第1話「最弱スキル【メモ帳】とやり直しの誓い」
俺の人生は、負け犬そのものだった。
仕事は三日坊主。学校もまともに行けず、バイトも長続きせず、二十七歳の時点で無職。実家にも顔を出せなくなり、家族からも見放され、気づけば狭い六畳一間でスマホゲームに溺れるだけの毎日。
ある夜、ふらふらとコンビニへ向かう途中、信号無視のトラックに跳ね飛ばされて、俺はあっけなく死んだ。
……はずだった。
目を開けると、そこは見知らぬ天井。石造りで、見慣れない模様が彫り込まれている。泣き声が耳に届く。声の主は――俺自身。
気がつけば俺は赤ん坊になっていて、見知らぬ女に抱きかかえられていた。金髪に碧眼、豪奢な衣服。周囲には祭壇のようなものがあり、神官らしき人間が呪文を唱えている。
――転生。そうとしか言いようがなかった。俺は異世界に生まれ変わっていたのだ。
やり直し。
その言葉が脳裏に響いた瞬間、胸が熱くなった。
もう一度人生をやり直せるなら、今度こそ逃げずに努力してみせる。二度とあの負け犬のまま終わりたくはない。
そして授けられた固有スキル――それが【メモ帳】だった。
十年後。
俺――リオは、村の子どもたちと一緒に「神殿」で行われるスキル授与の儀式を受けていた。
この世界では生まれたときに神よりスキルをひとつ授かり、それが一生の価値を決めるといわれている。剣士、魔導士、治癒士……強力なスキルを得た子どもは冒険者や騎士になり、家族を裕福に導く。弱いスキルなら、農民か下働きで終わる。
俺に刻まれたスキルは――やはり【メモ帳】。
表示された文字を見て、神官は肩をすくめた。
「文字を書き記すことができる」
それだけ。攻撃力ゼロ、防御力ゼロ。
「外れスキルだな」
周囲の大人たちは失笑した。
「リオの家も落ちぶれ確定か」
「まあ、農民としては十分だろう」
悔しかった。だが、俺は心のどこかで予想していた。前世で怠けて失敗した俺が、そう簡単に強力なスキルを得られるはずもない。
けれど――今回は違う。腐って諦めるのではなく、使えるものは何でも使う。たとえ【メモ帳】がゴミと呼ばれようとも。
幼い頃から俺はノートを取り続けた。
魔導書に書かれている呪文を丸写しした。村の長老が教えてくれる狩猟の知識、植物の効能、戦いのコツ。すべて【メモ帳】に書き留めた。
すると不思議なことに、書き写した呪文は元のものより威力が上がっていた。
火球の魔法をノートに記せば、炎が二倍に膨れあがる。
仲間の癖や動きを書けば、その戦いを見返すだけで自分の体が反応するようになった。
気づいた。
【メモ帳】はただの記録道具ではない。書いたことが「強化され、忘れない」力を持っているのだ。
つまり、努力を積み重ねるほど、俺は他人よりも確実に強くなれる。
十五歳になった俺は、村を出て冒険者ギルドに登録した。
しかし受付嬢にスキルを告げた瞬間、やはり鼻で笑われた。
「メモ帳? ……あんた、戦う気あるの?」
「後方支援ならまだしも、前衛は無理だろう」
依頼を受けようとしても、まともなパーティは誰も俺を誘わなかった。仕方なく、一人で低ランクの魔物退治を請け負うことにした。
相手はスライム。新人冒険者でも倒せる弱小モンスターだ。
だが俺は油断せず、まず観察した。動き、跳ね方、攻撃のパターン。それをすべて【メモ帳】に記録する。
そして剣を構え、メモを見返しながら斬りかかった。
――結果、スライムは一撃で真っ二つになった。
本来なら数度の攻撃が必要な相手を、一太刀で仕留められた。
俺の心臓は高鳴った。これだ。これが俺の戦い方だ。
その後も俺は、戦うたびに記録し、修正し、強化していった。
メモを取り続けることで、剣筋は洗練され、魔法は威力を増した。
やがてギルドの掲示板に、こんな噂が立つ。
――最弱スキル持ちのくせに、妙に戦い方が上手いやつがいる。
――まるで戦いの「記録」を操っているみたいだ。
笑われても構わない。俺は負け犬の人生を繰り返すつもりはない。
たとえ【メモ帳】がゴミだと呼ばれようとも、この力で必ず英雄になってみせる。
それが、二度目の人生を得た俺の誓いだった。