第6話「ダンジョンの入り口で」
ギルドの掲示板に貼られた「北方ダンジョン調査依頼」は、街全体をざわつかせた。
これまでにも挑んだ者は多いが、戻らなかった者も多いという危険な場所だ。魔物の巣窟であることはもちろん、内部に古代の仕掛けが眠っているとも噂されていた。
報酬は金貨二枚。新人にしては破格だが、それだけの危険が伴う。
俺とアリシアは、ギルドの一角に腰を下ろして作戦を練っていた。
「二人だけじゃ無理だな」
「だね。最低でももう二人は欲しい」
アリシアは地図を広げながら眉をひそめた。
「この依頼、私たちに任されたのは嬉しいけど……下手をすれば本当に命がけだよ」
「わかってる。でも俺は逃げない」
短く答え、ノートを開く。盗賊団戦で記した戦術や罠の構造が光を放ち、ページに刻まれていた。これがあれば、必ず突破できる――そう信じた。
そのとき、声がかかった。
「北方ダンジョンに行くってのは君たちか?」
振り返ると、銀髪を短く刈り込んだ青年が立っていた。鎧は擦り切れていたが、剣を握る手には確かな鍛錬の跡がある。
「俺はカイル。剣士だ。仲間を探してると聞いてな」
アリシアが目を細める。
「あなた、たしかDランクだったはず。どうして私たちと?」
カイルは少し苦笑した。
「俺も盗賊団の噂を聞いた。お前らが倒したってな。……正直、驚いた。だから直感で思ったんだ。こいつらと組めば突破できるって」
彼の目は真剣だった。
さらにもう一人、声が重なる。
「なら、私も連れて行ってくれないかしら?」
姿を現したのはローブをまとった黒髪の少女。年は俺たちと同じくらいだろうか。
「私はリーナ。魔導士よ。ずっと仲間を探してたの。危険な依頼だけど……挑戦する価値はあると思う」
彼女の杖の先には魔石が輝いている。
思わぬ申し出に、アリシアが俺を見る。
「どうする?」
「決まってる。仲間は多い方がいい」
俺は頷いた。こうして、四人パーティが結成された。
数日後。
俺たちは北方の山道を進み、やがて巨大な岩山の裂け目に辿り着いた。
そこがダンジョンの入口だった。
冷たい風が吹き抜け、地下から湿った空気が漂ってくる。外の世界とは明らかに異質の気配――生き物の吐息のような重さがあった。
カイルが剣を抜く。
「……やっぱりただの洞窟じゃないな」
リーナが小声で詠唱を始め、杖の先に光を灯す。薄暗い洞窟の奥がぼんやりと照らし出された。
アリシアが弓を握り直す。
「さあ、行こう。ここからが本番だよ」
俺はノートを開き、入口の様子を記録する。
その瞬間、ページが淡く光り、頭の中に注意すべき箇所が浮かび上がった。
「……罠がある。右の岩壁、触るな」
「えっ?」
俺が制止すると同時に、カイルが石を投げた。岩壁に当たった途端、上から鉄球が落ちてきて地面を砕いた。
「……危ねえ」
カイルが冷や汗を流す。リーナは目を見張った。
「本当に、ただの記録じゃないんだね」
俺は頷いた。
「これが俺の力だ」
洞窟を進むうちに、獣の唸り声が響いた。
暗闇から飛び出してきたのは、牙の長い巨大な蝙蝠――バットファングだ。群れで襲いかかり、牙に毒を持つ危険な魔物。
「来るぞ!」
カイルが剣を振るい、アリシアが矢を放つ。だが数が多い。十匹以上が翼を広げ、渦のように押し寄せてきた。
俺はノートを開き、動きを記録する。翼の動き、牙の軌道。書き込むたびに体が勝手に反応し、剣で弾き、かわし、斬り払った。
リーナの魔法が炸裂する。杖の先から放たれた雷が洞窟を走り、数匹を黒焦げにした。
「すごい……!」
アリシアが驚きながらも矢を次々と射る。
戦闘は熾烈だったが、四人の連携は意外なほど噛み合っていた。やがて最後の一匹をカイルが仕留め、洞窟に静寂が戻った。
肩で息をしながら、俺たちは顔を見合わせた。
「……やったな」
「うん!」アリシアが笑う。
リーナも息を整えながら頷いた。
「悪くないチームね」
カイルも剣を鞘に収め、口元を歪めた。
「この調子なら、奥まで行けるかもしれないな」
俺はノートを閉じ、胸の奥に熱を感じていた。
最弱と笑われた【メモ帳】が、今は仲間の命を支えている。
この力でどこまで行けるのか。――確かめてみせる。
こうして、俺たち四人はダンジョンの奥へと歩を進めた。
そこには、まだ誰も知らない試練と真実が待っている。




