不死なる吸血鬼の殺し方
『その人の、妹』。
そっけない彼女の名乗りに、ジズの頬がひくりと引きつった。
あの冬から、十年のあいだに慣れるしかなかったのだが……いまだ慣れない名乗りだ。
それでも彼は猟師の男に向かって貼り付けたような笑みをつくってみせる。
「村をご存じなら、案内いただけますか。僕らは――吸血鬼を追うためだけに、生きている身なのです」
森を少し戻ったところに、ちいさな村落があった。焚火の明かりが、薄暗い森からもちらちらと見える。
立ち上る煙の根本を見れば、肉をいぶしたり毛皮を干したりと越冬の準備が見受けられる。
こうした準備は村の規模がちいさいほど、共同体として風通しが良いなかで行われねばならない。しかし、並ぶ家々はどこも扉が固く閉ざされていて、窓にさえ雨戸が嵌められている。
さぞ閉鎖的な村のように見える……が、住人同士はにこやかに挨拶を交わしていた。
その反面、知らぬ顔であるジズたちには怪訝な顔を向けてきたが。
まあこれは熊の返り血を浴びたウィルヘルミナが居るのが悪いかもしれない。
「人さらい騒ぎのせいで、よそ者に過敏になっていてな」
前を歩く猟師の男はそう言ってうつむいた。それこそ、ジズが呼ばれた理由だ。
「若い人、とくに子どもや娘さんがさらわれているそうですね」
「家畜や牧羊犬もだ。このままでは生活が成り立たん」
だからあんたらを呼んだんだ、と言いながら男は足を止め、左手に見えた石組みの家を指さした。そこには玄関ポーチがあり、周りの家々より凝った意匠が施されている。
「名乗り遅れたが、俺が村長のセルジュだ」
セルジュは家に向かおうとする。その背に、ジズは呼びかけた。
「僕たちは立ち話でも構いません。情報を集めたら、すぐ出立しますので」
「さすがにそうもいかん。知らなかったとはいえ、異端審問官として来てくれたお嬢さんを化け物と呼んでしまった不義理もあるしな……室内は暖かいし、上がっていっておくれ。茶くらいは出す」
「そうですか。では、お言葉に甘えて」
会話で家に上がる条件を整えたジズは、後ろにいたウィルヘルミナに顎をしゃくることでついてくるよう指示する。
「茶葉の質は期待できそうにないけれど。お茶菓子はどんなものかしら?」
不遜な態度で、彼女は追従してきた。
室内はたしかに、上着を脱いでも暖かかった。セルジュの妻と思しき年嵩の女が客間に案内してくれる。ただウィルヘルミナのマントは得物の仕込みもあって異常に重たいので、コート掛けの利用は丁重に断った。
麻布を張ったごわごわとしたソファに腰を下ろし、お茶が出てくるのを待つ。
黒のロングスカートから床に届かない足をぶらつかせるウィルヘルミナは、セルジュとその妻が話している居間の方に顔を向けながらジズへ言う。
「カップが足りるかも心配な家ね」
性格の悪い女だった。ジズは頬をひくつかせ、咳払いと共に口元に拳をあてがう。
「……そういうお前の物言い、疲れるよ。とてもな」
セルジュに向けていた丁寧な口調が一瞬でばらけて、ジズの口からはざっくりした、舌にもっとも慣れた言葉遣いがすらすらと出てくる。
十年間でもっとも使用頻度が高かった口調だからこその慣れだ。
それから、ウィルヘルミナの先の言動を咎めた。
「さっきのは、なんだ」
「なんだって、なによ」
言い返してくるウィルヘルミナがすっと目を細くした。
「私の言い方に問題でもあった?」
「『その人の妹よ』という言い回しだよ」
言えば、ウィルヘルミナはばつの悪そうな顔をした。
「べつに言い回しそのものが悪かったわけじゃ、ないけどな。僕とお前の身長差と体つき見れば一目瞭然なことを、なぜわざわざ自分から言うんだ。怪しまれる可能性を考えろ。僕の応答を、待てよ」
「……婚姻関係か血縁以外で男女が連れ立って歩くなんてこの国の法律が許さないのだから、妹のフリで通すしかないでしょうよ?」
面倒くさそうに、ウィルヘルミナは視線を逸らしながら告げた。
文化・宗教的な問題としては、たしかにそうである。そしてウィルヘルミナは外見が幼いため、妹以外の名乗りがうまく当てはまらない。だからあのような対応になるのはわかる。
わかる、のだが……。
「でも言い方があまりにも雑だった……僕らはいま、《奴》に近づいているかもしれないんだ。気付かれて逃げられることのないよう、慎重に慎重を重ねたい。だからわずかなミスもつぶしたいと、そう思うのは間違ってるか?」
ウィルヘルミナとジズ、共通の仇敵である女をジズは吐き捨てるように《奴》と呼ぶ。
仇敵である相手への呼称など、それで十分なのだから。
彼女もその認識については共有している。ので、ちいさくかたちの良い鼻から細く息を吹いて納得の首肯を見せる。
「まあ、それはそうね。でも、やたらと私を責め立てないでほしいものね」
「ふてぶてしいやつだな」
「ねちねちと人の非をあげつらう人にはこれくらいでちょうどいいでしょ」
「口数を減らせば非を重ねることも少なくなると思うぞ」
ジズの言葉に、ウィルヘルミナは面倒くさそうに肩をすくめ、押し黙った。
けれどそれも数秒のことで、すぐに「お茶ではなくお酒を頼んだら、一杯いただけるのかしら……」とかぼやいている。ダルくなるとすぐ酒に手を伸ばそうとするのもこの女の悪い癖だった。「仕事中だぞ」とだけもう一言、たしなめておく。
やがて、セルジュは妻を伴って茶を運んできた。席から立ち上がって一礼して迎え、また勧められて腰を下ろす。
茶の味は薄く、苦かった。お茶菓子をさりげなくウィルヘルミナの方にやって、黙らせておく。彼女は喜んで焼き菓子を口に放り込んでいた。単純だ。
食べているあいだにと、ジズはセルジュへ水を向けた。
「一見した印象にすぎませんが、のどかな村ですね」
「ああ。村の状況は、まあご覧の通りだ。のどかではあろうが……みんな怖がっちまって、家を閉ざして外に出ない。夜闇と森を恐れて生活するなんざ、ガス灯もなかった爺さんの代まで文明が戻っちまった気分だよ」
「心中お察しいたします。被害は、いつごろから?」
「もう三か月になるか。当初は家畜が狙われたもんでね、夏に活発になった獣の仕業だろうと思っていたんだが。徐々に家禽、豚、牛と大きなものを取られ、最後には村のガキと娘がもっていかれた。計五人だ」
茶を飲み干し、苦しい顔つきでセルジュは唇を噛む。その視線が一瞬ウィルヘルミナを通り、さらわれた村娘を思っているのだろうとうかがえた。
「誘拐の前後に、村でなにか異変はありましたか?」
「さっき助けてもらった通りだ。家畜が取られるようになってからこっち、人喰い熊が村の近くをうろつくようになってな。ほかにも狼の群れが来た……というのも、取られた家畜はすべてが食われてるわけじゃぁなかったんだよ。肉片の残りカスが森のそこかしこにばら撒いてあった」
「何者かが獣をおびき寄せていた、と」
「ああ。ここで、単なる家畜泥棒じゃねぇと気づいた。知性と悪意ある化け物、吸血鬼に村が狙われてるってな……だが遅かった。翌週にはガキをさらわれ、あとは毎週のように村の人間が減らされた! けれど、熊と狼が危なくて外に出られねぇ。なんとか、早馬を出して助けを呼んだが……」
顔を覆っている。よほど、この状況に耐えかねたのだろう。
村は狭い空間だ。被害者の集いは、純粋な被害者だけの集いでは居られない。どこかで必ず、『被害者のなかの加害者』としてやり玉に挙げられる者が居る。
セルジュは村長という役職に従い、その立場になってしまったのだろう。危険を冒して銃を片手に外へ出ていたのも、そうした理由が大きかったのかもしれない。責任を感じて、というやつだ。
「どうにかしてほしい。報酬を支払うだけの蓄えはある。吸血鬼を、退治してくれ。娘たちを取り戻してくれ。あんたがた兄妹、熊を屠るほどの強さなんだ。それができるんだろう?」
か細い声の訴えに、ジズはうなずいて胸元で十字を切る。
「おまかせください」
その後セルジュとその妻からお祈りのように七竈や野茨、大蒜を託されて、二人は家をあとにした。
「不死なる吸血鬼の殺し方は、身をもって熟知しております」
と言い残して。