第11話「帰還と喝采」
街の門をくぐったとき、俺たちは足取りも覚束ないほど疲れていた。
全身は泥と血に汚れ、鎧は傷だらけ。カイルの盾は粉々に砕け、リーナのローブも裂けている。アリシアは矢筒が空っぽで、肩で息をしていた。
それでも――俺たち四人は生きて帰ってきた。
「……街だ」
誰かが小さく呟いた瞬間、胸の奥にこみ上げるものがあった。崩落に呑まれる寸前で脱出したあの感覚が、まだ体に残っている。
だが今は、生きてこの光景を見ている。
ギルドの扉を開くと、酒場は一瞬静まり返った。
次の瞬間、ざわめきが爆発する。
「帰ってきた……!」
「本当に生きて帰ったぞ!」
「ダンジョンから帰還なんて何年ぶりだ!?」
冒険者たちの視線が集中する。
昨日まで“メモ帳”と嘲っていた者たちが、今は驚愕と羨望の目を向けていた。
受付嬢ミーナが慌てて駆け寄る。
「リオ! アリシア! カイルにリーナまで……本当に、全員無事に……!」
俺は重い袋をカウンターに置いた。中には黒鉄の番犬の角、そして古代の石片。
「ダンジョンの奥で手に入れた。証拠になるはずだ」
ミーナは震える手でそれを受け取り、記録台帳に書き込んだ。
「……依頼達成。報酬、金貨二枚」
彼女の声に、酒場が一斉にどよめいた。
「嘘だろ……あのダンジョンを突破したってのか」
「黒鉄の番犬を倒したって……本気か?」
「まさか“メモ帳”がここまでやるなんて……」
冒険者たちが口々に呟く。中には悔しげに舌打ちする者もいたが、大半はただ驚きに打たれていた。
例の三人組のCランク冒険者も顔をしかめながら近づいてきた。
「……認めるしかねえな。お前ら、もう笑い者じゃねえ」
「ダンジョンから帰還した冒険者は、もはや一流だ」
彼らの声は苦々しかったが、そこには確かな敬意が含まれていた。
アリシアが小声で笑う。
「ね、リオ。やっと少しは胸を張れるんじゃない?」
俺はノートを握りしめ、静かに答えた。
「まだだ。これから証明していく」
その夜、ギルドの奥で祝宴が開かれた。
樽の酒が開けられ、冒険者たちが次々と俺たちに杯を差し出す。
「メモ帳! いや、“継承者”リオに乾杯だ!」
「赤髪の弓使いもすげえじゃねえか!」
「雷の魔導士に、盾砕きの剣士! いいパーティだ!」
俺は苦笑しながらも杯を受け取った。前世では、誰かにこうして讃えられることなど一度もなかった。
胸の奥が熱くなり、視界がにじむ。
アリシアが隣で笑っていた。
「良かったね、リオ」
「……ああ」
だが、浮かれてばかりもいられない。
宴の最中、ミーナが小声で俺に耳打ちしてきた。
「リオ。……上層部から連絡が来てるの。君のスキルに興味を持った人たちがいる」
「上層部……?」
「王都の貴族たちよ。君たちの活躍はすぐに広まる。きっと“利用”しようとする人間も出てくるわ」
胸の奥に冷たい感覚が走る。
――未来を記す力。
それがどれほど恐ろしいものか、俺自身が一番理解している。
「……わかった。気をつける」
俺は答え、杯を置いた。
夜が更け、宴が収まるころ。
仲間四人で宿に戻る途中、アリシアがふいに立ち止まった。
「リオ。……あんた、あのとき自分の命を犠牲にして私を庇ったよね」
俺は少し黙ってから頷いた。
「……二度と、誰も失いたくないんだ」
アリシアはしばらく俺を見つめ、それから小さく笑った。
「だったら、私たちも絶対にあんたを守るから」
その言葉に、不思議と心が軽くなった。
前世では誰とも繋がれなかった俺が、今はこうして仲間と歩んでいる。
――最弱と笑われた【メモ帳】の物語は、まだ始まったばかりだ。