17話 いざ上級ダンジョンへ
改めて、ルナリスギルドで上級ダンジョンを受注する。
朝のギルドは相変わらず騒がしく、金属鎧の擦れる音、依頼書をめくる紙の音、受付カウンター越しのやり取りが混ざり合っていた。
その喧騒の中で、善は依頼書に視線を落とし、指先で内容をなぞる。
――上級。
文字としては同じでも、これまでとは重みが違う。
受付が終わった、その直後だった。
「おお、キミらか。おおきに。上級行くんやろ?」
背後から、聞き覚えのありすぎる関西弁が飛んできた。
振り向くと、そこには涼介が立っていた。
先日の演習場での張り詰めた雰囲気が嘘のように、今日はやけに柔らかい表情だ。
「マッピング用の紙と松明は、ちゃんと用意しとき。
上級は暗いし、道も罠もよう変わる。ええ子らやから、そこはケチったらあかんで」
言いながら、指で軽くトントンとカウンターを叩く。
今にも飴玉の一つでも差し出してきそうな距離感だった。
「涼介先輩、元々こう見えて面倒見いいんだよ」
天がさらっと補足する。
「見ての通りですわ」
涼介は肩をすくめ、善を見る。
「胸を借りるつもりで頑張ります」
善が頭を下げると、涼介は少し照れたように手をひらひら振った。
「まあ、無事に帰ってきぃ。ほな、行ってらっしゃい」
その一言が、背中を軽く押してきた。
◇
ルナリス上級ダンジョン・地下一階。
一歩、足を踏み入れた瞬間。
空気が、変わった。
――暗い。
それも、ただ光がないだけじゃない。
音が吸われ、距離感が狂うような、底の見えない暗さだった。
初級や中級では、必ずどこかに魔法灯があった。
だが、ここにはそれが一切ない。
松明は持ってきている。
だが、壁際まで届くその灯りは、この広さの前ではあまりに心許なかった。
「……なあ、衛」
善は声を落として切り出す。
「ファイアスターターでさ。
灯り用の炎、出せないかな」
「灯り用?」
「炎って、酸素と物質が化合して、熱と光が出る現象だろ。
だったら、熱じゃなくて“光”を意識した炎、いけるんじゃないかと思って」
一瞬、衛は眉を寄せた。
だがすぐに、小さく息を吐いて頷く。
「……試す価値はあるな」
ファイアスターターを握り、意識を集中させる。
空気が、わずかに震えた。
次の瞬間、衛の手元に生まれたのは――
熱をほとんど感じさせない、淡く白い光だった。
炎というより、発光体に近い。
「……いけたな」
「いや、どういう原理だよそれ」
提案した善自身が思わず突っ込む。
「照炎だな。
部屋ごとに使えば、松明より実用的だ」
光は揺らぎながら、通路を柔らかく照らした。
善は、無意識に天へと視線を向けた。
彼女は今日も、黒と白を基調にした戦闘衣装だ。
黒白の衣装に、軽装。
赤いインナーカラーの入ったボブカットが、話すたびに揺れる。
機動力重視なのは分かる。分かるが――
「……なあ、天」
声を落として言う。
「その装備、初戦闘だしさ。動きやすいのはいいけど……」
天は一瞬きょとんとしたあと、すぐに意味を察したらしい。
「ああ、そこ?」
悪戯っぽく笑って、ひらりと一回転する。
「大丈夫大丈夫。一見プリーツスカートだけど、実際はショートパンツで見える心配とかないから」
「……そ、そうか」
「心配するとこ、そこなのが善らしいけどね」
さらっと流されて、善は軽く咳払いをした。
善は咳払いをひとつしてから、索敵と罠感知スキルを展開する。
「……このダンジョン、変だぞ」
「変?」
「罠の位置、通路の開閉、敵の配置……全部、流動的に変わってる」
空気の流れ、壁の継ぎ目、微かな魔力の残滓。
それらが、常に書き換えられている感覚。
「天。今見えた罠の位置、マップに書き込んでくれるか」
「了解。任せて」
天は即座にスケッチブックを開き、鉛筆を走らせる。
迷いのない線が、暗闇の中で次々と地図を形にしていく。
勇希も一度、深く息を吸った。
「上級相手に通用するか分からないけど……威圧、やってみるよ」
ここでは、誰か一人欠けるだけで崩れる。
全員が役割を果たして、初めて前に進める場所だ。
「私は戦闘できないからねー」
宙を漂いながら、クラウディアが軽く言う。
「勇希のご飯の時だけ呼んで」
「……それはそれで重要だな」
誰も否定しなかった。
◇
最初に現れたのは、石皮のゴーレムだった。
「……初級のボスが、雑魚扱いか」
「でも、こっちは四人だしな」
衛が踏み込み、炎を纏った剣を振るう。
一撃。
鈍い音とともに、ゴーレムは粉々に砕け散った。
「瞬殺だね」
「ちょっと! 私の練習にならないんだけど!」
天が不満そうに声を上げる。
「あー、悪い。つい」
「先は長い。温存しとけ、天」
「はーい」
素直に引き下がる天を見て、勇希が小さく笑った。
「善、調子戻ってきたね」
「だな」
衛も同意する。
「天、覚悟しとけよ。
善はハイになると、変なあだ名付け始める」
「草。ちょっと楽しみなんだけど」
「いや、無意識だからな!? 悪気はないんだ!」
過集中に入った時の癖だ。
自覚はあるが、止められない。
軽口を交わしながら、一行は歩みを進める。
暗闇の中で、光が揺れ、マップが更新され、役割が回る。
――ここからが、本番だ。
上級ダンジョンは、確かにそう告げていた。
善のメモ
Y
・ルナリスギルドで上級ダンジョンを正式受注
・衛に提案して、炎を「熱」ではなく「光」に特化させた照明術を試した
・索敵&罠感知でダンジョン構造の異常を確認
・天にマッピング役を依頼
・勇希が威圧スキルを上級相手に試行
・初級ボス級の石皮ゴーレムを雑魚として処理
W
・上級ダンジョンは灯り前提ではない設計
・通路・罠・敵配置が流動的に変化する人工構造
・固定マップ攻略は通用しない
・天の視野と判断力が探索の要になる
・衛の炎は「武器」だけでなくインフラ(照明)にも転用可能
・4人編成になったことで、役割分担が明確になってきた
・自分が調子に乗ると、変なあだ名を付け始める(要注意)
T
・天のマッピングを基準に、臨機応変な進行ルートを確立
・衛の照炎を継続運用できるか検証
・勇希の威圧が通用しない敵への対処法を考える
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