第3話「笑い声の中で」
ギルドの大扉を押し開けた瞬間、酒場のざわめきがぴたりと止んだ。
俺とアリシアが並んで入ってきたからだ。二人とも泥と血にまみれ、矢筒は空っぽ、剣は刃こぼれしていた。だがその手には、コボルトの耳が三つ握られている。依頼の証拠だ。
「まさか……本当に帰ってきやがった」
「噂の“メモ帳リオ”が?」
冒険者たちの視線が集まる。嘲笑混じりのざわめきが広がるが、その奥にわずかな驚きが混じっているのを俺は感じ取った。
受付嬢のミーナが目を見開いた。
「リオ……本当にやったのね。コボルト三体を討伐だなんて!」
俺は無言で耳を差し出す。血に濡れた証拠品を見て、彼女は慌てて記録台帳に書き込んだ。
「討伐確認、報酬は銀貨十枚。二人で山分けして」
俺は銀貨を受け取り、隣のアリシアに半分を渡した。彼女はにっこり笑って受け取る。
だが、背後から嘲る声が飛んできた。
「おい、聞いたか? コボルト三匹だとよ!」
「ははっ! そんなの新人が十人でやる依頼だろ。大したことねえじゃねえか」
「しかも女の子を盾にしてただけなんじゃねえの?」
振り向けば、昨日俺を笑った若い冒険者たちだ。三人組の男で、金属鎧を着こなし、剣を無造作に腰にぶら下げている。ギルド内でもそれなりに名の知れたCランク冒険者らしい。
アリシアが眉をひそめるが、俺は肩をすくめて返した。
「そうかもしれないな。だが結果は残した。お前らはどうだ? 今日は依頼を達成したのか?」
「なっ……!」
思わぬ切り返しに、男たちは言葉を失った。周囲からどっと笑いが起こる。
ミーナが慌てて声をかける。
「はいはい、揉め事は外で! ギルドの中では喧嘩禁止よ!」
俺は剣の柄に手をかけかけたが、深呼吸してそれを押しとどめた。
ここで衝動に任せて暴れれば、前世と同じだ。逃げ道にすがって結局何も残せなかった俺と変わらない。
――今度こそ違う自分になるんだ。
その夜、アリシアと二人で安宿の一室に戻った。
「ごめんね、リオ。私が一緒にいたせいで、余計にからかわれたかも」
「いや、違う。お前がいなかったら、俺はコボルトに勝てなかった。むしろ感謝してる」
そう言うと、アリシアは少し照れたように笑った。
「……ありがとう」
安いランプの灯りが彼女の赤髪を照らし、柔らかな影を作っていた。こんなふうに、誰かと肩を並べて戦ったのは初めてだ。
胸の奥に、小さな炎が灯る。前世では決して得られなかったもの――仲間と歩む力。
数日後。
俺たちは再び森へ入り、今度は五体のコボルトを仕留めた。戦いのたびにノートを開き、動きを記録し、修正する。その積み重ねが俺たちの強さを確実に押し上げていった。
ギルドに帰還するたびに周囲の視線が変わる。最初は嘲笑。次第に驚き。そして――わずかな敬意。
「おい、“メモ帳”のやつ、また帰ってきたぞ」
「しかも女連れだ。……いや、あの二人、意外と強いのか?」
ひそひそ声が耳に入る。俺は何も言わずノートを開き、戦果を記録した。
やがて転機が訪れる。
ある日、掲示板に新しい依頼が貼り出された。
「盗賊団討伐――報酬金貨一枚」
対象は十数人の武装盗賊。新人が受けるには危険すぎる依頼だ。だが、その場にいた冒険者たちは誰も近寄ろうとしなかった。
理由は明白だった。最近現れたその盗賊団は、罠を多用して冒険者を返り討ちにすることで悪名高かったからだ。
俺は無意識に一歩踏み出していた。
「リオ、まさか……!」
アリシアの驚く声。
「……やる。俺には記録がある。罠も動きも、すべてメモに残せば攻略できる」
その瞬間、背後から例の三人組の男たちが声を上げた。
「はっ、無謀だな! 盗賊団相手に、ノート片手で勝てるもんかよ」
「死ぬ前にやめとけ、“メモ帳リオ”!」
だが、俺は彼らを見据えて言い返した。
「なら、お前らがやるか? それとも、俺に手本を見せてほしいか?」
酒場に一瞬、静寂が落ちた。
笑い声の中で、俺は初めて胸を張っていた。




