルフィード①
「いやぁ、観光に付き合わせちゃってごめんねー」
そう言って、隣を歩くスカイアは屈託なく笑った。
石畳の道に、革靴の音と、風に揺れる看板のきしむ音が重なる。シルフィードの街並みは、どこを切り取っても絵になる。煉瓦造りの建物、低い屋根、煙突から立ちのぼる白い煙。鼻先をくすぐるのは、焼き立てのパンと紅茶の香りだ。
――本当に、昔のイギリス映画みたいだ。
依頼主の要望で、街を一通り案内する名目の散策。だが、俺の意識はずっと隣の人物に向いていた。
金色に近い淡い緑の髪。軽やかな足取り。ミーハーで、少し無防備に見えるその振る舞い。
だが――違和感は、最初からあった。
馬車の停留所に着き、二人で乗り込む。扉が閉まると同時に、外の喧騒は布越しにくぐもった音へと変わった。車輪が石畳を叩く規則的な振動が、腹の奥まで伝わってくる。
この距離なら、声は外に漏れない。
「ところで……スカイアさん。いや」
俺は一度、言葉を選んでから続けた。
「風の精霊――シルフ・スカイアさん。
夢に出てきたの、あなたですよね」
その瞬間、空気が変わった。
先ほどまでの軽やかな雰囲気が、ふっと霧散する。
スカイアは視線を外に向けたまま、静かに答えた。
「そうよ。私は風の精霊。
この姿は仮初め――精霊は本来、肉体を持たない存在だから」
声色は柔らかい。だが、どこか遠い。
「屋台で食べ歩きもしたかったんだけどね。
精霊のままじゃ、そうもいかないのよ」
冗談めかした言い方とは裏腹に、その言葉には微かな寂しさが滲んでいた。
「率直に言うわ」
スカイアが、こちらを見た。
「あなたに協力する。その代わり――
神、ハーヴィーを止めなさい。それだけよ」
迷いはない。交渉ではなく、通告だった。
「話が早くて助かります」
俺は正直に言った。
「でも……これで終わりじゃないですよね?」
スカイアは、ふっと笑った。
「鋭いわね。
ハーヴィーは、エルフの里の出身よ。風の国育ち。
あなた、戦う前に“敵を知りたい”タイプでしょう?」
図星だった。
「……はい。
あいつが“どんな存在だったのか”を知ることが、
この戦いの核心になる気がしてます」
馬車の揺れに合わせて、スカイアの声が流れる。
「ハーヴィーはね――
気の扱いにおいて、天才だったわ」
風が、窓の外を駆け抜ける。
「特に精神型の気への適性が突出していた。
最初は、せいぜい“催眠術”程度の能力だったのよ」
だが。
「魔族の王と戦う中で、状況は変わった。
奴隷組織を裏で操る存在。
“支配”そのものと戦うために――」
スカイアは、言葉を一拍置いた。
「皮肉にも、より強い“支配と隷属”の力を手に入れてしまった」
胸の奥が、静かに軋む。
「当時の彼は、人を守ろうとしていた。
奴隷制度を、心の底から憎んでいたわ」
精霊王とも、かつては協力関係だった。
「力を借り、共に戦い、そして――
いつしか、彼は“選ぶ側”に立つことを覚えた」
裏切り。
支配。
神の箱庭。
そのすべては、最初から用意されていた悪ではなかった。
馬車が、ゆっくりと速度を落とす。
「……もうすぐ、エルフの里よ」
スカイアは、外を指差した。
「今のエルフたちが、どう生きているのか。
それを、あなた自身の目で見なさい」
風が、静かに吹き抜ける。
かつて理想を抱いた英雄の故郷。
そこにある“現在”が、きっと次の答えを突きつけてくる。
――覚悟は、もうできている。
俺は、そう思いながら、馬車の扉が開くのを待った。
善のメモ
Y
・シルフィードで依頼を受け、依頼主スカイアと行動
・正体が風の精霊シルフ・スカイアであると判明
・ハーヴィーについての過去情報を開示された
・エルフの里へ向かう途中で「昔話」を聞いた
W
・スカイアは最初から協力的。試練はなし=**「ハーヴィーを止めること」自体が試練**
・ハーヴィーは元々、
風の国出身のエルフ
気の扱いにおいて天才
精神型の気に高い適性
元来の能力は「催眠術」程度
支配と隷属の力は後天的に肥大化
奴隷制度を憎み、人を守ろうとしていた過去がある
魔族の王との戦いで「支配に抗うため、より強い支配の力を得る」という皮肉な転換点があった
・精霊王とは元々協力関係だったが、奴隷根絶のために力を借り、やがて裏切りへ向かった兆しがある
T
・エルフの里で現在のエルフの在り方を自分の目で確認
・ハーヴィーが「どこで歪んだのか」を見極める
・神としてではなく、元英雄としてのハーヴィー像を整理する
・風の精霊と正式に連携し、今後の戦いの軸を固める




