47話 地の国テラリウム序章
【地の国 テラリウム/天】
「着いた! ここが地の国テラリウム!!」
思わず声が弾んだのは、長距離転移のふわりとした浮遊感が、ようやく地面に収束したからだと思う。
足の裏に、どっしりとした感触が返ってくる。
柔らかい土の感触と、踏み固められた道の硬さが混じる、不思議な大地。
地の国――テラリウム。
視界いっぱいに広がるのは、なだらかな丘陵と放牧地。
白や茶色の牛、羊の群れがゆっくりと草を食み、風に揺れる草原からは、乾いた土と牧草の匂いが漂ってくる。
風の国の軽やかさとも、水の国の湿り気とも違う、ずっしりとした「生活の匂い」。
人々は地上で暮らしている。
鍬を担ぐ農夫、家畜を導く遊牧民。
その動きは穏やかで、急ぐ気配がない。
一方、丘の向こうに見えてきた都市部は、まったく違う顔をしていた。
岩山をくり抜くように作られた鉱山都市。
石と鉄を基調とした建物が密集し、あちこちから金属を打つ音が響く。
カン、カン、カン――一定のリズムで鳴る槌音が、まるでこの国の心臓音みたいだ。
「なるほどね……」
人が食糧を作り、
ドワーフが鉱石を掘り、加工する。
役割分担が、街の構造そのものに現れている。
ギルドは都市の中央、鉱山への入口近くにあった。
分厚い石壁に囲まれた建物は、実用性重視。装飾は最低限。
中に入ると、石床を踏む靴音と、低い声でのやり取りが反響する。
受付で手続きを済ませ、少しの待ち時間。
天は自然と、スケッチブックを取り出していた。
鉛筆を走らせる。
ざりっ…カリカリ
鉛筆の線が軽やかに遊ぶ。
丘の稜線、放牧地の羊、鉱山都市の無骨な建物。
線を引きながら、ふと気づく。
(……色、少ないな)
景色は悪くない。
むしろ、落ち着いていて、生活感がある。
でも――
茶色、灰色、土色。
石と鉄と揚げ油の匂い。
屋台から漂ってくるのは、揚げた肉と芋の香ばしい匂い。
美味しそうだけど、どれも似た色合いで、皿の上も街の景色も「茶色」に寄っている。
そんなことを考えながら、鉛筆で少しだけ色の想像を足したとき。
「お嬢さん」
低く、しわがれた声。
顔を上げると、そこにはドワーフの老人が立っていた。
背は低いが、体格はがっしりしていて、長い髭は編み込まれている。
岩を削ったような顔つきなのに、目だけは妙に優しい。
「絵が得意かい?」
「うん。昔から描いてるからね」
即答すると、老人は満足そうに頷いた。
「実はな、ギルドに依頼を出しておる。精霊祭の人手を探していてね」
精霊祭――
各国共通の、大事な行事。
「この国はな、どうにも彩りが少ない。
悪くはないが、地味だ。
だからこそ、君みたいな感性の人間に、祭を盛り上げてほしい」
言われて、天は周囲を見回した。
確かに、活気はある。
人もドワーフも働き者で、街はきちんと回っている。
でも、心が躍る「色」が、足りない。
(ああ……なるほど)
スケッチブックの余白に、思い浮かんだ色を重ねる。
布に使えそうな鮮やかな染料、旗、飾り、灯り。
「いいよ」
顔を上げて、にっと笑う。
「私は天。
面白そうだし、やってみたい」
老人は、深く頷いた。
「感謝する。ワシはテラと呼んでくれ」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥で、何かが小さく噛み合った気がした。
地の国、テラリウム。
色は少ない。
でも、土台はしっかりしている。
(だったら――私が、色を足せばいい)
スケッチブックを抱え直しながら、天は思う。
これは、ただの仕事じゃない。
これは――自分が「何になりたいか」を探す旅の、始まりだ。
私の地の国での冒険は、こうして始まった。
天のSNSポスト風あとがき
この国、茶色い。
空も大地もごはんも。
でも、描く余白はいっぱいある気がする。
たぶん、私はここで色を足す役。




