第2話「笑われた冒険者、初めての仲間」
冒険者ギルドの酒場は、今日もざわめきで満ちていた。
依頼を終えた冒険者たちが酒をあおり、勝利談を大声で語る。その隅っこで、俺は静かに一枚の紙を広げていた。
――今日の戦闘記録だ。
魔物との距離、剣を振った角度、魔法を唱えるタイミング。細かく書き込むたびに、文字がわずかに光を帯びてノートに定着する。この瞬間、ただの記録が「力」に変わる。
受付嬢のミーナがカウンター越しに声をかけてきた。
「リオ、また一人で行ったの?」
俺は頷く。
「スライム退治なら一人で十分だろ」
「そうかもしれないけど……そろそろ仲間を作ったら? この街のダンジョン、ひとりじゃ危険よ」
彼女の言葉はもっともだ。だが現実は非情だった。
【メモ帳】のスキルを持つ俺を、まともに仲間に迎えようとするパーティなどいない。
そのとき、奥のテーブルから笑い声が上がった。
「おい見ろよ、あれが“メモ帳リオ”だ!」
「ははっ、また一人でノート取ってやがる。字を書いて魔物が倒せるなら、誰も苦労しねえっての」
若い冒険者たちの嘲笑が突き刺さる。俺は歯を食いしばった。
だが前世を思い出す。周囲の視線から逃げ続けて、何も残せなかった自分を。
もう二度とあんなふうにはならない。
俺は顔を上げ、笑い声に背を向けてノートを閉じた。
翌日。
掲示板に貼られた依頼書の前で、俺は足を止めた。
「コボルト討伐依頼 報酬銀貨十枚」
スライムよりも一段上の魔物。群れで行動し、油断すれば噛み殺される。
俺一人では少し荷が重い――そう思っていたとき。
「君、その依頼を受けるの?」
声をかけてきたのは、赤髪の少女だった。腰まで伸びた髪をひとつに束ね、軽装の革鎧を身につけている。腰には短剣、背中には小ぶりの弓。冒険者というより狩人に近い装備だった。
「……そうだが、君は?」
「私はアリシア。弓を扱える冒険者よ。実は、私もその依頼を狙ってたの」
弓使い。コボルトの群れ相手なら、後方支援として最適だ。
「一緒に行かない? ……まあ、私もまだ新人だけど」
予想外の申し出に、俺は目を瞬いた。
「いいのか? 俺のスキル、聞いたら笑うぞ」
「メモ帳でしょ?」
即答されて、心臓が跳ねた。彼女は噂を知っていた。
「笑わないのか?」
「笑う理由はないわ。人が何を持ってるかより、どう使うかが大事でしょ」
――この世界で初めて、俺のスキルを否定しない人間に出会った。
翌朝、俺たちは森へ向かった。
木々の影を抜けると、獣臭と共にコボルトの遠吠えが聞こえてきた。
「三匹……いや、四匹いるな」
俺はノートを広げ、地面に足跡を写す。形、間隔、爪の深さ――すべて記録に残す。
「どうする?」とアリシア。
「まず弓で一体を牽制。俺が前に出る。動きを観察して、弱点を探る」
「了解」
やがて現れたのは、灰色の毛並みを持つ狼型の魔物。黄ばんだ牙を剥き出しにして、俺たちを取り囲む。
アリシアの矢がひとつ飛び、先頭のコボルトの肩に突き刺さった。怯んだ瞬間、俺は前に飛び出す。
剣を振るい、噛みついてきた一体を斬り伏せる。すぐに二体目が飛びかかってきた。爪が頬をかすめ、血がにじむ。
「リオ!」
アリシアの声。俺は叫び返す。
「大丈夫だ、続けろ!」
ノートを開き、爪の軌道を記す。次の瞬間、視界の中でその軌道が光を放ち、俺の体が自然に避けの姿勢を取った。
――やはり、この力は本物だ。
矢がもう一匹を倒し、最後の一体が怯えて逃げ出した。俺は剣を下ろし、荒い息をつく。
戦いのあと、アリシアが笑顔を向けてきた。
「やるじゃない、メモ帳」
「……驚かないのか」
「むしろ興味あるわ。あんな動き、普通の人にはできない。リオのスキル、絶対にすごい力よ」
その言葉に胸が熱くなった。誰も信じてくれなかった俺の力を、彼女は認めてくれたのだ。
「ありがとう、アリシア。……もしよければ、これからも組まないか?」
「もちろん!」
彼女は弓を背負い直し、手を差し出した。
俺はその手を握り返す。
こうして俺は、生まれて初めて“仲間”を得た。
最弱と笑われた【メモ帳】は、きっとまだ誰も知らない強さを秘めている。
この出会いが、やり直しの人生を大きく変えていくのだろう――。




