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僕が死ねば、彼女を殺せる。  作者: 留龍隆
ルール:吸血鬼は招かれざる家に入れない。
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主は眷属を傷つけることができない

 舌打ちする彼女の動きが、動作の途中でぴたっと、奇妙に止まる。

 吸血鬼のルール。

 主吸血鬼は、自身の眷属吸血鬼を吸血行為以外で傷つけることができない。だから先ほどのユージンも格子でヨーゼフを傷つけないよう『衣服を狙い』、体を刺し貫く固定も『ヨーゼフにやらせた』。

 ウィルヘルミナは攻撃の軌道上に出たジズを傷つけない方法がない。ゆえに、止まったのだ。

 怒りに染まるウィルヘルミナは、チャクラムを握り血を流しながらジズに歯噛みする顔を向ける。


「邪魔しないでってのが聴こえなかった? この期に及んでまだ言わせる気? あんたが死んだら私も死ぬでしょうよ、そんなこともわからない? それとも私を――殺したいの?」

「べつにお前を殺したいとは思わない。でも僕があの子たちを生かそうとするのを止めるなら、僕は僕を殺してでもお前を死なせる」

「ああ、無駄な人生。本当に無駄。そんなことになんの意味があるの? 死んだら、終わりでしょうよ」

「あの子たちを見捨てたら人としての僕は死んだも同然なんだよ」


 突き付けて、ジズは拳を握る。

 わかっているのだ、わかりあえないということは。最初から期待などしていない。ウィルヘルミナはどこまでいっても化け物であり、利己的に生きる怪物だ。

 だったらジズも自分のために動くことを押し通す。彼女が、自分が生きるためにジズを殺せず・殺させるわけにもいかないということを利用する。

 踏み出して、ジズは拳を構える。背後で彼女が「クソガキ……」と歯ぎしりするのが聞こえた。無視する。


「十秒くれ。あの子たちを逃がす」

「十秒後にあんたが生き残ってる保証はあるの?」

「お前次第だろ」


 投げやりな答えを返し、ジズは檻に向かって突っ込んでいった。ウィルヘルミナはまた強く舌打ちしたが、自身の眷属を死なせるわけにはいかない。即座に円刃連鎖を振るい、カバーに入った。

 走るジズの横を回り込むように、鎖と円刃が弧を描いて伸びる。ジズを守る加護の流星と化した一閃は、ヨーゼフがジズめがけて投げた格子を弾き飛ばしユージンに接近を躊躇させる。

 その一瞬だけでよかった。

 ジズは身をかがめて鎖の下を滑り抜け、落ちていた杭をつかむ。

 みきり、と力を込めて――今度は全力で、投げた。

 壁に向けて。


「ん?」


 ユージンが首をかしげた瞬間、

 破砕の音が響き渡る。

 鈍く重たい衝突と貫徹の音が室内を埋め尽くす。

 杭は丸太で組んだ壁面に全長の中ほどまで打ち込まれており、この衝撃の揺れがまだ建物をわずかに震えさせていた。ユージンが目を丸くしている。


「……どういう威力だい、それ。さっきぼくに撃ち込んだときは全然、」

「お前を貫くと後ろの檻の子どもたちが危ないから、手を抜いてただけだよ」


 熊を倒したときも、じつは全力ではなかった。ジズたちは吸血鬼の討伐に来ている――だから相手にいつ見られているかわからない。

 そんなときに、手の内のすべてや全力は晒さない。相手がこちらを見くびり実力を見誤ることで生じる、わずかな隙を手にするため。

 今回はそれが、人質の救出の役に立った。

 壁に突き立った杭に追いついたジズの剛腕が唸る。左、右とつづけざまに杭へ拳を叩き込んだ。拳から伝わる衝撃で、杭を中心に壁が爆散する。

 檻が通れるだけの空間がぽっかりと開いた。


「外に落とすぞ。構えろ」


 ジズは間髪入れず檻の端を掴むと、外に向かってぎりぎりと引きずって自らの体ごと小屋の外へ投げ出そうとする。

 狙いが子どもの救出にあると察したユージンは、背後からジズを襲おうとした。

 その身に向かってウィルヘルミナが円刃連鎖を叩きつける。ヨーゼフが両手の格子を双剣のように操って弾く。得意げに彼は笑う。


「はっは、速度に目が慣れちまったか? 簡単に弾き飛ば――」

「ちがう馬鹿者! 構えろヨーゼフ!」


 防御成功で調子に乗ったヨーゼフをユージンが老爺のような口調で叱責する。

 弾かせたのはわざとだと、気付いたらしい。やはりユージンは長く生きている古兵だ。


 けれど今回はウィルヘルミナが上回った。


 自ら弾かせたため軌道の読みやすい円刃連鎖を、ウィルヘルミナは引き戻した。じャらンジャラんと蠢く鎖が不規則で読みづらい、けれど使い手にだけはわかる一定のリズムを奏でる。

 そして円刃すべてが、その輪の中央の穴を一直線に揃える一瞬が生まれる。

 ウィルヘルミナが空中へ跳躍しながら左腕を素早くその輪の中へ突き込み、腕全体へ円刃の籠手を纏うようにした。右手を引けば、連なった円刃が高速で回転をはじめる。


「おばかさん」


 ウィルヘルミナが跳躍の着地位置、つまり敵たる吸血鬼へ向けて左の手刀を振り下ろした。

 回転する刃の列がユージンとヨーゼフに打ち付けられた。さながら数十の剣を同時に叩き込まれるようなものだ。格子の防御は当然、高速回転する刃に弾かれ、ユージンも無事では済まない。頭部が切り砕かれ脳漿が霧状に細断された。

 いかに高位の吸血鬼であれど、『負傷範囲が広いほど回復に時間を要する』という弱点は変わりない。その意味でも、広く粗く傷をつけるこの武器は対吸血鬼戦に適しているのだ。


「役立たずが……ヨーゼフ、お前はもうなにもせずともよい! この戦いに貴様の役割はない!」


 元の気質はこうした口調なのか、余裕を失くしたユージンが老爺そのものの口調で怒声を放った。ヨーゼフが苦々しい顔つきをする。

 そのときには、右こめかみを砕き裂かれて脳漿と右眼球とをこぼしながらも、ユージンの反撃の爪がウィルヘルミナを抉っていた。

 喉元から下腹部まで深く斬り下ろされ、マントの内に着用していたブラウスとスカートが裂けて朱に染まる。肋骨ごと臓器を削り取られ、どぼどぼと口から血を吐く。


 が、彼女は止まらない。円刃纏う腕を振り回す。

 ウィルヘルミナはここでユージンにジズへの追撃を許せば自身の敗死に繋がる。ユージンはここでヨーゼフの首に致命傷を負えば敗北する。

 だから互いに攻め切るしかないと、殺し合いつづけることで膠着状態となる。


「――ッ、ぉおおおおっ」


 その間にジズは渾身の力で檻を引いた。子どもとはいえ五人が収まる鉄の檻は、いかな彼の剛腕でもさすがに重い。

 だとしても、気力で踏ん張りを利かせ、ずるずると床を滑らせる。

 端から壁外へ出た檻は、中ほどまでいくとバランスを崩して……ゴズン、と落ち、森のなかへと子どもたちを自由にさせた。


「逃げろ! いましかない!」


 ジズの叫びに、身を縛る鎖が切れたかのように子どもたちは慌てて駆け出す。

 まず子どもは逃がした。あとはユージンたちを倒すのみだ。

 けれど振り返れば、やはり格闘能力の差か。ウィルヘルミナが両腕を抉り切られ蹴り上げを食らうところだった。


 彼女が傷の再生に要する一秒と、身動き取れない空中に居る一秒。

 その隙を縫ってユージンはジズの殺害に動いた。


 接近しながら投げつける格子で頸椎を正確に狙い、回避で体勢を崩したジズに向かって踏み込むと、爪を振りかざす。

 重い斬撃。防御に掲げた右腕が肘で切断された。のみならず右目を斬られている。視界が赤黒くなり目からの情報が途絶する。


 となれば、見えなくなった右側の死角を使ってくる。

 屈んだ瞬間に読みが当たったのを知った。首を突き上げるユージンの左指先を避けることに成功している。けれど関節を外して相当にリーチを伸ばす彼の間合いのなかでは、まだジズの拳は届かない。

 そのとき片膝立ちのジズの眼前を、

 切断されて落ちる途中の、自身の右前腕の断面が埋めた。

 これしかないと判じ、

 断面に左拳を打ち込む。

 足りないリーチが埋まった。右前腕を杭の代わりとして、左拳の《槌形拳》がユージンの腹部に衝撃を加える。


「ごほっ! ……か、は、ははは!」


 が、長く動きを止められるダメージではない。ユージンは平気で笑っている。片膝立ちからの無理な拳打では、胃腸を割るのが精いっぱいだった。この程度は主吸血鬼ならすぐに再生してしまう。


「っと、そろそろあちらも再生した頃合いか」


 吐血しながら笑うユージンは、背後への警戒を少し強めた。

 腕の回復に一秒、着地までにもう一秒。

 ウィルヘルミナが二秒の空白を経て、円刃連鎖を振るい来る。

 だがユージンは後ろを向かない。ジズを殺すのを優先した。

 それはそうだ、ジズとユージンがもつれあっているとき、ウィルヘルミナはルールにより『眷属を傷つけられない』ため円刃連鎖で巻き込むような強攻撃はできない。


 と言って正確にユージンだけを狙うこともできない。その確信を持てるほど、彼女は円刃連鎖の扱いに慣れていないからだ。……裏を返せばユージンはヨーゼフの衣服や縛りだけを「確実に狙える」という確信があったから、武器を向けられたのである。その点だけでも相当な戦闘経験があると言えるだろう。


 ともあれウィルヘルミナの攻撃は封じられた。

 ユージンはもう勝てると判断したのだろう。右手の爪を振り上げ、左手の爪を大きく横に引いている。右の振り下ろしと左の横薙ぎにより、もう左腕しか防御手段のないジズを確実に仕留めるつもりだ。

 背後のウィルヘルミナが円刃連鎖を振るう音も気に留めていない。


「死ぬがよい、若人」


 にやりと笑うユージン。

 ジズは。

 ウィルヘルミナの方を見て。


 あと一秒を稼ぐことを、決意した。


 いちかばちか、片膝立ちのままで先のユージンの歩法を真似た。

 無茶な関節駆動と踏み切りで、立てていた足からの力を爆発させる。後退の一歩。足首がひしゃげる。

 だがその甲斐あって振り下ろされる凶爪からは逃れる。


「馬鹿が、二撃目は避け得ぬぞ!」


 つづく横薙ぎ。足もつぶれてもはや回避のしようもない。

 が。

 回避するつもりも、なかった。

 後退の際に腰をひねり、ジズは左拳に力を溜めている。

 そのとき――ここだ、と感じた。


 決意からちょうど一秒。


 眼前の空間に、


 落ちてくる太い枝の断面を捉えた。

 ジズはそこに拳を、送り込んだ。


「な、」


 という声を最後にユージンが止まる。

 ジズの首に爪を届かせるよりわずかに早く。

 左拳により杭のごとく打ち込まれた枝先が、ユージンの首をかすめてその背に負っていたヨーゼフの喉を貫通していた。


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