30話 勇者
超級ダンジョン――
聖山エーテリオン地下迷宮。
神の箱庭大陸の中央にそびえる巨大な山、その内部に穿たれた迷宮は、古くから“禁足地”として扱われてきた。
山の両端からは大陸を横断する大河が流れ、片方――ソレスティア側の山腹には地下迷宮の入口が、もう片方――ルナリス川沿いには山頂へ向かう道が存在する。
だが、どちらも人の踏み入れる場所ではない。
地下迷宮は、踏破者ゼロ。
山頂への道は結界に覆われ、近づくことすら叶わない。
クエストとしての報酬も設定されていない。
ギルドに残るのはただ一行――
「向かった」「帰ってきた」という記録だけ。
それは挑戦ではなく、生存報告に近いものだった。
⸻
一行は、その地下迷宮の入口前に立っていた。
重厚な石造りの門は、まるで巨大な口のように開いている。
内部は闇に沈み、奥行きすら測れない。
「……あれが、入り口か……」
衛が思わず息を呑む。
その瞬間だった。
迷宮の奥から、風が吹き抜けた。
外へ向かって流れ出す、不自然な風。
善は眉をひそめる。
「……嘘だろ。呼吸してるぞ、このダンジョン」
これまで潜ってきた迷宮には、通気孔や内部の森林キャンプなど、どこか“人工物”の匂いがあった。
だが、ここにはそれがない。
生きている。
そう感じさせる、異質な圧がある。
「ラビリンス・コア型上級ダンジョンと同じだな」
善は短く言った。
「――いや、もっと厄介かもしれない。
ダンジョンそのものが、明確な殺意を持ってる可能性がある」
「おいおいマジかよ…」
衛が冗談めかして言おうとして、途中でやめた。自分の声が、怖がってるのが分かったから。
勇希が盾の縁をぎゅっと握る。手袋越しに、皮の感触がやけに硬い。ここ数日で覚えた氷結の術式を思い出そうとすると、胸の奥にトータスの言葉が刺さる――「一番弱い」。あの日の“時間切れ”の恐怖が、まだ皮膚の裏に残っている。
天は、スケッチブックを抱え直した。紙の角が、指に痛い。自分の魔法戦士としての適性が“万能”だと分かった日と、空を取られて何も届かなかった日が、同じ線で繋がってしまう。だからこそ、今日は外さない。目線がぶれない。
一同が表情を引き締める。
「皆、気をつけて行くぞ」
「「応」」
クラウディアだけが、門をじっと見つめている。普段の軽口がない。小さな肩が、ほんの少しだけ固い。
「……精霊王様。いま、行きます」」
天が軽く手を振る。
「クラウディア、中に向かうよー」
「まってー。でも、戦闘には参加しないからねー」
いつも通りの軽い口調だが、その瞳はどこか真剣だった。
⸻
迷宮内部は、予想通り光を拒む闇に包まれていた。
「照炎」
衛がファイアスターターを起動し、淡い灯りが周囲を照らす。
善は同時に索敵と罠感知スキルを展開した。
「……来るな」
小さく呟く。
「罠の位置、通路の開閉、敵の配置……全部が流動的に変わってる。
上級と同じだが、反応速度が段違いだ」
「天、今見えた罠の位置、マップに書き込めるか」
「了解。任せて」
天は即座にスケッチブックを開き、走るように線を引いていく。
勇希も深く息を吸い、気持ちを切り替えた。
「……ここは超級だ。通用するか分からないけど」
彼は一歩前に出る。
「威圧、やってみるよ」
威圧スキルが発動し、空気がわずかに震える。
数だけの魔物に時間を取られるわけにはいかない。
「今のところ、マップのクセははっきりしないな」
善が言う。
「敵のいない部屋も、孤立した通路も見当たらない」
「罠で倒す余地はありそうだけどな」
衛が続ける。
「臨機応変だ。順当に階段を目指そう」
⸻
直後、最初の敵が姿を現した。
石像が軋む音。
ガーゴイルが四体。翼の石が擦れ、粉が舞う。瞳の奥の赤い光が、こちらの灯りに反射して瞬く。生きているのか、動いているだけなのか、判別がつかない不快さ。
「来たな……!」
善は一瞬だけ迷って、すぐ決めた。
「新しいフォーメーションを試す。陣形・前衛四重奏!」
衛と善が前へ。二人の靴底が石を噛む。闇の中で最初に殴られる役を、迷いなく選ぶのは怖い。だけど、選ばないと迷宮に選ばれる。
「いいね!」
天の声が弾む。緊張を切るためじゃない。彼女は本気で、戦いを“組み立てる”ことを楽しんでいる。だから周りも呼吸できる。
「ギターの衛と、ベースの善が前に出る演奏パートって感じ!」
「チャンス作るから、頼むぞ!」
善が短く言い切る。
「OK!」
天が魔法印を展開する。紙に描く線と同じように、空中に“印”を描く。
「魔法印!」
光のしるしがガーゴイルに貼りつく。逃げても外れない、執拗な目印。
「追尾弾!」
光弾が曲がり、追いすがり、石の翼の間を縫って叩き込む。砕けた破片が床に散り、乾いた音が跳ねる。
その背後で、勇希は静かに詠唱を続けていた。
(怖い。……でも、怖いままでいい。僕がやる)
トータスに刻まれた“劣等感”は、今もコンプレックスとして絡みつく。けれど、今日は違う。
「……止めはもらうよ」
勇希の声は震えない。震えているのは膝じゃなく、心の奥の“迷い”の方だ。そこに氷を流し込む。
「この大技の詠唱は――ずっと“仕込んでいた”」
掌を前に突き出す。指先が冷たくなる。空気中の水分が集まり、白い霧になって揺れる。
「氷結絶命」
放たれた『絶対零度』の氷結波は、ただ冷たいだけじゃない。音が消える。風が止まる。世界が一瞬だけ“静止”する。ガーゴイルの群れは、抵抗する間もなく凍りつき、次の瞬間、砕け落ちた。
破片が跳ねる音が、遅れて戻ってくる。
「うわ……」
衛が思わず漏らす。驚きと、少しの安堵。背中が軽くなる。
「勇希、エグい技使えるようになったな」
勇希はすぐに笑わなかった。凍り砕けた破片を見つめ、静かに手を合わせた。胸の奥に、ほんの小さな痛みがある。
(命を奪った。……でも、僕は逃げない)
「……魔物とはいえ、命を頂いたから」
言葉にした瞬間、少しだけ息が通る。自分が“やった”という事実を、逃げずに受け止められた。
善がその横顔を見て、小さく頷く。
「折り合いをつけたんだな」
「うん」
勇希は顔を上げる。灯りの中で、目の色が少しだけ変わって見えた。弱さを消したわけじゃない。弱さを連れて歩く覚悟を、ようやく言葉にできた。
「僕だけが手を汚さなくていい道理はない。
だから――誓いと感謝を立てるんだ。」
一瞬、言葉を選び、喉の奥の熱を飲み込む。
「料理人として……そして、勇者として」
天がふっと笑う。からかいじゃない。嬉しさの笑いだ。
「その言い方、かっこいいじゃん」
衛も短く笑って、剣を肩に乗せた。
「らしくなってきたな、勇希」
善は視線を闇の奥へ戻す。深い闇が、また呼吸している。
「よし。この調子で進もう。ここから先は――楽な道ほど危ない。逃げたくなる瞬間が来たら、戦って進む」
勇希は盾を握り直す。指がまだ冷たい。でも、その冷たさが今は心地いい。揺れる火のない灯りの中で、彼は一歩を踏み出した。
――ここが、世界の真実へ続く場所だと信じて。
善のメモ
Y
・超級ダンジョン《聖山エーテリオン地下迷宮》に初突入
・ダンジョン特性を確認
・入口から風が吹く=“生きている”ような挙動
・灯りなし、罠・通路・敵配置が流動的(ラビリンス・コア型と同系統)
・役割分担を明確化
衛:灯り(グロウフレーム)
善:索敵・罠感知・判断
天:マッピング
勇希:威圧で雑魚抑制
・陣形・前衛四重奏を初実戦投入
・前列:善&衛(時間稼ぎ・チャンス創出)
・後列:天&勇希(魔法主軸)
・初戦(ガーゴイル×4)を連携で撃破
・天:マーキング → ホーミング
・勇希:仕込み詠唱から氷結決め技
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W
・超級ダンジョンも「構造そのものが敵」の可能性がある
・陣形・前衛四重奏は機能する
・前衛が“殴り勝つ”のではなく“魔法を通すための場作り”
・勇希は殺すことから逃げず、命を奪うことに祈りと誓いを添えるスタイルを確立
・思想と行動が一致し始めている
・パーティ全体の連携速度と判断力は上級時代より明確に向上
⸻
T
・この陣形を基軸に攻略継続
・勇希の大技は「仕込み前提」で守る動きを徹底
・ダンジョンの“呼吸・変化”の法則性を探る
・クラウディアの非戦闘同行の意味を今後に繋げる
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