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15話 完全敗北


そらのモノローグ】


私の家は、少しだけ変わっていたと思う。

父と母は病院を経営していて、上には兄と姉がいる。二人とも医者を目指していた。

だからなのか、私は最初から「何かを継ぐ存在」ではなかった。


「非行に走らなければ、好きにしていい」


それが、私に与えられた自由だった。


小さい頃の私は、病院の子供部屋や待合室で過ごすことが多かった。

白い壁、白いカーテン、消毒薬の匂い。

大人たちの小声と、機械音。

その中で私は、スケッチブックだけを持って、ひたすら絵を描いていた。


人と話すのは、得意じゃなかった。

何を話せばいいのか分からなかったし、話さなくても困らなかった。


小学校に入る頃には、

「自閉症かもしれない」

そんな言葉が、親の会話の端に出てくるようになった。


でも、私は不安じゃなかった。

だって、私の世界は完成していたから。


線を引けば形が生まれ、

色を置けば感情が宿る。

紙の上では、全部が思い通りだった。


——その世界が、突然ひっくり返ったのは、あの日だ。


親の入院で、病院の待ち合わせスペースに座っていたとき。

前髪で目を隠したまま、いつものようにスケッチブックを広げていた私の隣に、

知らない男の子が座った。


「それ、すごいね」


その一言。


絵を褒められたこと自体は、初めてじゃなかった。

でも、その子は違った。


「これ、動いたら面白そうだよね」

「ここ、カメラ引いたらさ」

「俺、脚本書くからさ。一緒に映画作らない?」


矢継ぎ早に投げられる言葉。

でも、不思議と嫌じゃなかった。


——この人、私の絵を“完成品”じゃなくて、“始まり”として見てる。


その瞬間、私の世界が、音を立てて色づいた。


それまでの私の世界は、

静かで、整っていて、モノクロだった。


でも、彼の言葉はそこに

赤や青や黄色を、無遠慮に塗り足してきた。


名前も知らない。

次に会える保証もない。


それなのに、私はその日から変わった。


人と話すのは「才能」じゃなくて、「技術」なんだと知った。

相手の反応を見て、言葉を選んで、間を取る。

観察して、真似して、修正する。


そうやって私は、

「誰とでも話す術」を、私は学んだ。


それから私は、変わった。

髪型も、服も、表情も。

メカクレをやめて、シースルーバングにした。高校ではボブカットにイメチェンしてインナーカラーを入れた。


音楽も、ダンスも、絵も。

やれることが増えた。


ガールズバンドに誘われたり、ダンスのショート動画でコラボしたり。

配信では、マウスとペイントツールだけで絵を描いて、コメント欄をざわつかせたりもした。

「それ、誰も使わない機能だよ?」

って言われるの、嫌いじゃない。


恋愛?

正直、面倒だった。


合コンで距離感を間違えた男を、張り倒したこともある。

涼介先輩のことも、尊敬はしているけど、それ以上じゃない。

好意を向けられても、心は動かなかった。


たぶん私は、

「誰かに選ばれたい」よりも、

「自分で選びたい」タイプなんだと思う。


世の中には、

男性は闘争本能と合理性、

女性は共感性と感情で生きる、

なんて説があるけど。


私は、そのどちらにも完全には当てはまらない。


私は、私だ。


それを肯定できるようになったのは、

あの少年――善のおかげだった。


だから、再会した瞬間、分かった。

ああ、この人だって。


ノートを借りる前から、気づいていた。

声、距離感、言葉の選び方。

全部、あの時のままだった。


でも、確証がなかった。

だから、きっかけを待っていた。


そして今、こうして同じパーティにいる。

男子三人の中に混ざっても、違和感はない。

最初から、ここに居たみたいに。


それが私の強さであり、

同時に、弱さでもある。


やりたいことが、多すぎる。

才能がある分、選べない。


でも――

この旅の中で、きっと見つかる。


あの時、私を外に連れ出してくれた少年と一緒なら。

今度は、私が「終わらないトキメキ」の意味を見つける番だ。


【談話室の会話の続き】


善は談話室を出て、宿舎の布団に潜り込み、天井を見つめたまま動けずにいた。

頭の中が、まだ追いついていない。


メカクレスケッチブックの少女。

幼い頃、病院で出会った、名前も知らないあの子。

まさか――天が、その本人だったなんて。


再会した瞬間は現実感がなかった。

けれど、談話室で彼女が当たり前のように言った一言が、じわじわと効いてくる。


「私の場合は、やりたいことが多すぎて決められなかっただけなんだよね」


絵を描きたい。

歌いたい。

踊りたい。

全部、本気で。


そして笑いながら、こう続けた。


「この世界で共作する? 監督脚本さん」


善は枕に顔を埋め、そのまま布団の上でバタバタと転げ回った。

冷静でいようとしたが無理だった。


自分が言語化できずに探し続けていた“答え”。

終わりのないトキメキ。

楽しさを仕事にするという、漠然とした願い。


それを、彼女は迷いながらも全部抱えて、前に進こうとしていた。


分析も理屈も通じない。

勝ち筋も見えない。


善は、この世界に来て初めて――

完全に、敗北を認めた。


しかも、最高に心地いい負け方で。


善のメモ

Yやったこと

・天と再会し、メカクレスケッチブック少女本人と分かった

・天から「共作しよう」と真正面から提案された

・自分の中の感情と向き合わざるを得なくなった


Wわかったこと

・天は、俺が思っていた以上に自由で、才能に溢れている

・自分は「楽しいことを仕事にしたい」と言いながら、その“隣に立つ相手”を意識していなかった

・論理も分析も通じない場面がある

・これは敗北感だけど、不快じゃない


Tつぎにやること

・逃げずに考える

・自分が何を作りたいのか

・そして――誰と作りたいのか


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


ここまで読んでいただきありがとうございます。


もしこの物語が

「ちょっと引っかかった」

「考えさせられた」

「テンプレ外し、嫌いじゃない」


そう思ってもらえたら、

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