35話 キャンプと作戦会議
焚き火のはぜる音が、夜の森に小さく弾けていた。
乾いた薪が割れるたび、橙色の火花が舞い、土と木の匂いが混じり合う。
三十階層キャンプ地。
今日の役割分担は、いつもと少し違う。
罠担当:天と衛
採取担当:勇希と善
「ふふん。見てなさいよ」
天は腰に手を当て、得意げに胸を張る。
「私の罠の方が、絶対デカシャモに刺さるから。派手さが違うもの」
「派手=正義、ってわけじゃねえんだけどな」
衛は肩をすくめながら、地面にしゃがみ込む。
「言っとくけど、善と勇希に罠の基本教えたの、俺だからな?」
「はいはい、プロキャンパーさん」
天はにやりと笑い、枝と紐を組み合わせ始める。
二人の空気は、どこか“勝負”だった。
火の明かりが二人の背中を照らす。
影が揺れ、森のざわめきが遠くで囁く。
⸻
一方、採取組は森の奥。
月明かりに照らされた下草の間を、善と勇希が並んで歩く。
湿った土の感触が靴底に残り、夜露が葉先を光らせていた。
「……ねえ、善」
勇希が、前を向いたまま、ぽつりと切り出す。
「もう、天に告白したの?」
「――っ!?」
善の手から、採ったばかりのシイタケがぽろりと落ちた。
地面に転がる鈍い音が、やけに大きく響く。
「な、なに言ってんだよ!? いきなり!」
「いや、だってさ」
勇希は悪びれもせず、にこりと笑う。
「好きでしょ? 最高に気が合う関係って、ちょっと羨ましいなって」
善は耳まで真っ赤にして、視線を逸らした。
「……たぶん、好きなんだと思う」
「お」
「でもさ、うまく言語化できないんだよ。
好き、だけど、どういう“好き”なのかが分からない」
勇希は一瞬考え、それから肩を揺らして笑った。
「ゲーミングPCでも、処理落ちすることあるんだね」
「うるせえよ、料理人勇者」
「はは。でもさ、それでいいんじゃない?」
勇希は落ちている葉野菜を拾い上げながら続ける。
「感情って、仕様書通りに動かないし。
善は考えるのが仕事みたいな人だからさ」
「……余計なお世話だ」
「褒めてるんだけどなあ」
善は深く息を吐き、歩幅を早める。
「もう戻るぞ。十分集まった」
「はいはい」
⸻
そのやり取りを、聞いている存在がいた。
精神的感応通信。
クラウディア
『良い揺さぶりよ、勇希。さすが、私が勇者と見込んだだけあるわ』
衛
『実質、両思いの言質は取れたな。あとは“きっかけ”だけだ』
勇希
『あとは今後どうなるか、だね』
火のそばでは、そんな密談が交わされているとも知らず――。
⸻
「……あーあ」
天が罠の前で膝を抱えた。
「負けちゃった。派手派手にしたのに、全然かからなかった」
「だから言ったろ」
衛は罠の仕上がりを確認しながら言う。
「罠は“自然に溶け込む”のが基本だ。修行が足りねえな」
「むー……」
そこへ、採取組が戻ってくる。
「天、今回は相手が悪いよ」
善が苦笑する。
「衛は、ほぼプロキャンパーだから」
天は、少しだけ目を見開き――
上目遣いで、善を見つめた。
「……善、ありがと」
「っ……ど、どういたしまして」
善は視線を逸らし、耳が赤くなる。
精神的感応通信。
クラウディア
『良い』
衛
『ああ……もう少しだ』
勇希
『あと、ひと押し』
⸻
今日の夕食は、採取が豊作だった。
葉野菜とネギをたっぷり使った――鶏肉の味噌鍋。
鍋がぐつぐつと音を立て、味噌と出汁の香りが夜気に溶ける。
「……出汁が効いてるわ」
クラウディアが、満足そうに呟く。
「ありがとう、勇希」
「どういたしまして」
天は箸を止め、首を傾げた。
「おいしー……んだけど、食レポむずかしい」
「素直でよろしい」
衛が笑う。
⸻
食後、焚き火を囲んで作戦会議。
善がステータスウィンドウのメモ帳を開き、火に照らされながら言った。
「新陣形・交錯蜃気楼だけど……
ひとつ、弱点がある」
「えっ!? あんなに綺麗に決まってたのに?」
天が身を乗り出す。
「敵の数だな」
衛が腕を組む。
善は頷いた。
「そう。
この陣形は、一撃に最低二人必要になる。
つまり、同時対応は“二体まで”が限界だ」
勇希がすぐ理解する。
「じゃあ、三体以上来たら……」
「壁張って、逃げる」
善は即答した。
「もしくは、二体以下に分断して各個撃破」
「なるほど」
衛が唸る。
「超音波索敵なら、分断した瞬間に見失うな」
天は目を輝かせた。
「いいじゃん。単なる逃げじゃなくて、勝ち筋が作れてる。」
「次の作戦に組み込もう」
善はステータスウィンドウのメモ帳を閉じた。
⸻
皆が寝静まった後。
焚き火は小さくなり、森は深い静寂に包まれている。
善は一人、ステータスウィンドウのメモ帳――YWTメモを見返していた。
「……結構、書いたな」
ページの端が、淡く光る。
呪いの本が、呼吸するように脈打っていた。
「本来は、仕事の進捗管理に使うやり方なんだけどさ」
小さく笑う。
「事実と根拠から、仮説を立てる。
俺にとっての目標と期限は――」
視線が遠くなる。
「聖騎士団との再戦までに、万全に備えること。
それと……この世界で、何をやるか決めること」
この先、真実を知ったとき、
「やる」か「やらない」か、選ばされる。
「後悔だけは、したくないんだ」
「……また難しいこと考えてる」
振り向くと、天が立っていた。
「起きてたんだ」
「善はさ」
天は微笑む。
「私と“共作”するんだからね。
これは決定事項なの」
善は一瞬言葉に詰まり、やがて苦笑した。
「……はいはい」
「じゃ、おやすみ」
天は軽やかに戻っていく。
火が、静かに揺れた。
善はノートを閉じ、立ち上がる。
そして――
三十一階層へ。
それぞれの想いと、言えなかった言葉を胸に。
善のメモ
W
・陣形・交錯蜃気楼は
・1体〜2体までの敵に対して最適だが、3体以上になると連携人数が足りず破綻する
・魔導機械兵(AI)は超音波感知のため、分断・遮蔽物に弱い
・「逃走=敗北」ではなく、「分断=勝ち筋」になる
・勇希の壁は撤退手段として非常に信頼性が高い
・自分は感情の言語化が遅い(=処理落ちする分野)
・自分の強みは技そのものではなく、事実と根拠から仮説を立て、再現性のある判断に落とすこと
⸻
T
・作戦指針を明確化
・敵が3体以上 → 壁展開 or 分断して2体以下にする
・陣形・交錯蜃気楼を
・「奇策」ではなく正式戦術として運用
・聖騎士団との再戦に向けて連携精度・判断速度を最優先で底上げし、この世界での最終判断に備える
・「やる/やらない」を選ぶ時に後悔しないため、問い続けることをやめない
・天との共作は前提条件として受け入れる(決定事項)
⸻
備考(自分用)
・このメモは「呪い」ではなく、自分の思考の型
・ステータスよりも信頼できる
・考え続けられる限り、俺は終わらない




