14話 天という少女②
ギルド宿舎には、思っていた以上に立派な大浴場があった。
時間帯によって男女が入れ替わり、その合間に必ず清掃のインターバルが入る仕組みらしい。
湯気の向こうで一日の疲れを流し終えた一行は、風呂上がりに談話室へと集まっていた。
木製の長テーブルを囲み、軽食と飲み物が並ぶ。夜は静かで、窓の外では街灯の魔法光が淡く揺れている。
なぜか、妖精のクラウディアもそこにいた。
「ちょっと男子ども。風呂上がりの女子に、変な目向けてないでしょうねー」
腕を組み、腰に手を当てて仁王立ちするその姿は、サイズ感を除けば完全に姉御肌だった。
「誰がそんなことするか」
「ていうか、できる雰囲気でもないし」
衛と勇希が即座に否定する。
「一緒に女子風呂入った仲だもんねー」
天がにこっと笑って言うと、クラウディアも得意げに頷いた。
「そうそう。天ちゃんとはもう裸の付き合いよ」
「いや、言い方!」
善が即座にツッコミを入れるが、天とクラウディアは顔を見合わせて笑っている。
すっかり意気投合している様子だった。
(さすがだな……)
善は内心でそう思う。
天は、どこに行っても自然と輪の中心にいる。
一軍女子、という言葉がこれほどしっくりくる人間もいない。
ひとしきり笑いが落ち着いたところで、善がコップを置いて口を開いた。
「……なあ、天。ちょっと真面目な話してもいいか?」
天はすぐに頷いた。
「うん。聞くよ」
善は少し言葉を選びながら、続ける。
「前にさ。俺たち、筋肉痛で全員動けなくなった日あっただろ。ハーネスさんの修行のあと」
「ああ、あったね」
「あの日は地獄だった」
衛と勇希が苦笑する。
「そのとき、一回ちゃんと話し合ったんだ。この世界のこと、今後どうするかって」
天は静かに耳を傾けている。
「正直、不安だった。異世界召喚なんてテンプレ展開、現実で起きると全然笑えない。帰れる保証もないし、死んだら終わりだし」
その言葉に、勇希が少し照れくさそうに頭を掻いた。
「それで僕が言ったんだよね。どこに行っても、コックになるって」
「そう」
善は頷く。
「その一言で、覚悟が決まった。
世界が変わっても、時代が違っても、自分は自分なんだって」
勇希は視線を逸らしながら、ぽつりと呟く。
「そんな大したことじゃないよ。ただ、料理が好きなだけだし」
「いや、大したことだよ」
善は即答した。
「少なくとも、俺には」
その空気を受け取って、今度は衛が口を開く。
「で、その流れでさ。俺も言ったんだ。元の世界じゃ、消防官か自衛官になりたかったって」
天が少し目を見開く。
「そうだったんだ」
「うん。人を助ける仕事がしたくてさ。こっちの世界なら、剣術道場開くとか、ギルドで新人導くのも悪くないかなって思ってる」
「衛らしいね」
天が微笑む。
善は最後に、自分の番だと悟ったように肩をすくめた。
「俺は……元の世界だと、クリエイター志望だった。映画監督とか、脚本とか。楽しいことを仕事にしたくてさ」
「今も変わってない?」
天が尋ねる。
「変わってない。ただ、こっちで何をやるかは、まだ探し中。でも方向性は同じ。“楽しい”を仕事にしたい」
そのときだった。
「例の、メカクレスケッチブック女子との約束もあるもんな」
衛がニヤニヤしながら言う。
「そうそう。“俺が脚本書くから一緒に映画作ろう”だもんね」
勇希が追撃する。
「お前らは蒸し返すな!」
善が即座に反論する。
その瞬間。
「……やっぱり、そうだったんだ」
天が、ほとんど独り言のように呟いた。
場の空気が、すっと静まる。
天は、テーブルの横に置いていたスケッチブックを取り上げ、胸に抱いた。
「善」
その呼び方に、善は一瞬だけ心臓が跳ねる。
「私ね……前に、あなたと会ったことがある」
「……え?」
善の思考が止まる。
天は真っ直ぐに彼を見つめ、静かに言った。
「小さい頃。病院で」
「まさか……」
善の脳裏に、忘れかけていた記憶が一気に蘇る。
前髪で目を隠した少女。
スケッチブック。
名前も知らないまま、映画を作ろうと盛り上がった、あの一日。
「天が……あの時の……?」
天は、はっきりと頷いた。
善のメモ
Y
・風呂上がりの談話室で、天を含めて改めて全員で「この世界でどう生きるか」を共有した
・以前、筋肉痛で動けなかった時に行った話し合いの内容を天に説明した
・それぞれの「元の世界でやりたかったこと」「この世界で目指すこと」を語り合った
W
・どの世界・どの時代に来ても、人は自分自身を持ち続けられる
・勇希は一貫して「料理人」であり続ける覚悟を持っている
・衛は「人を守る」という軸が、世界が変わっても揺らいでいない
・自分はまだ答えを探しているが、「楽しいことを仕事にしたい」という方向性は変わっていない
・天=メカクレスケッチブックの少女!?
T
・天の話を最後まで聞く
・過去の出会いと、今の天は今後どうしたいのかを確認する。
・自分の中で言語化できていなかった「答え」と向き合う覚悟をする
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