第10話「崩落の道」
石碑の間に静けさが戻ったのは、ほんの束の間だった。
俺たちが息を整えていると、足元がかすかに震え始めた。
「……地震?」アリシアが弓を構えたまま、警戒の声をあげる。
リーナが顔を青ざめさせる。
「違う……ダンジョン全体が崩れかけてる!」
次の瞬間、天井から石が落ち、土煙が広がった。
「退避だ!」カイルが叫ぶ。
俺たちは一斉に通路へ駆け出した。
だが、通路の先には新たな敵が待ち構えていた。
壁の裂け目から這い出してきたのは、黒い影の残滓――さきほどの番人の断片のような存在だった。数は五。霧状の体が蠢き、赤い光の眼がこちらを射抜く。
「まだ来るのかよ!」
カイルが剣を構え、リーナが詠唱を始める。だが揺れる地面のせいで、杖を支えるのもやっとだ。
アリシアの矢も壁に弾かれる。
「リオ!」
仲間の声に応え、俺はノートを開いた。
――“この戦いを切り抜ける”。
光が走り、体が震える。だが、さっきよりも光は弱かった。未来改変の力は、そう簡単に使えるものではないらしい。
「……持ってくれよ!」
戦闘は混乱を極めた。
黒い影が剣を弾き、炎のように仲間へ襲いかかる。カイルが盾で押さえ、アリシアが矢で牽制し、リーナが雷で応戦する。
俺はノートに「仲間を守る」と記し、影の攻撃を体が自然に弾き返す。
だが、一体の影がアリシアに迫った。
「アリシア!」
俺は咄嗟に彼女を突き飛ばし、代わりに斬撃を受けた。胸に激痛が走り、血が噴き出す。
「リオッ!」アリシアの叫びが響いた。
膝をつきかけながら、俺はノートに震える手で書き込む。
――“俺は生き延びる”。
光が走り、致命傷がわずかに逸れる。血は止まらないが、動ける。
「全員、最後の一撃に賭けるぞ!」
俺は叫び、残る力を振り絞る。
カイルが剣を振り下ろし、リーナが雷を重ね、アリシアの矢が眼を射抜く。
そして俺の剣が、最後の影を斬り払った。
霧が四散し、赤い光が消えた。
静寂。
だが崩落は止まらない。天井から岩が落ち続けている。
「急げ、出口は近いはずだ!」
俺たちは必死に走った。
崩れゆく通路を抜け、ようやく外の光が見えた。
冷たい風が頬を打ち、俺たちは外の大地に飛び出した。
振り返ると、ダンジョンの入口が轟音と共に崩れ落ち、完全に閉ざされた。
全員が地面に倒れ込み、しばらくは息をすることしかできなかった。
「……生きて、出られたんだな」カイルが天を仰ぐ。
「危なかったけど……本当にやり遂げたのね」リーナが杖を抱きしめる。
アリシアは涙をにじませながら俺を見た。
「リオ、無茶しすぎ……でもありがとう」
俺は苦笑しながらノートを見下ろした。
ページには新たな文字が刻まれていた。
――【継承者の証明:第一段階突破】。
「……これは始まりにすぎない、ってことか」
俺は呟いた。
最弱と笑われた【メモ帳】は、未来すら書き換える力を秘めていた。
だが、それを求める何者かが必ず現れるだろう。
この力をどう使うのか。
俺は仲間たちの顔を見回した。
アリシアの弓、カイルの剣、リーナの魔法。
――そして俺の記録。
「絶対に、守り抜く」
そう誓ったとき、朝日が差し込み、俺たちを照らした。
こうして「ダンジョン編」は幕を閉じる。
だが物語は、まだ始まったばかりだ――。