38話 霧の分断
頂点蜘蛛を討ち果たし、重苦しい沈黙を背に、一行は四十一階層へと足を踏み出した。
石段を下りきった、その瞬間だった。
空気が、ひやりと変わる。
湿った冷気が肌にまとわりつき、視界が白く霞んだ。
「……え?」
天が思わず足を止める。
「うわ、霧!?」
白い霧は、ただ立ち込めているだけではなかった。
音を吸い、距離感を狂わせ、仲間の気配さえも曖昧にする。
「……っ!?」
衛が振り返る。
「勇希!? 善!?」
返事が、ない。
「!? あれ、みんなどこ!?」
勇希の声も、霧に溶ける。
善は舌打ちした。
「……やられた。分断作戦だ」
霧の向こうに、気配が散っていく。
まるで、意図的に引き剥がされたように。
(まさか……)
善の脳裏をよぎるのは、つい先ほどまで自分たちが魔導機械兵に使っていた戦法。
「……俺たちの手を、そのまま返してきたってわけか」
そのときだった。
霧の中、柔らかな風が流れ、耳元で声が響く。
『……ふふ。ようやく、私の出番ね』
クラウディアだった。
彼女は小さな身体を宙に浮かせ、目を閉じる。
淡い黄色の光が、彼女の周囲に広がっていく。
精神型の“気”。
空間そのものに、静かに波紋が走った。
『――精神感応通信。
限定感応〈善たち一行〉、開設っと』
その瞬間。
声が――“直接”頭の中に流れ込んできた。
すぐ隣で耳元に話しかけてくる距離感。
『……え、なにこれ?』
善が戸惑う。
『不思議な感覚……声が、距離ゼロで聞こえる』
天も驚きを隠せない。
『安心なさい。はぐれた時用の“全体回線”よ』
クラウディアの声は、どこか誇らしげだった。
善は一瞬考え、すぐに理解する。
『なるほど……SNSのグループチャットみたいな能力か。
クラウディア、すごいな!』
『いいなぁ、クラウディア!』
天の反応は、素直そのものだった。
(……今さら言えないわね)
クラウディアの胸中で、別のチャンネル――
〈クラウディア・勇希・衛〉専用回線が、そっと沈黙する。
(恋バナ専用だなんて……)
今は、それどころではない。
善は即座に切り替えた。
『皆、周囲の状況を共有しよう。
俺は通路だ。索敵した感じ、部屋がいくつか一直線に並んでる』
『私も通路』
『同じく』
『……ってことは』
衛が推測する。
『全員、同じ構造を“別々に”進まされてる可能性が高いな』
『だな。一旦、進もう』
決断は早かった。
♢
同時多発戦闘が開始される。
【勇希 vs フロストゴーレム】
勇希の前に現れたのは、霜をまとった巨体。
フロストゴーレム。
『……ああ、これは』
勇希は即座に判断する。
『足止めして、逃げ一択だね』
『それな』
三方向から、即座に同意が返る。
勇希は盾を構え、冷静に詠唱を省略した。
「氷結拘束!」
氷が足元から伸び、ゴーレムの動きを鈍らせる。
続けて。
「氷結防壁!」
視界を遮る氷壁を作り、踵を返す。
「じゃ、次の部屋へ」
『この勇者、逃げることに一切の迷いがないな』
善が感心混じりに言う。
『生存本能、大事だからね』
勇希は当然のように返した。
⸻
【天 vs ガーゴイル×3】
天の視界には、天井付近を旋回する三つの影。
『……空中に三体か』
『落ち着いて。マーキングからホーミング。
背後取られないようにな』
善の指示が飛ぶ。
「OK!」
天は深く息を吸い、腕を伸ばした。
「魔法印!」
三体のガーゴイルに、光の印が貼り付く。
「――からの!」
「追尾弾!!」
光弾が追尾し、二体を撃ち落とす。
だが、残る一体が急降下してきた。
「来ると思ったよ」
天は迷わない。
「彩嵐衝!!」
色彩の嵐が炸裂し、三体目も砕け散った。
『クリア。次の部屋へ』
声には、余裕があった。
⸻
【衛 vs ダンジョンスライム】
「……うわ、気持ち悪っ」
床を蠢く、半透明の塊。
衛は顔をしかめる。
『アニメだと雑魚だけど、
本来スライムって酸で溶かすやつだよね』
勇希の冷静な補足。
『うわあ……そっちじゃなくてよかった』
天が即座に反応する。
「剣は効かねぇな」
衛は即断した。
「火炎息吹!」
炎が包み込み、スライムが泡立つ。
「止めだ!」
「火炎弾!」
焼き切られ、スライムは沈黙した。
『よし、進むぞ』
⸻
【善 vs 魔導機械兵(獣型)】
『……俺が一番ハズレじゃね?』
善の愚痴が、全体回線に流れる。
『それは否定しない』
『ドンマイ』
『やり過ごせそう?』
三方向から、容赦ない。
『奥の通路は開けてる。
足止めして、逃げる』
善は一呼吸置いた。
集中。
“網”。
その応用。
《空間布石陣》を展開し、空間に“点”を打つ。
善は駆けた。
魔導機械兵の周囲を円を描くように飛び回り、
ロープ状に変形させた“網”を次々と絡めていく。
関節、胴体、センサー部。
この技は、魔導機械兵にとって“理解不能な行動”である。だからこそ反応できない。
動きが止まる。
「――今だ」
最後に、繭のように包み込む。
完全拘束。
『……やった!! 単独撃破!』
『師匠の技だな!!』
『さすが善の師匠』
『忍者っぽい!』
善は小さく息を吐いた。
「《空間封縛陣》……だな」
倒せない相手を、殺さずに制圧する。
新しい答え。
霧の迷宮は、まだ続く。
だが――
四人は、確かに前に進んでいた。
善のメモ
Y
・頂点蜘蛛撃破後、41階層に進入
・濃霧による強制分断を受け、各自が単独戦闘を実施
・クラウディアが精神型の“気”で精神感応通信限定全体回線を即時開設
分断状態のまま、以下の個別対応を実施
勇希:フロストゴーレムを足止め→遮断→撤退
天:ガーゴイル3体をマーキング→ホーミング→カラーストーム
衛:ダンジョンスライムを炎属性で焼却処理
善:魔導機械兵(獣型)を
《空間布石陣》+ロープ化“網”で拘束 → 《空間封縛陣》による制圧
分断下でも全員が生存・突破に成功
W
・分断は即全滅に直結しない
精神感応通信があれば立て直せる
・上級以降は「倒す」より「やり過ごす・逃げる」判断が重要
・勇希の逃走判断は正解
・魔導機械兵は「倒す対象」ではなく拘束・制圧
・隔離する対象として扱う方が安全《空間布石陣》は足場生成だけでなく
・敵限定の行動阻害フィールドとして転用可能
・新技《空間封縛陣》は
殺傷ゼロ
AI型・耐久型に特に有効
分断時・撤退時の切り札になる
⸻
T
・分断を前提にした役割別対応テンプレを作る
・「逃げる/足止め/拘束」の判断基準を明文化
・《空間封縛陣》の検証
・対象サイズ・数の限界確認
・持続時間と再使用までの間隔測定
・クラウディアの精神感応通信を常時開設前提の戦術インフラとして組み込む
・「倒さず制圧」ルートを想定した攻略分岐を用意




