16話 終わりのないトキメキ
談話室での長い夜が明け、馬車は淡い朝焼けの中を走っていた。
東の空はまだ眠たげな薄紫色で、雲の縁だけが金色に染まり始めている。
車輪が石畳を刻む規則正しい音が、揺れと一緒に体の奥まで伝わってきた。
目的地は、ルナリスの上級ダンジョン。
新先輩は――昨夜の修行の反動で見事に寝込んでしまい、ソレスティアでお留守番だ。
馬車にいないその一席が、妙に静けさを強調している。
……その代わりに。
「当然の顔しすぎじゃない?」
荷台の端に腰掛け、足をぶらぶらさせている妖精を見て、善は小さく苦笑した。
「私もついていくからね。ハーネスとはちゃんと話、つけてきたから」
クラウディアは胸を張り、得意げに言い切る。
「よろしくね、クラウディア」
天がにこやかに返すと、クラウディアは満足そうに頷いた。
二人の距離は、もう最初から“仲間”のそれだ。
「……三人の時は、完全に男子校のノリだったのになぁ」
衛がぼそりと呟く。
「今年度から急に共学になりました、って感じするよね。でも――」
勇希が少し考えてから、穏やかに続けた。
「賑やかで、いいと思うよ」
確かに、空気は変わった。
張り詰めていたわけでも、重かったわけでもない。
ただ、今までとは違う呼吸のリズムが、馬車の中に生まれていた。
しばらく、誰も口を開かない。
馬車の揺れ、朝の冷たい風、革張りの座席の軋む音。
それらが混ざり合う中で――
善が、意を決したように息を吸った。
「……天。昨日の話なんだけどさ」
その一言で、空気が変わる。
衛と勇希、そしてクラウディアが、示し合わせたように視線を逸らした。
露骨なくらい、気を利かせている。
善は苦笑しつつ、言葉を選ぶ。
「俺さ、ずっと考えてたんだ。
何をしたいのか、何を目指すのか、どう生きたいのか」
天は何も言わない。
ただ、真っ直ぐに善を見る。逃げも、焦りもない視線。
「楽しいことを仕事にしたい、って方向性だけはあった。
でも、それってさ……“満足したら終わる”可能性があるんだよな」
自嘲気味に、息を吐く。
「達成して、納得して、『やり切った』って思った瞬間に、
そこから先に進めなくなる気がしてた」
その時、天の言葉が胸に浮かぶ。
――終わりのないトキメキ。
「天、前に言ってたよな。
“満足したら、トキメキは終わる”って」
天は小さく頷いた。
「だからさ、俺なりに考えた」
善は、天から視線を逸らさず続ける。
「終わらせないためには、どうすればいいか」
一拍。
「……一人で完結しないことだと思った」
天が、ほんの一瞬だけ目を見開く。
「自分一人で満足できる目標じゃなくて、
誰かと一緒に、ずっと問い続けるもの」
馬車の揺れが、少し大きくなる。
「天は、やりたいことが多すぎて迷ってるって言ってたよな。
絵も、音楽も、ダンスも、表現も」
「うん」
「でもそれってさ――
どれか一つで満足できない、ってことでもある」
善の声は、静かだが迷いがなかった。
「俺も同じだった。
答えを出したいくせに、答えで終わりたくなかった」
沈黙。
馬車の外で、鳥が一羽飛び立つ。
「だから――」
善は、そっと手を差し出した。
「テーマが定まったら、手を組もう。
完全じゃなくていい。未完成のままでいい」
少し照れたように、でもはっきりと。
「俺は、天を“絶対に満足させない”。
その代わり、ずっと一緒に考え続ける」
衛が息を呑む。
勇希は両手で顔を覆った。
クラウディアは無言で親指を立てる。
天は、しばらく善を見つめたまま――
そして、迷いなくその手を掴んだ。
「私も」
力強く。
「善を満足させない。
だから、途中で投げないでよ?」
冗談めかしているが、目は本気だ。
「今後ともよろしくね、善」
「……えんだぁぁぁぁ!!」
衛の魂の叫び。
「いやぁぁぁぁ!!」
勇希が続く。
「ちょっと待って!
仕事の共作の話だからな!? これ!」
善が慌てると、天はくすっと笑った。
「……ほんとに?」
主導権は、完全に天のものだった。
善は視線を逸らし、小さく呟く。
「……ほら、ルナリス着くぞ。
受注したら、いよいよ上級ダンジョンだ」
馬車は、静かに街へ入っていく。
善は、胸の奥ではっきりと感じていた。
答えは、もう一人では完成しない。
だからこそ、この旅は――終わらない。
善のメモ
Y
・天と改めて向き合い、言葉を交わした
・「終わりのないトキメキ」という考え方を共有した
・共作(一緒に何かを創る)という約束を交わした
W
・満足した瞬間に、成長や楽しさは止まる
・自分ひとりでは辿り着けない答えがある
・天は「答え」そのものではなく、問いを更新し続けてくれる存在
・自分は“完成”を目指したいわけじゃない
→ 更新し続ける状態そのものを求めている
T
・いずれやりたい事の「答え」を出す
・上級ダンジョンを越えて、世界をもっと知る
・自分たちの「物語」を行動で証明する
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