33話 魔導機械兵①
ドラゴンを討ち倒した直後――地下迷宮は、一瞬だけ“音”を失った。
さっきまで鼓膜を殴っていた咆哮の余韻も、炎の熱も、斬撃の風圧も。全部が遠のいていく。代わりに残ったのは、焦げた鱗の匂いと、鉄っぽい血の生温かさ、そして──肺の奥に貼りつくような静寂だった。
善は崩れ落ちた巨体を見下ろし、息を吐く。指先がまだ微かに震えているのを、握り直して誤魔化した。
「……流石にドラゴンは食べないよな」
冗談のつもりだった。勝った後に、いつもの調子へ戻るための“確認”みたいな言葉。
なのに、勇希が真顔で返してくる。
「だって、“衛の師匠”だよ?」
一拍。
天が耐えきれず吹き出した。「はっ……! ちょ、やば……っ」肩を震わせ、目尻を拭く。衛も「やめろって!」と肩をすくめるが、口元はつられて緩んでいた。勝利の余韻に、ようやく“笑い”が差し込む。胸の奥で固まっていた何かが、少しだけほどけていく。
――けれど。
善だけは、笑いながらも目が忙しかった。
索敵スキルを切っていない。勝った瞬間に油断すると、この迷宮は“そこ”を刺してくる。もう何度も学んだ。
だから、笑い声の向こうで、善の意識はずっと迷宮の脈を追っていた。
(……ん?)
胸の奥が、ぞわりとする。
「……待って」
善の声色が変わる。笑いが途中で止まり、空気が薄く張り詰めた。
「今、ドラゴンから“お宝”の反応が出てる」
「は?」
「え、マジ?」
「……胃袋の中とか?」
三人が冗談半分に覗き込む。けれど善の目は冗談じゃない。反応は確かだ。鈍く、濃い。魔力の塊が、鱗と肉の奥に“引っかかっている”。
善は手早く解体の要領で腹部へ回り込み、硬い鱗の隙間を探る。刃を入れた瞬間、熱気とは別の冷たさが指先を刺した。筋肉の奥、胃袋のあたり――そこに、異物の感触。
「……あった」
ずるり、と。
拳大の鉱石が、濡れた膜の中から姿を現す。鈍い輝き。光を吸うような暗さの中で、芯だけが淡く脈打つ。
『龍宝玉』の原石。
それを握った瞬間、空気がひやりと震えた。焚き火の前で湯気を吸い込んだ時みたいに、肺の奥が一度冷え、次に熱くなる。魔力が“重い”。ただの石じゃない。
「うわ……これ、ヤバいやつじゃん」
天が息を呑む。笑いが完全に消えている。彼女の背筋が、すっと伸びた。
衛が一歩進み出た。表情が“鍛冶屋”を思い出す顔になる。戦闘の顔とは違う、未来を計算する目だ。
「俺が預かる。街の鍛冶屋にツテがあるし――これ、武器にしたらみんな一段階化けるだろ」
善は頷いた。高揚が胸を押し上げる。ドラゴンを倒した達成感とは別の種類の興奮。次の戦いの“手”が増える。
「決まりだな。次に進む前に、最大の拾い物だ」
龍宝玉を布に包む音が、妙に大きく響く。迷宮がそれを聞いている気がして、善は無意識に周囲を一瞥した。
――そして。
二十階層のドラゴンを越えたことで、空気が変わった。
いや、正確には――変わらなかったことが、不気味だった。
二十一階層に降り立っても、“呼吸”の風は吹かない。
通路は静まり返り、罠の気配も、魔物の足音もない。
それなのに、背中の産毛だけが逆立つ。
「……おかしいな」
善は索敵を続けながら、低く呟いた。
「これまでなら、五階ごとに必ず“来てた”。構造の変化も、敵の入れ替えも」
天が冗談めかして言う。声は軽く作っているのに、喉の奥に緊張が滲んでいる。
「嵐の前の静けさ、ってやつ?」
善は返事をしない。耳が、聞き逃しを拒んでいる。
その時だった。
――キィ……、ギ……。
金属が擦れるような音。
石と鉄が、互いの存在を削り合う音。
闇の奥から現れたのは二体。
一体は四足歩行の獣型。
もう一体は二足歩行の人型。
どちらも“魔物”というより、兵器だった。目が光る。姿勢が揺れない。呼吸もしない。
善の胃が、きゅっと縮む。
「……魔導機械兵?」
魔力で動いているのは確かだ。だが、生物特有の“揺らぎ”がない。鼓動も、熱も、感情も――感じない。
衛が一歩前に出る。いつもの切り込み。いつもの、頼れる背中。
「先ずは俺からだ!」
居合の踏み込み。刃が閃く。
――その瞬間。
『前衛行動を検知。対物理モードに移行』
人型の目が強く光り、無機質な声が通路に反響した。
腕部から光の盾が展開される。衛の斬撃が、正面から“吸われる”ように受け止められた。
「なにっ!?」
手応えがない。斬った感触がない。まるで空気を切ったみたいに、攻撃が“成立しない”。
「なら、こっちはどう!」
天が即座に詠唱を省略する。
「魔法弾!」
無数の魔力弾が獣型へ――だが。
『魔法行動を検知。対魔法モードに移行』
獣型の目が光り、淡い光膜が張られる。
弾はすべて、そこで弾かれた。散って、消える。
「嘘でしょ……」
対応が速すぎる。
いや、“速い”ではない。
攻撃する意思を向けた瞬間に、切り替えている。
「一旦、退こう!」
勇希が叫ぶ。声がいつもより鋭い。迷いがない。
「皆、次の部屋へ!」
誰も反論しなかった。善も、天も、衛も。判断の遅れが死に直結する匂いがしたからだ。
勇希は最後尾に残り、両手を地面に突く。冷気が指先から走り、足元の石が白く曇る。
「氷結防壁!」
透明な氷の壁が通路を断ち切る。キン、と耳の奥が鳴るような冷たさ。
不思議なことに、魔導機械兵たちは追ってこなかった。壁を壊そうともしない。立ち尽くし、まるで“こちらを見失った”みたいに、首をわずかに動かすだけ。
次の部屋に逃げ込んだ一行は、息を整える。肺が焼ける。鼓動が遅れて追いついてくる。
「やるじゃん、勇希!」
善が親指を立てる。無理に明るくすることで、手の震えを隠した。
「今の、完全に勇者ムーブだったぞ。板についてきたな」
「……板前ってこと?」
一瞬の沈黙。
天が吹き出す。「そこ拾う!?」
緊張が、ほんの少しだけ緩む。笑える余白があるうちは、まだ折れてない。
「で」
善がすぐに真顔へ戻る。笑いを切る音が、やけに冷たい。
「情報整理しよう。あいつら、間違いなく“普通の魔物”じゃない」
「対応型だな」
衛が腕を組む。歯の奥で舌打ちを噛み殺した顔。
「俺が斬りに行った瞬間、盾を出した。予測してたみたいだった」
「魔法も同じ」
天が続ける。
「撃つ“前”から、バリア張ってた」
勇希が静かに口を開いた。声が落ち着いているのが逆に怖い。
「あとね……直接攻撃を向けなければ、反応しなかった」
全員が勇希を見る。
「氷の壁を作った時も、こちらを見失ってた。おそらく、光る目は飾りで実際はコウモリやイルカみたいに超音波の反射で認識してる。」
「なるほど、エコーロケーションてやつだな……」
善が頷く。頭の中で、パズルが音を立てて組み上がる。
「つまり、あいつらは――」
一拍。喉が乾く。
「AIだ。こちらの行動パターンを検知して、最適解を即座に選ぶ」
「ファンタジーから、急にSFだな……」
衛が苦笑する。笑えないのに、笑ってしまう感じ。
「でも、逆に言えば」
善はノートを開く。紙を擦る音が、やけに頼りない。
「“いつもの正解”が通じないだけだ。なら、正解を崩せばいい」
視線を上げる。瞳の奥に、怖さと同じだけの熱が灯る。
「次に遭遇したら、こっちから試す。フェイント、役割スイッチ、囮――全部だ」
そして、勇希を見る。
「最悪、何も効かなかったら」
にやっと笑う。悪い顔。でも、その“悪い顔”が今は必要だった。
「勇希に壁作ってもらって、全力撤退だ」
「了解」
勇希は静かに頷いた。そこに迷いはない。怖いのは、怖い。それでも、やる。
ダンジョンは、明らかに一段階――いや、“一種類”上の殺意を向けてきている。
だが。
「面白くなってきたな」
善のその言葉に、誰も否定しなかった。
ここから先は、“考える者”だけが進める。
善のメモ
Y
・地下20階でエンシェント・ドラゴンを討伐
・善の索敵によりドラゴンの胃袋から高魔力素材「龍宝玉」の原石を発見
・衛が鍛冶屋に預け、将来の武器強化用素材として確保
・初の敵「魔導機械兵(獣型・人型)」と遭遇
・衛の近接、天の魔法が即座に無効化される
・勇希の判断で撤退、氷結防壁で敵を遮断
・退避後に情報整理・分析を実施
W
・魔導機械兵は通常の魔物ではない
・攻撃を「受けてから」ではなく、攻撃の意図を検知して即対応
・近接→対物理、防御/魔法→対魔法バリアに切り替える
・直接攻撃しなければ反応しない
・超音波による索敵の可能性が高い
・氷結防壁で索敵を遮断すると追撃しない
・ダンジョンの「呼吸」による変化ではなく、別系統の殺意
・善の仮説:行動対応型AIによる敵配置
T
・再遭遇時は正面衝突を避け、こちらから試行
・フェイント
・役割・マッチアップのスイッチ
・囮や撹乱
・「いつもの正解」が通じない前提で戦術を組み直す
・最悪は勇希の防壁で撤退を選択
・龍宝玉をそのうち鍛冶屋に持ち込んで武器更新
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もしこの物語が
「ちょっと引っかかった」
「考えさせられた」
「テンプレ外し、嫌いじゃない」
そう思ってもらえたら、
☆評価やブックマークしていただけると励みになります。




