29話 祭の打ち上げ
ルナリスギルドの厨房と、その奥にある小さな一室を借り切り、精霊祭の打ち上げが始まった。
外ではまだ祭りの余韻が残り、遠くから笛や太鼓の音、人々の笑い声が微かに流れ込んでくる。
だが、この部屋の中は不思議と静かだった。鉄板が鳴る音も、酒場の喧騒もなく、あるのは料理の湯気と、火を落とした後の落ち着いた空気だけ。
長いテーブルの上には、温かな料理が並んでいる。
油の照りをまとった炒め物、湯気を立てる麺、刻みネギの青い香り。
鼻腔をくすぐる匂いに、自然と肩の力が抜けていく。
新と涼介も席についており、普段よりも少しだけ賑やかな顔ぶれだった。
「ご飯の気配ね」
その声と同時に、扉の隙間からひょこっと顔を出したのはクラウディアだった。
いつものように当然の顔で、ふわりと宙に浮かんでいる。
「祭りは人が多くて苦手なのよ。音も、視線も、気配も多すぎる」
肩をすくめながら、さっと部屋に入り込む。
「やっぱり引っ込んでたんだ。らしいね」
天が苦笑すると、クラウディアは得意げに胸を張った。
「でしょう?」
そのやり取りに、場が少し和む。
そこへ、勇希が大きな皿を抱えて現れた。
慎重に、だが慣れた手つきで料理を並べていく。
「チヂミは……さすがに飽きてきたと思うので」
少し照れたように言いながら続ける。
「同じ材料で、アレンジしてみました」
並べられたのは、
ニラと海鮮のガーリック炒め。
そして、湯気を立てるニラ玉うどん。
油とにんにくの香りがふわりと広がり、空腹を一気に刺激する。
「この世界、米はないけど……うどんはあるんですね。助かりました」
新が思わず身を乗り出す。
「うひょー……これだよ。こういうのが一番うまいんだ」
涼介も頷きながら、箸を進めた。
「ほんまやな。勇希さん、腕、確実に上がっとる」
「ありがとうございます」
勇希は控えめに笑う。
だが、その声はどこか柔らかく、以前より少しだけ芯があった。
「おいし〜」
クラウディアの一言で、場がまた和む。
いつの間にか、二人は完全に“勇希の料理ファン”になっていた。
皿が空になり、下げられていく。
余韻だけが残る中、善が自然と姿勢を正した。
「……さて。本題に入りましょう」
声色が変わる。
空気が一段、引き締まった。
「新先輩、涼介先輩。お願いしていた調査の件、どうでしたか?」
涼介は一度、深く息を吸った。
「超級ダンジョン――聖山エーテリオン地下迷宮や」
その名前だけで、室内の温度が下がった気がした。
「正直言うて、情報はほとんど出回っとらん。挑戦者の大半が戻ってこん。……自殺の名所扱いや」
「……うわ」
衛が率直に顔をしかめる。
「冒険者の手記を片っ端から漁った。分かったのは、地下十階にキャンプ地、地下二十階にドラゴンが確認されとる、いうくらいやな」
善は静かにメモを取り、頷く。
「ありがとうございます。十分、参考になります」
一拍置いて、善は覚悟を決めたように続けた。
「……俺たち、実は聖騎士団に会いました」
一瞬、空気が止まる。
「聖騎士団!?」
新が声を上げる。
「都市伝説だと思ってたぞ」
涼介は苦く笑った。
「噂は本当や。議会も王族も逆らえん。ソレスティアとルナリスの“裏”を押さえとる連中や」
「スカウトという名目で交戦しました」
善は淡々と続ける。
「結果は惨敗。ただ、命までは取られませんでした」
善は紙を一枚、テーブルに置く。
『この会話は〈神〉に聞かれている。
聖山エーテリオン地下迷宮、50階で精霊王様に会え。
世界の真実は、そこにある』
沈黙。
「罠かもしれません」
善は言った。
「それでも、俺たちは知りたい。だから、挑みます」
新はしばらく俯き、やがて顔を上げた。
「……善くん」
涼介は大きく息を吐き、笑った。
「その心意気、惚れたで」
そして、きっぱりと言う。
「もし聖騎士団が敵に回って、変な噂を流されてもな。ボクらが全力で後ろ盾になったる」
「ありがとうございます」
善は深く頭を下げた。
場の空気が少し和らいだ、その時だった。
「それと、勇希さん」
涼介の視線が、勇希に向く。
勇希は洗い物の手を止め、振り返った。
「はい」
「あなたはな、敗北から逃げずに、自分の弱さと向き合った」
勇希の指が、わずかに震えた。
「そして、自分だけの武器を、もう手にし始めとる」
「……」
「このパーティの中で、一番人を惹きつけて、人を幸せにできる力を持っとるんは、間違いなくあなたや」
新も頷く。
「飯で場を整えられる人間は希少だ。それは“才能”だよ」
涼介が、はっきりと言った。
「あなたは、ボクらにとってのヒーローや」
新が続ける。
「そして、この世界には、ヒーローより相応しい呼び名がある。」
涼介と新は同時に言う。
「「勇者」」
勇希は、言葉を失った。
胸の奥で、何かが熱を持つ。
これまで感じていた不安や疑念が、ゆっくりと溶けていく。
「……ありがとうございます」
声が、少しだけ震えた。
「……あの、今さらなんですけど」
勇希は首を傾げる。
「なんでお二人とも、僕に敬語なんですか?」
新が即答する。
「店の常連は、マスターに敬語だろ?」
涼介も笑う。
「店出したら、通い詰めたるさかい」
笑いが広がる。
善が、勇希を見て言った。
「なあ、勇希」
勇希は、ゆっくりと視線を向ける。
「異世界に来たばかりの頃、お前が言った言葉、覚えてるか?」
少し照れながら、善は続けた。
「『どの世界でも、どの時代でも、目指すものは変わらない。コックになる。それだけ』って」
勇希の肩が、わずかに揺れた。
「あの一言でさ……俺も衛も、救われたんだ」
衛も静かに頷く。
「強くなきゃ、立派じゃなきゃって思ってた。でも違った」
善は、はっきりと言った。
「勇者ってのはな、前に出て敵を倒す奴だけじゃない。
不安な奴の背中を、そっと押してくれる存在だ」
沈黙。
勇希は、視線を伏せたまま、微笑んだ。
「……そんなつもり、なかったんだけどな」
「だからだよ」
天が柔らかく笑う。
「無自覚で人を救える人が、一番すごい」
その言葉を、勇希は静かに胸にしまった。
打ち上げは、穏やかに終わりを迎える。
次は――超級ダンジョン、聖山エーテリオン地下迷宮。
だがその前に、確かに芽吹いたものがあった。
力だけじゃない。
信頼と、覚悟と――
そして、勇者という名だった。
善のメモ
Y
・精霊祭の打ち上げとして、ルナリスギルドの厨房と一室を借りて会合を実施
・新・涼介から超級ダンジョン《聖山エーテリオン地下迷宮》の調査結果を共有してもらった
・自分たちが聖騎士団と接触・交戦した事実と、シリュウから受け取った極秘メッセージを打ち明けた
・罠の可能性を承知の上で、「世界の真実」を知るために迷宮50階を目指す決断を仲間と共有
・涼介・新からの支援の約束を正式に受けた
・勇希の成長と役割を、第三者(涼介・新)から「勇者」と明言される形で認識した
⸻
W
・超級ダンジョンは
情報が極端に少ない
地下10階にキャンプ地
地下20階にドラゴン
それ以降はほぼ未知
・聖騎士団は都市伝説ではなく実在し、国家・議会すら逆らえない「神」の代理人
・シリュウのメッセージは罠の可能性が高いが同時に「世界の嘘」に迫る唯一の導線
・勇希は戦闘力ではなく人を惹きつけ、繋ぎ、前へ進ませる力を持つ存在
・外部から見ても「勇者」と呼ぶに足る資質がある
・新・涼介という信用力のある後ろ盾を得たことで、今後の立場が大きく変わる
⸻
T
・超級ダンジョン《聖山エーテリオン地下迷宮》への本格挑戦準備
・10階キャンプ地・20階ドラゴンを前提とした長期探索
・情報遮断状況への対応策を詰める
・聖騎士団および「神」の動きを警戒
・勇希を「勇者ポジション」として前面に立てる展開を想定
・新・涼介と連携し、悪評・妨害が出た場合のカウンター体制を構築
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