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僕が死ねば、彼女を殺せる。  作者: 留龍隆
ルール:吸血鬼は招かれざる家に入れない。

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戦場の吸血鬼たち


 吸血鬼同士の戦いにおいて、勝利条件はいくつかある。

 もっとも確実なのは「眷属の首を刎ね、主吸血鬼の再生力を落とす」ことだ。それをしない限り、主吸血鬼同士は先のウィルヘルミナが見せたように脳髄をぶち撒けようとも戦闘を続行できるため、かなりの泥沼になる。

 ゆえにユージンの狙いはジズになるし、ウィルヘルミナの狙いはヨーゼフになる。どちらが先に眷属を狩るか。それこそが戦いの明暗を分ける。

 つまりジズのすべきことは、殺されないよう抵抗することだ。


「止まれ!」


 叫び、杭を投げるジズ。格子を投げるユージン。

 関節を外してリーチを瞬間的に伸ばし、振り回すことで大きく慣性を載せたユージンの投擲は鋭く重かった。避けきれず被弾し、腹部と太腿から出血する。背後でウィルヘルミナも「痛っ!」と言っているのでどこかに当たったのだろう。

 対してユージンは、胸に杭が突き刺さっていようとお構いなしに前進してきた。三歩進むあいだに傷は内側から盛り上がって杭を押し出し、自分で抜くまでもなく再生し終えている。ジズはやっと格子を抜いて再生を始めたところだ。


「弱いね、おにーさん。貫通もできない威力だ、よっ!」

「!」


 言葉の終わりには、ユージンが目の前に肉薄していた。

 無茶な関節駆動と踏み込みにより推進力を得た、足裏を爆発させているのかと疑うほどの高速移動。

 距離をゼロにしたユージンは、彼の間合いのなかで縦横無尽に両腕を振るう。関節を外しているため絶大なリーチを誇り、ジズの拳は届かない。

 薙ぎ払う腕先の爪は鋭利な凶器と化し、ジズをたちまち血まみれにした。


「ぐうっ……」


 圧倒的な暴力。反撃しようと拳打を繰り出せば、その腕の肉が抉られ骨がひび割れた。ヨーゼフと比べて明らかに戦い慣れている。

 脱穀棍(フレイル)で繰り返し打たれるような威力の爪の薙ぎ払いは、長い修練の賜物と思われた。相当、鍛え上げている。おそらく手刀の打撃を主体とするなんらかの武術だ。


「それなりに武をやってんね、おにーさん。でも、せいぜい十年かそこらでしょ? こちとらその五倍はやってんだわ」


 醜悪な笑みでユージンは言う。見た目通りの年齢では、ない。当たり前だけれど。

 浴びせかけられる爪の連打に、半歩、一歩とジズは後退を余儀なくされる。

 しまいには右肘の内側に激痛が走り、杭を取り落とす。肘に通る尺骨神経をごっそりと抉り切られたのだ。動きが止まったのを見てユージンは首を狙い指先で突きをねじ込んでくる。無理にかわして姿勢が乱れると、腹部を蹴りつけられた。

 自壊を気にせず人体の限界を超えた一撃は、小柄な肉体から放たれたとは思えない威力でジズの肝臓を破裂させ遥か後方へ吹き飛ばした。ジズもヨーゼフ同様に壁に張り付くこととなる。


「もーらい」


 ジズが落とした杭をユージンがキャッチし、投擲。壁に太く撃ち込まれる音がして、しかし当たったのはジズではない。

 杭はヨーゼフの手を縛っていた部分を正確に貫いており、腕が自由になっている。


「助かったぜ、ユージン」


 この腕で杭を掴み、ヨーゼフは迫る円刃連鎖の首刎ねを防いだ。ヨーゼフは連続する斬撃の衝突で両腕がちぎれ落ちそうになっているが、構わずチャクラム部を掴んで引き寄せる。ずるずると襟首の格子が抜けていき、彼の身が空中に踊った。


「邪魔! 落ちろっ!」


 毒づくウィルヘルミナがジャランと鎖を鳴らし、縦一閃に振り下ろす。掴んだままのヨーゼフを叩きつけようとしている。

 ところがこの身を、跳躍したユージンが空中でキャッチした。背中におぶさるかたちで、ヨーゼフがしがみつく。


「おかえりヨーゼフ。じゃ、いこうか」


 ユージンが両手を振り上げる。格子が一本ずつ握られていた。

 また投擲攻撃か――と思いきや、ヨーゼフが受け取った。躊躇わず自分の腰に後ろから突き立てる。ヨーゼフの背中からユージンの腹部まで貫通した格子が二人をつなぎ止め、抜けないように先端を鉤状に曲げるのも見えた。

 これでそう簡単には分かたれない。足を失ったヨーゼフを守りつつ戦うことが可能となった。天井を蹴ってまた檻の前に戻ったユージンは、ジズたちの前で肩をすくめる。


「さてお二人さん。仕切り直そうか」


 無垢な少年の高い声で、態度は狡猾な老爺のそれで。ユージンはせせら笑って言った。

 ようやく肝臓と腕の再生を終えたジズは彼と自分たちの戦闘経験値の差を、嫌と言うほど思い知らされた気がした。ウィルヘルミナが戦況の悪さにため息をつく。


「しっかりしてよ。完全に、向こうのペースじゃない」

「……すまない」

「やっぱりあの眷属、さっさと殺しておけばよかった。娘たちのことなんて気にするからこうなるんでしょうよ」

「いやでもそれは、」

「こんなところで躓いていて《あの人》を倒すって目的を達成できるの? 他人のことなんて気にしている余裕ある? ここで死んだらすべて終わりなのよ?」

「……」

「殴れるならいますぐあなたを殴ってやりたいくらい、苛立っているの私。でも私にそれはできない(・・・・)から、しょうがない。だからせめて、邪魔しないで」


 ジズの前につかつかと歩み出たウィルヘルミナは、両手のあいだに渡した円刃連鎖をジャラっとひと際強く鳴らす。

 手首の返しで片端に渦を巻かせ、自分の右側に高速回転する刃の領域を生み出した。速すぎる回転に、断続的だった空気の裂ける音が連なり合わさってヒィィィン、と細く高くうなるような音に変じていく。

 その構えに、ジズはぎょっとする。回転でかかる遠心力で溜めをつくり、一気にそれを解放するのはウィルヘルミナの得意技だ。多くの吸血鬼を仕留めてきた大技でもある。

 しかし同時に、攻撃範囲が広すぎて辺り一帯を円形にごっそりと刈り取る技でもある。この小屋ごと、相対する吸血鬼の腰あたりをまっぷたつにしかねない。だがユージンとヨーゼフの背後にはまだ、壊れた檻から逃げられずにたたずむ子どもたちが居る。


 彼女は、子どもを巻き込んででも吸血鬼を殺すつもりだ。


「やめろ!」


 ジズはウィルヘルミナを制するべく、彼女の前に飛び出した。

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