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僕が死ねば、彼女を殺せる。  作者: 留龍隆
吸血鬼は怪物ではない。

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28/29

最期の戦い


 故郷であるルナプネ。

 ダム建設への反対が終わり、住人もすべて退去が完了した場。

 一時的な水源地の堰き止めが成され、水が涸れて底まで干上がった川――住人の退去にあたって、橋を通れない大きさである村の巨木や一部家屋を移転するための措置である――を渡ったかつての中洲部分にある村落で、ジズは待ち構える。


 井戸を囲む中央広場近くの、醸造所だった建物にて、樽を椅子代わりに腰掛けていた。

 醸造所の周囲には、建物の壁から路上の地面に至るまで、あらゆるところに杭を打ち込んである。村全体がヤマアラシのようだった。

 隻腕になってしまった自分の戦闘能力を少しでも補強するための策だ。

 ウィルヘルミナも傍らに立っている。あとは、奴が来るのを待つだけだった。


 ――フリーダと共に立てた策は、すでに成されている。

 まずホフマンからの報告を辿り、土地持ちの資産家のもとへカミラが潜り込んでいることを突き止めた。どうやら土地の売買のため、いま彼らは山奥に居るらしい。

 ただ彼らの移動のすべてを追うことはできなかったので、通りそうなルートのいくつかをフリーダの情報網で割り出した。


 道が分かれば、妨害ができる。自動車などの移動ができないように道を崩落させたり、わざと闇商会関連のキャラバンを雇って大量の荷下ろしをさせるなどで通れる道を絞り込んだ。

 極めつけに橋やトンネルといった、通行に必須の場……の周囲の安い土地をホフマンらの協力も取りつけて買い込む。

 他者に所有された土地を通れないカミラの動線はひどく細くなり、いまこの時間帯で通れるのは『国が所有したため吸血鬼も通行可能な』ルナプネ周辺だけになるという寸法だった。


 ジズは懐中時計を取り出す。日も暮れかけ、夜が迫っている。

 人が住むのをやめて文明の灯が遠くなった場は、百年前のような闇がにじり寄ってきていた。


「いつごろ、奴は来るだろうな」

「さあ。もしもその資産家とやらがいまの眷属だとしたら、七日七晩のルールは気にしなくていいけれど……資産家である以上、お仕事は忙しいものでしょうよ」

「つまり?」

「あまり山奥に長く居られるとは思えない。遠回りを嫌うなら、ここを三日以内に通って都市部に降りるはず」


 言いつつ、ウィルヘルミナは室内を検めた。転がっていたサイダーとエールの瓶を眺め、中身のあるものをカウンターの上に並べ立てていく。

 その数が三本を超えたときに、ふとジズは気付く。


「そういやお前、前にここへ来た時にも瓶三本持ってたよな」

「それがなに?」

「いや……」


 あの時は瓶を持っていることを指摘した直後、一本を飲み干してすぐに投げていたが。

 もしやあれはサイダーの瓶で、残り二本がエールで……酒など飲めない子どものうちに死したジズの妹と、父母の墓前への供えものだったのでは、と思った。

 だが口には、出さないことにした。

 実際にそうだったのかがわからなくとも。ジズにとっては「そうだったのではないか」と思えるような相手になったのなら、もはや真実など要らなかった。


「お前、禁酒やめてもいいんだぞ」


 代わりにその指摘をした。ウィルヘルミナは、ばつの悪そうな顔をする。


「自制と自戒と自罰のためのものだって、わかっているでしょ」

「わかってるよ。でも、リッキーは飲みに来いと言っていた。全部片付いた暁には、まあ、考えておけよ」

「……どうせ禁酒やめるなら、安酒はごめんよ」

「生まれ年の酒でも探してみるか?」

「ばかね」


 見つかるはずもないし、あったとしておそろしい値段になっているであろうものをネタにして少しだけ笑った。


「でも、禁酒はともかくとして。……生き方は、変えてもいいかもしれないのよね」


 目を伏せて彼女は言う。

 ジズも、考えた。一切曲げられないと思ってこの生き方を貫いてきたが、すべてが終わったのなら。自分も、先のことを考えてもいいのかもしれない。

 もちろん、すべてが終わったあとにまだつづいていたなら、だが。


「その時はその時だ。終わってから、考えよう」


 短く告げて、ジズは腰を上げた。

 車の走行音が外から聞こえた。ウィルヘルミナもこれを察したらしく、新調したマントの下で円刃連鎖を鳴らす。

 宵闇の迫る村の、中央広場が車輛からの双つのライトで照らされている。『オグリンダ湖に最も近い、清流の村ルナプネ』という、ペンキの剥げた看板が来訪者を迎えていた。


 ドアの開く音が三つ。

 車のヘッドライトの前へ現れたのは、顔に火傷の多い運転手の男と、身なりのいい紳士と、紳士に寄り添うようにしている闇に溶け込みそうな漆黒の女。

 黒絹のごとき髪が、闇から浮かび上がってくるようであった。

 赤い唇が牙をのぞかせ、眼光が鋭くこちらを射抜く。

 あの日と変わらぬカミラがそこに居た。


「……誘導されたんだ? 私」


 砂利道を足音鳴らし近づいたジズたちを見て、彼女は笑う。道中の妨害に気付いていたのだろう。

 横にたたずむ紳士は状況が飲み込めていないらしく、待ち構えていたジズたちと、それらと顔見知りらしいカミラを交互に見て、目を白黒させていた。


「カミラ、これは一体……きみに言われるがまま車を走らせたが、ここはどこなんだい? 彼らは、何者なんだい?」

「残念ですわ。旦那様」


 淑女のような口調で紳士からの疑問を一方的に打ち切り、カミラの両手に力がこもる。

 まずい、と直感的に思いジズは即足元にあった杭を蹴り飛ばして攻撃する。カミラは右手でこれを難なくはじき飛ばし、直後にシャンっと降り注ぐ円刃連鎖の斬撃を避けるべくその場から跳躍し車の上に降り立つ。

 跳躍の前に両腕を振るっていた。


「あ、」「かっ、」


 彼女の傍に居た運転手と紳士が、二人つづけて首から鮮血を噴き上げる。

 急いで間合いを詰め、ジズが紳士、ウィルヘルミナが運転手を抱え起こす。だがどちらも頸動脈を断ち切られており、とてもじゃないが助からない状態だった。

 どちらも眷属ではなく、ただの一般人だったのだ。腕の中で力が抜け落ちていく。


「カミラ、なぜ……」


 言い残したのはそれだけだった。目の開き具合が、生者ならけっしてあり得ないところで止まる。

 二人の命をまたたく間に奪ったカミラは、両手の爪にしたたる血を嘗め上げた。


「この立場は気に入っていたんだけどね……どうせ吸血鬼だとこの二人にバレてしまうなら、ここで殺しておかないといけない。じつに、残念だけど」


 言いつつ、カミラの緑の目にはどのような感情も宿っていなかった。言葉通り、立場にしか執着がなかったのだろう。

 セリーヌの時にも同じ目をしていた。利用価値しか見ていない、とも言っていた覚えがある。

 ジズはその様に嫌悪を抱き、彼女を見上げながら問うた。


「お前にとって他人の存在の重さは、自分にとって価値があるかどうかだけなのか」

「そうだね……でもみんなそうじゃないかな?」


 微笑みを浮かべて両手を広げる。夜を背負うかのような姿勢で、彼女はジズたちと相対した。


「眷属君、きみだってミナのことをああも詰っていたのに、いまはこうして共に居る。それはきっと、理解したからでしょう? ミナがきみのことを大切に思っていると。その気持ちを受け入れたから、共に居られるのでしょう? はたから見ればあなたたちの関係もとってもいびつだよ。でもあなたたち自身の価値観が、それを肯定させているね」


 あるべき、あり得べき様である――と謳うように言い、カミラの指先がウィルヘルミナを示す。おだやかなまなざしには、先の紳士を見るような虚無がない。


「可愛いミナ。大切な人が居る人生がどういうものか、わかったかな? あの日ローラが死んだ時のあなたは、まだそれをわかってなかったよ。六十六年かけて再会した時にもわかっていなかったよ。この眷属君を殺されそうになって、ようやく、理解した顔になったね」


 にい、と笑みを強めてカミラはあの瞬間を反芻しているようだった。

 ウィルヘルミナが無言で円刃連鎖を横薙ぎにする。後退してかわしたカミラは、着地するまでに車輛背面のバックドアを蹴りつけた。

 割れた窓から素早く手を差し込み、カミラは手に二連装の散弾銃を携えた。


「大切なものがある人生を送れるようになって、よかったね。ミナ」

「どの口で……言っているの」

「わかってもらいたかったからね。この私がローラを失って、どれだけ悲しかったかを」


 銃口が向く。ジズは横っ飛びに逃げて、同時に地面に突き立っていた杭を左手で抜く。

 指先で回転をかけながら投擲した時、散弾がばら撒かれた。ちいさな粒のいくつかが身体にめり込み、苦痛を覚える。だが走りつづける。

 カミラも走りだしており、ジズに迫りくる。


「いまきみを殺せば、ミナももっとよく悲しみがわかるのかな? ねぇ眷属君」


 黒々とした銃口が、ジズの額を狙っていた。引き金にかかる指に力が入る。

 直後、

 横合いからの円刃連鎖の一薙ぎで銃身があさっての方へ逸らされる。噴きあがる銃火、弾丸は切らした。

 ジズに連携して攻撃を加えてきたウィルヘルミナは、自らも飛び込んでくる。

 その左手には杭が握られており、彼女は鋭く投げつけた。


「まっすぐ過ぎるよミナ」


 カミラがまた掌底ではじこうとする。

 けれど今度は、はじかせない。


「――まっすぐなのは、僕とタイミングを合わせるためだ」


 掌底が触れるその寸前に、ジズが杭の頭へ回し蹴りを延ばしている。

 投擲から、途中で蹴りつけられることで生じる二段階の加速。

 拍子をずらす一撃に、カミラはまともに杭を食らった。左の脇腹に貫通し、彼女は血を吐く。


 ここが攻めどころだ。

 正面から飛びかかるジズの左拳、左肘。どちらをも身を左右に捌くだけでかわし、動きの中で杭を自らの左肘で押し込み背中へと抜き落とす。

 次いで、熱持つ銃身を左手でつかんだ。

 重心を落として、銃口を突き出してくる。

 銃剣術の構え。前回は切り詰めた銃身のため想定せずともよかった技だが、今回は通常の長い銃身を持っているため可能だったのだ。

 胸元へまともに突きを食らって肋がへし折れる。たたらを踏んで下がったこの間に、カミラは中折れ式銃身を開放し薬莢をはじき出した。装填しようとしている。


「させない!」


 ウィルヘルミナが円刃連鎖を渦巻き状に回転させ、自分の正面へまといながら突っ込む。薙ぎ払いのような単発の攻撃と異なりこの削岩機のような連撃は捌いて終わりとはいかない。蛇の群れのごとく十重二十重に絡みついてくる刃の列を処理する必要がある。

 カミラは頭上に弾丸を放り出し、左手を空けた。

 即座に渦に左腕を差し込む。指先から手首から肘までが輪切りにされたが、再生力により皮一枚で繋がったそれらが鎖を巻き込んで動きに停滞を生み出した。再生中の指先がウィルヘルミナの眼球を刺し、牽制する。


 しかし右手の散弾銃は弾切れ、決定打にはなり得ない。左手が使用不可なら銃剣術も鈍る。

 接近したジズは左足で踏み込み、鉄槌のような右の回し蹴りを繰り出した。

 カミラの首をへし折る軌道。

 ところがその時、チカ、と光るものが落ちてきた。

 ――散弾銃の弾丸だった。

 中折れ式の解放された薬室が天を向いている。

 一発の弾丸が、定められた運命のように、かちりとそこに嵌まった。

 手首のスナップで薬室が閉じる。銃口が向く。ジズの右足が膝で吹き飛んだ。

 つづけざまにウィルヘルミナも、銃床で殴りつけられ左眼窩が窪んだ。たまらず後退する。

 ジズは足を拾い上げて癒着させた。膝の動きが悪い。骨か肉の一部を欠損したか。だが、構わない。


「二人とも、前よりも動きがいいね。連携をかなり練習したんだ……それで? このままここに私を縛り付けて、七日七晩のルールを越えるまで耐えようというつもり? ……保つの?」


 ただ事実を告げているという顔で、左腕を再生しながらくてりとカミラは首をかしげた。

 たしかに、この短いやりとりの間にもジズはまた削られた。ウィルヘルミナも単身では技量でまったく及ばないことがわかった。

 相変わらずカミラはおそるべき使い手であり、持久戦を仕掛けてもこちらが保たない。

 正攻法では、勝てない。


「これ以上の考えがなかったのなら、眷属君にはそろそろ死んでもらおうかな。あの時は、結構切羽詰まっていたから殺せなかったけれど。今日の私は眷属を連れてきていない。主吸血鬼の再生力を失うことはない」


 この前のようにはいかない、と明言して。

 薬室を開き、弾丸を装填する。銃口を向けて、咲いたような笑みを浮かべる。


「眷属君が死んだら、ミナは私ともっと近しくなる」

「それが、あなたの……目的?」

「帰る場所も行きたい場所もないこの私にとって、ローラとの記憶を共有しているミナは……近づいてきてほしい、相手だからね」


 血走り、赤みを帯び始めた瞳が凝視する。

 ウィルヘルミナの中に、彼女の母であるローラの面影を探しているような目つきだ。


「ローラのあと、眷属になったエミリーもセリーヌもハートッグも……誰も彼も、繋ぎでしかなかったよ。次に大切な相手が見つかるまでの――と。そう思っていたんだけど。でもいつまで経っても、代わりは見つからなかったよ。どうしてだかわかる? わかるはずだよ、ミナにはね」


 悲嘆に暮れたため息をついて、カミラは頬を歪める。喉奥につかえるものがある、鼻の奥まで込み上げたものがある顔だ。

 本気で、悲しいのだろう。

 この女も、百年経っても死者に囚われている。

 だが死者のことを己の中に閉じ込めて共に居るだけで、生きてさえいれば良いはずだと選択を相手から奪っていて。

 その相手がどう在りたかったのかは、まるで考えていない顔だった。


「……ウィルヘルミナがお前に近づくことは、ないよ。大切な人が居る人生についても、お前よりずっと早く理解していたんだから」


 ジズは告げた。カミラは、ぴくりとして銃口を揺らす。


「お前はなにも手放せないだけだ。お前は自分を愛しているだけだから、周りを自分の所有物のように考えている。それを失うのが我慢ならないんだ」


 ウィルヘルミナはちがう。母であるローラから、与えるということを受け取った。

 たとえ死んでも、誰かのために在れることを、知っている。


「自分が可哀想だからローラを死なせたくなかっただけのお前と、一緒にするなよ」


 傍らに突き立っていた杭に向かって左拳を振り上げる。

 杭の頭を叩き打つと、

 ガチりと地中でスイッチが押される。

 あの戦時の爆撃を思わせるような低い地響きが、周囲を襲った。


「……なにをしたの?」

「すぐわかる」

「ああ、そう」


 カミラはそっけなく言い、銃撃してきた。動きの悪くなった膝を抱えるジズはまた被弾する。でも首さえ凌げればそれでいい。

 後退しながら杭を引き抜き、次々に投擲し蹴り飛ばす。

 つまらなそうに回避しながらカミラはすぐジズに肉薄した。今度は確実に仕留めんと、弾丸を一発保持したままに銃剣術の攻め手を繰り出す。


「きみが死ねばそれで終わりだよ眷属君。たしかにミナもきみに当てず攻撃できるようにはなったけれど、まだまだ足りない」


 その通りだ。ただ戦うのではジズとウィルヘルミナはこの女にまるで届かない。服一枚、皮一枚、肉一切れ、と徐々に身体が刻まれていく。それでも後ろへ、後ろへと逃れた。

 レイピアの剣先のごとく連続して突き出される散弾銃を捌ききれなくなり、とうとう、ジズはやむを得ず左手で銃口をつかんだ。

 直後に指先がばらばらになる。前腕の中ほどまで、骨が露わになった。

 ぼとぼとと落ちた肉片をかき集めればまだ繋がるだろうが、いまはそんなことをする余裕がない。

 けれど身体を犠牲に、ジズは懐へ誘い込んでいる。

 醸造所の建物の並びに、入っていた。


「とどめにしようか」


 そう言ってカミラが銃床を振り上げ、ジズの身体を打ち上げる。つづく胸への掌底で横合いの建物の壁に押しつけて、散弾銃の銃口で突きを放とうとしていた。身動き取れないところで頸椎への攻撃を加える算段だ。

 すかさずウィルヘルミナが上空から、精密な動きで円刃連鎖を振るう。

 ジズに攻撃をしかけていたカミラは一時中断し、対応に手を割いた。落ちていた杭を蹴り上げ、銃床でその頭を打つ。無造作なそれだけの動作でジズの《槌形拳》のような一撃となり、飛来した杭でウィルヘルミナは心臓部を貫かれた。鎖は張りを失い、力なく落ちた。


 カミラはジズへ向き直る。

 もはや左拳もなく、足技でしか抵抗できないジズの膝を正面から踏み折り、これで終わりだと喉笛に貫手を繰り出そうとした。


 その、一瞬。

 ジズの動作が間に合う。


 背後の建物の壁に突き立っていた杭を、彼は左肘で打ち抜く。

 またも低い地響きがあり、しかし今度は結果がすぐに現れる。

 建物の左右から、凄まじい勢いの鉄砲水が流れ来た。


「なに、これ――――」

「貯水槽を壊した」


 杭をスイッチとして配線を仕掛け、押し込めば爆薬が作動し一瞬で家屋を飲み込むように仕込んでいた。

 カミラは、飛びのく。すんでのところで水に押し流されるのを逃れた。一方のジズは足元を洗っていく水流に力を吸い取られたようになり、その場に崩れた。


 ……吸血鬼のルール。

 吸血鬼は流水を渡れない。水に落ちれば二度と浮かばない。

 カミラはようやくここで、ジズたちの狙いに気付いたようだった。


「さっきの地響きは……」

「橋は落とした。水源地の堰もあのとき同時に、切ってある」


 地面から伝わる震動がある。遠くから、大量の水が流れてくる音だ。

 カミラは道を這っていく流水を渡れず、まごつく。ずぶ濡れのジズと彼女の間は流水によって断絶されており、流水の上を飛び越えられない以上大回りをするしかない。

 が、それを許すはずもなかった。

 時間差で二か所、三か所、四か所と破裂する貯水槽が増えていく。ひとつが破裂すれば連鎖するよう、ホフマンから仕入れた時限式の爆弾を仕掛けてあった。

 村の道のことごとくが流水で埋められていき、カミラは徐々にジズたちから離れていく他なかった。人の住まなくなった村で、他に被害が出ないから採れる戦法。


 ここでしかできない、いまこの時だけの戦法。


 皮肉にもこれが実現できたのは土地の売買でルナプネに対し地上げを行っていた――カミラが取り入ったような、資産家たちが居たからだ。

 と、そこでジズの身体が引っ張られていく。

 投じられた円刃連鎖の輪がちょうどよく、ジズの左前腕に引っ掛かっていた。これを手繰り寄せ、胸から血を流すウィルヘルミナが流水から脱させてくれる。

 流れによって切り分けられた彼我。

 川で隔てられたような光景の中でカミラは、ウィルヘルミナを見て悲愴な顔つきになった。


「……ミナは、本当に、いいの?」

「なにが」

「私を、殺しても」


 この言葉に、ウィルヘルミナは。

 泣きそうな顔で、答えた。


「あなたが辛かったのは、わかる。でもあなたは最後まで、自分が可愛いだけなのね」


 こう告げて、振り返ることなく進んでいく。

 ……ジズたちも急がなくては、涸れた川の復活で逃げ場がなくなってしまうのだ。足早にその場を去る他にない。

 ジズは一度だけ、肩越しに振り返るか迷った。

 百年の恨みがある。カミラが最後、どんな顔で死ぬのか見てやろうかと、内側に燃え上がった黒い火に復讐心をあぶられた。


 けれど、結局はやめた。

 それを選択することは、自分の人生を選ぶことではない。相手と融け、絡み合った人生を送ることだ。カミラが妄執に憑りつかれているのと同じ。

 誰とどう在るかを考えるなら、死者に引きずられてはならない。死者をゆがめてはならない。

 ジズは、家族と共に在ると決めた。その上で、彼らが許せないだろうウィルヘルミナを、許したいと思う。

 ならここで復讐心に戻るのは、無しだ。

 そう思って、歩んだ。井戸を囲む中央広場、ヘッドライトがついたままの車の横を過ぎる。


「ウィルヘルミナ」

「なに」


 涙声の彼女に、血だけ止めたが手首から先が無い左腕で示す。車の脇に転がる二人の遺体を。


「人間である二人の亡骸は……ここに沈めては、いけないように思うんだ」

「……そうね。その腕じゃキツいでしょうけど、運転手は背負ってくれる?」

「ああ」


 うなずいて、ジズは屈みこんだ。

 そして、ウィルヘルミナが遺体を抱え上げようと――した時。

 遺体が目を開いた。

 傷だらけの顔が、凶喜の笑みに変わる。


「えっ――?」

「死ね」


 ありったけの憎悪を煮詰めた声で、彼はジャケットを払った。

 爆薬が胴に巻かれている。

 切られた頸動脈へと、地面を濡らしていた血が戻っている。

 顔に走る焼き焦がしたような傷がぐずぐずと再生している。――わざと傷をつけ、再生を意図的に停止(・・・・・・・・・)していたのか!

 完治したその顔は、目元の皴に老け込みの陰がよぎりはじめた男だった。落ちくぼんだ目をしており、あまり人相が良くない。ぎょろりと、見下ろすような目つきをしている。


 その表情は、ジズが自分にそっくりだと感じたあの時のままだった。


「スピルスドルフ……!」


 ジズが名を呼んだ、次の瞬間。

 閃光があたりを包んだ。




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