第16話「公開の檀上」
朝日が石畳を照らし、王都中央広場はざわめきに包まれていた。
屋台の布は片づけられ、代わりに円形の檀上が設けられている。王女の提案によって催される「記録の公開」。王都の民、学術院、教会、商会、宰相府、騎士団……あらゆる立場の者が詰めかけていた。
「こんな人の数、初めて見る……」アリシアが弓を背に目を丸くする。
「群衆は力になるが、同時に脅威でもある」リーナが冷静に呟いた。
カイルは剣の柄に手をかけたまま、人波を睨む。
「どこからでも矢や石が飛んでくる。油断できねえ」
俺は深く息を吸った。ノートは手の中で震え、ページがざわざわと囁きを立てていた。――代償を忘れるな。規範を定めろ。
王女が壇上に現れると、群衆が静まり返った。
「市民よ。本日、我らは継承者リオの“記し方”を光の下で確認する。暗闇で奪い合うのではなく、公の規範を定めるために」
彼女の声は澄み渡り、広場を包んだ。
続いて俺が壇上に呼ばれる。何百、何千という視線が突き刺さる。
「……冒険者リオです。俺は“記す”力を持っています。だが、それは誰かを支配するためではない。皆を守るために使う。そのため、ここで規範を宣言します」
ノートを開き、白紙に書き込む。
――“俺の記述は、人を直接傷つけない。相場や戦争を操らない。記すのは公益のみ”
ページが光り、声のような響きが広場を駆け抜けた。
ざわめきが広がる。民衆の中には安堵の表情もあれば、不満げな顔もあった。
「相場を操らない? 商人には役立たないじゃないか!」
「戦を止めてくれればいいのに!」
だが、王女は手を上げて制した。
「規範は必要だ。無秩序な力は、必ず人を滅ぼす」
そのとき、広場の端から叫び声があがった。
「偽者だ! そんな力、本当はない!」
数人の男たちが石を投げつけた。
「危ない!」アリシアが弓を引こうとした瞬間、俺はノートに走り書きをした。
――“投げられた石は、檀上に届かない”
光が走り、石は壇上に届く寸前で地面に落ちた。群衆がどよめく。
「……!」アリシアが目を見開いた。
「人を傷つけずに守った……」リーナが呟く。
カイルが短く笑う。「なるほどな。これが“規範を破らずに守る”ってやつか」
しかし、男たちは怯まなかった。今度は短剣を抜き、群衆をかき分け壇上に迫る。
騎士団が動きかけるよりも早く、俺はノートに記した。
――“刃は鞘に戻る”
男たちの手から短剣がするりと抜け落ち、自らの鞘へ戻った。広場に驚きと笑い声が広がる。
「これが俺の力だ。規範の中でなら、誰も傷つけずに守れる」
俺の声が広場に響いた。
民衆のざわめきが変わる。疑いから、信頼へ。
王女は静かに頷いた。
「今日、我らは見た。継承者の力が規範と共にあることを」
だが、宰相府の席から低い声が響いた。
「規範など、紙切れにすぎぬ」
老練な宰相が立ち上がり、目を細める。
「やがて君は選択を迫られる。“国家の命令”と“規範”が衝突したとき、どちらを取るかを」
広場に再び冷たい空気が流れた。
ノートのページが震え、未来の影が滲む。
――選択の刻は近い。