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僕が死ねば、彼女を殺せる。  作者: 留龍隆
ルール:吸血鬼は招かれざる家に入れない。
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眷属と主のルール


 ウィルヘルミナが脳髄をぶち撒けようと心情的にも戦術的にも本来ならばたいしたことではないが、状況が悪い。

 なにせ――


「ぐっ」


 ジズも撃たれたからだ。

 爆音を間近で聞いたような衝撃が全身を貫いて、少し遅れて焼ける熱の痛みを発した箇所こそが銃創だ。何度か経験しているが慣れない。ことに、肺腑や肝臓といった主要な臓器のつぶれる感触は。

 呼吸ができない。

 肺が膨らむのをやめた。

 右肺を貫通されている。つづけて左わき腹に熱。小さいのによくやったものだ腎臓に大当たりだ。さらに左太腿。左肩甲骨。左方向に射手が多いか? 首を撃たれるのは(・・・・・・・・)まずい(・・・)。木を背にして隠れろ。射線はどれくらいある?

 いくらでも、あるだろう。

 なにせ――


 なにせ、村全体が、

 吸血鬼と共謀していたのだから。


「ようこそ異端審問官クン。俺の準備は楽しんでいただけたかな?」


 村ぐるみの、罠。

 その首謀者であろう男――吸血鬼は、銃弾を喰らって膝を屈したジズの前にすたんと飛び降りてきてにやにやと笑う。

 どこにでもいそうな、肘に継ぎ当てのあるジャケットを着た労働者風の男だった。面長で少し口ひげが生えており、黒髪を後ろに撫でつけている。目元は涼やかというより冷ややか。上背はジズよりもだいぶあるらしく、先の熊ほどではないが落とされる影のなかに居ると落ち着かない。

 吸血鬼は、ジズが負傷で動けないのをせせら笑っているようだった。

 まあ、化け物(眷属)であるジズの傷はすでに八割がた再生していてもう動けるのだが。服の上からではわかるまい。

 ウィルヘルミナも状況がわかるまでは再生するつもりがないらしく、脳髄を散らしたままだらんとして倒れ伏している。

 相手が眷属か主かもまだわからない以上ここは、劣勢の者を演じて情報を引き出すのが最善と思われた。


「……我々、異端審問官を、誘い出すため。村ひとつを脅し、こんな、ことを?」


 切れ切れに言葉を繋ぎ、さも弱っているかのように見せかける。

 吸血鬼はこの演技に騙されてくれたらしく、懐から出した紙巻煙草に黄燐マッチで火をつけながら、余裕綽々で答えてくれた。


「ああ。ここには優良顧客向けの買い付けに来ていたんだが、次の交易地までのルート確保が面倒でねぇ。そこでキミら異端審問官が持つ、教皇庁からの許しを得たその十字架。交通の要所をラクラク超えられるそいつを、手に入れたいと思ったんだよ」

「なるほど……買い付け、と言うと。攫った子どもや娘は、もしや売り物だったの、ですか?」

「鋭いねぇ。そうとも俺たちは非合法組織、闇商会(アソシエ)の所属だ。どこで気づいたんだい?」

「村長が、言っていたのを、いま思い出しました」


 名指しされて、猟銃を構えた一団のなかに居たセルジュがびくついたのが見えた。もう少し早く気づいていればと、ジズは思わないでもない。


「彼は、言いました。『娘たちを、取り返してくれ』と。……まだ、あなたたち吸血鬼に、喰われていない前提でした」

「おいおい、しくじってやがるなあの老いぼれ。騙す話術ってのをあとでもう一度よーく教え込んでやらないとね」

「つい、口を滑らせたの、でしょう……救ってほしい、という本心が。漏れたの、ですよ」

「くだらないねぇ。望みなんて持つだけ無駄なのに」

「それは――どうでしょう、ね」


 ジズは右手に鷲掴みにしたままだった杭を、膝立ちのままブンと投げた。

 また無駄なことをするものだ、と思っている顔で、吸血鬼は半歩横に避ける。

 だが次の瞬間、

 奴の胸から杭の先端が生える。背中から貫通していた。


「……え」

「ど真ん中。我ながら百点ね」


 吸殻を落とす吸血鬼の背後で再生を終え立ち上がっていたウィルヘルミナが、飛んできた杭を掴んで即投げ返していたのだ。

 さらにはシャオン、と彼女の得物の音。

 吸血鬼は瞬時にばらばらになった。


「がっ、ぐぅっ! なんっ、おまっ、吸血鬼(同族)⁈ しかもその再生力っ、(マスター)かよ⁉」


 否、すんでのところで首と足の切断は免れている。

 全力で防御と回避に集中し、両手両腕を刻まれ背中は深い裂傷を負うことと引き換えに、弱所と逃げるための足とを守ったのだ。


『首を守る』――つまりそれは、眷属の証である。ジズは確証を得た。

 よろめきながら吸血鬼は走る。背後のウィルヘルミナの攻撃を回避して逃げる先は、当然ながら前方だ。

 そこにはジズがすっくと立ちあがって待ち構える。吸血鬼は驚愕に目を見張る。


「お前っ、撃たれてるはずじゃ――!」

「もう治りましたよ、雑談にお付き合いくださりありがとう」


 吸血鬼はジズもまた吸血鬼であると悟り、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。

 だが得物である杭が手元にないジズならば、突破できると瞬時に考えなおしたらしかった。

 意を決した顔となり、切り落とされ皮一枚でぶら下がった両腕をみちみちと再生させながら杭を握りしめ胸から引き抜き、迫る。


「どけぇっ!」

「どくものかよ、外道」


 ジズは口調を切り替えて、肉薄する吸血鬼を撃滅すべく構えた。

 杭を鷲掴みにするときのように五指を開いて前に出した左掌、臍の前に引き付け手の甲を地に向け握る右拳。半歩前に出した左足、低く落とした重心。


《槌形拳》の基本となる中段の構え。


 ここから己の前進する体の勢いをそのままぶつけるように、左掌を振り下ろす。

 杭持つ向こうの腕をかわしてどずん、と吸血鬼の胸に打ち込まれる掌撃。肋骨の大半を粉砕し、絞り出された呼気がぐげぇ、といううめきに変わる。

 なおも攻め手はつづく。

 左掌は粘りつくように触れたまま、右拳を己の左手の甲に向けて放った。

 あたかも左掌を杭に、右手を槌に見立てたように。

 衝撃を拡散させず、相手の内側に満たして――狙った臓器を正確に破壊する。

 ごぶ、と声もなく音だけ立てて吸血鬼の口許からどぼどぼと大量の血があふれ出した。手から杭が転がる。


「臓腑がつぶれるとキツいだろう」


 肺腑と心臓と胃腸の破れた感触がジズの手に残る。破損個所が大きければそのぶん、再生には手間取るものだ。だから対吸血鬼戦でのかなめとなるのはこうした「広く深く傷つける」技や仕掛けとなる。


 ゆえに《身問十六法》に含まれる技の本質は、どれもこうしたえげつない性格のものばかりだ。とくに第一法《槌形拳》は、ほかの法である《罰剣(ばっけん)》《不隙間の型(ふすまのかた)》《大戦斧(だいせんぷ)》のように武器メインではなく体術が基本のため、得物の有無で威力を左右されない点も特色である。


 地面に倒れ伏して口許を押さえ、まったく立ち上がれない吸血鬼の男を前にジズは立ちはだかった。

 ひたりと、左掌を彼のうなじに添える。振り上げた右拳の影が落ちる。


「さて、僕の質問に答えなければ、次は頸にこれを浴びせることになる。心して答えるんだ、眷属」


 吸血鬼はびくりとした。なぜ自分が眷属と知っている、そう言いたげな顔だった。

 種を明かせばどうということはない。彼は先ほど、ウィルヘルミナの攻撃に遭って首から上をガード、腕と背中を犠牲にしている。それが眷属の証だ。

 頸部――正確には頸椎の圧壊・切断は、眷属吸血鬼にとっては致命傷となるからだ。ウィルヘルミナのような主吸血鬼は頸部が破裂しようと五体がちぎれ飛ぼうと炎に焼かれて灰になろうとその場で復活・再生するが、眷属はそこまでではない。死の可能性は常にある。

 そして眷属の死は、主にとってほぼ唯一の『弱点』だ。眷属が死ねば、主の再生力は一時的に眷属レベルまで落ちる。殺害が可能となるのだ。

 だから、ジズは問う。


「そろそろ心肺は治ってきたな? じゃあ答えろ。お前の主は、どこに居る? そいつは……女か?」

「な、にを、」

「答えなさい」


 ウィルヘルミナの言葉と共に、シャオン、と例の音が響く。

 途端に両足を切断され、吸血鬼はうめいた。内臓が再生しはじめた矢先にこれはきついだろう。膝から下の肉は吹き飛ばされ、はるか頭上を舞う。枝にくるぶしが引っかかり、ぶらんと下がった。

 眷属は部位の欠損を補う再生もできない。これでこの男が逃げる方法はなくなった。


「っぐぅ、ぁぁああ……」

「僕たちは、ある女吸血鬼を追っている。お前がそこに繋がるのならもう少しだけ、生かしておいてあげるよ。そうでなければ」


 左掌の圧迫を強める。吸血鬼の男は、ぶるぶると震えた。


「わかっ、わかったよ……答える、正直に答えるから待ってくれ!」

「待たない。すぐ話せ」

「わかった話す、話すよぉ……まず、お、俺の主は女じゃないんだが……、いや待て待てまてまて俺を殺すと後悔するぞ!」


 仇敵である《奴》に繋がらなかった落胆もあり掌の圧を強めるジズだったが、「後悔する」との物言いには引っかかるものがあったので力を緩める。途端に吸血鬼は、つかえがとれたかのようにまくし立てる。


「俺が、てっ定刻に戻らなければ、村の娘たちも、主が闇商会へ連れていく手筈だ! 救う機会がっ、なくなるぞ! 俺を殺すな!」


 必死の訴えに、ジズはぴたりと固まる。

 その圧の変化を感じ取った吸血鬼の一息の安堵と、その安堵を感じ取ったウィルヘルミナの冷ややかな反応がつづく。


「どうせブラフでしょうよ」

「ほ、本当だ!」

「じゃあ定刻っていつ?」

「ゆ、夕刻だ……日が暮れるまで」

「あらそう。ならそれまであなたを拷問、もとい審問して死んだ方がマシだと思うほど追い詰めて、楽にしてあげるのと引き換えに主の居場所を吐かせるのも手ね」


 こういうときは頭が回るのか、平気で残酷な手を述べ始める。ひくっ、と息をのんで止まった吸血鬼は、震え声で言い返す。


「俺が、しっ真実を話すとは、限らないぞ」

「そうね。あるいは、話せる状態でなくなるかもしれない。痛みで気がふれるかどうかの見極めが難しいのよ、吸血鬼って死ににくいから」


 真実味のある物言いで、ウィルヘルミナは脅しをつづけた。ヒ、とまた息をのんで吸血鬼は固まる。

 その間も、ジズは頭の中で考えていた。娘たち――もしかしたら生前のジズの妹と同じくらいの年代の、子どもたち。

 彼女たちの命が吸血鬼どもの娯楽の吸血のため、無惨に奪われるかもしれない。

 こう感じたら、迷いなく動くことはもうできなくなっていた。

 ジズは左手をゆっくりと、引く。


「ちょっと、眷属」


 ウィルヘルミナが抗議の声を上げるが、ジズは無視して吸血鬼に向き合う。地面の杭を爪先で蹴り上げて鷲掴みにし、尖る先端を突き付けながら、言う。


「苦しみたくないなら、僕たちを主の元に案内しろ。もしちがうところに案内したなら苦しませて殺す。……でも、主の元に行けば、まだお前にも生き残る目はあるだろう?」


 主であれば当然強い。眷属とは比べ物にならないほど再生力がある。その元にジズたちを連れていけば乱戦は必至で、つまりはこの男にもまだ生き残る可能性が出てくる。ジズはそれを告げていた。

 吸血鬼は命を繋げたことに緩んだ顔を見せた。場合によっては生き残れるかもしれない、と欲が出た様子である。これなら嘘はつくまい。


「……あきれた。《あの人》に繋がる案件でもないっていうのに、安全確実な手段よりもリスク込みの拙速を選ぶの? 理解できない」


 そこへウィルヘルミナの非難の声がつづいた。

 だがジズは答えない。


 もちろん復讐こそが人生第一の目的だが、子どもの安全も重要だ、など――こいつに話して、理解されると思っていなかった。


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