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僕が死ねば、彼女を殺せる。  作者: 留龍隆
ルール:吸血鬼は老いない。

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21/29

世界も人も流れる


――A.D 1950 Sep.20th


 二度目の世界大戦は、国の境目も揺るがした。ジズはますます、動きづらくなっていた。


「失礼。ここでは電話を借りられますか」

「どうぞ。奥ですよ」


 左手で鳥打帽を脱ぎながら郵便局員に問えば、彼は簡潔に答えて視線で電話機の方を見る。しかし視線をこちらに戻すときに、ジズの右袖が空っぽに揺れるのを、たしかに見ていた。

 気にせずにジズは電話機へ向かう。ベルが二つとその下にダイヤルが並び、どこか人の顔のようにも見えるその機械を相手取った。


 ……国の外れ、国境線付近のこんな町でも、郵便局へ行けば電話が借りられる。

 遠く離れた情報もまばたきの間に手に入るこの時代に、いまだジズはカミラの足取りをつかめず、またフットワークはどんどん重たくなっていた。

 加速する資本主義は土地の所有権の明確化をうながし、許可を得なければ他者の持つ場所に入れない吸血鬼にとって『侵入できない土地』を増やした。国が所有するためかつては入れた場所も、いつのまにか個人の所有となっていることが多くなったのだ。


 山林も土地の値上がりなどによって売り買いが激しくなり、やはり通れないことが増えた。目的地までひどく遠回りを強いられて、たどり着いたころにはカミラの痕跡もない……などということもしばしばだった。

 だが逆に、個人の持つ場が国に買われるケースも出てきている。


「……ああ、ひさしぶり。なに、大した用事じゃないが……新聞で記事を見て。たしかあんた、そっち方面に住んでいたと思ったんだよ。……うん。ルナプネの、近況を知ってないかと」


 ジズは片手に新聞を抱えつつ受話器の向こうに居る知己に向かって話しかけた。

 記事の三面には『ルナプネ、ダム建設反対運動に終止符』とある。

 時折紙面に目を落としながら、ジズは相手の語る故郷の近況にため息をついた。


「……やっぱり、沈むんだな。いや、国に買われたなら仕方ない。どうしようもないことを、それでも確認したかっただけだよ。一応故郷だから。……ああ。うん。僕も生きてはいる。これでもあんたよりは長生きしているんだよ。知ってるだろう?」


 ちなみに通話の相手は、吸血鬼だ。

 セリーヌによって囚われていた、実験体として吸血鬼になった彼らのうち一人。名をホフマンという男だ。

 ジズたちがセリーヌを殺して彼らの脱出の機をつくったかたちになったのでいたく感謝され、以降定期的に連絡を取り合っている。「自分が腹に隠して持っていくための時限爆弾を、自分でつくらされていたんですよ」という話を笑って語る程度にタフな男で、次第に気の置けない仲になってきて現在に至る。

 そしていまやカミラ追跡のための、数少ない情報源のひとつだ。


「……それで、ついで――というかこっちが本題なんだが。カミラの動向についてはなにか掴めたか? ……そうか。土地の売買者名簿に痕跡があったか。いや、直接見たわけじゃなくてもそれだけわかったならかなりの収穫だ。ありがとう」


 姿ではなく名前の発見だけだった、ということで期待を裏切りたくないと思わせたらしく、ホフマンからは謝罪に近い声を聴くこととなってしまった。

 ――異端審問会は時代の流れでとうに解散し、闇商会は失態によって抜けざるを得なかったジズ。彼にはもう組織に属すことは望めない。そんなジズにとって個人で追跡を手伝ってくれているホフマンは、それだけでもありがたい存在だった。

 気に病んでほしくはないので、ジズは話を切り上げようとする。


「ともあれ、いつもありがとう。感謝している。それじゃ、またそのうち……ん?」


 定例の会話を終えて、名残惜しく思いながらも切ろうとしたとき。


 ホフマンはぼそりと、なにか言いかけた。


「なんだ?」


 ジズが問う。ホフマンはしばし黙っている。

 やがて、ねばついた沈黙の向こうから。

 ゆっくりと、けれど重たい、とある本心を聞くこととなった。


        †


 夜が近づく町を歩くと人狼とすれ違う。かつてならば考えられないことだ。

 これまで――といっても一度目の世界大戦まで、の話だが――怪物として扱われてきて共存などあり得なかった彼らが、いまは国民の一部として受け入れられつつある。

 言わずもがな、世界大戦での活躍ぶりによるものだ。怪物と見られ迫害と偏見のただなかにあった彼らは、戦いへ参加した恩賞に人としての権利を得るに至った。


 その道程にはもちろん様々な利権や思惑、政治的態度が埋め込まれているのだが、ともかくも彼らは非常によく人の領域に溶け込んだ。

 その人狼が横を通り過ぎざま、ジズの目を見る。自分を見る者への興味、という顔だった。

 狼そのものの頭部だが、不思議と目と口許の感情表出に人間のそれと同じものが出るのが彼らの特徴だな――という風に感じてしまうのだが、以前ホフマンにこの感想を述べたら「それは差別的な見方ですよジズさん」とたしなめられたのを思い出す。


 百年生きて、時代に適応できなくなってきているのか。あるいは適応する気がないのか。

 おそらく後者だが、ジズはそれに気づくのが遅かった。

 ホフマンは、早かったらしい。


「……『時代に適応できなくなってきた』、か」


 電話の最後に彼が語ったのは、まさにそれだった。

 外見が老いることなく、いつまでも生きる吸血鬼。周りに知己ができても死んでゆくし、それを長く悼むこともできず老いない不自然さをごまかすため転地を繰り返す。

 ジズはそれでも、よかった。彼の目的は復讐で、それが揺らぐことは一度もなかったからだ。

 復讐以外はすべて二の次、時代がどうなろうと知ったことではない。

 しかし、ホフマンのように復讐を目的としない……というよりその機をジズが奪ってしまった……人物からすれば、そうとも言っていられないのだろう。


 穏やかに生きるにあたっては、老いず傷つかず力強く・そのくせルールに縛られ自由が制限される『吸血鬼』という種族は、あまりにも向いていない。

 ホフマンの声には、疲れが見えた。


「……、」


 彼は主吸血鬼だ。眷属とも仲は良好である。

 けれど主であるなら、自分で自分の命をコントロールできる。

 彼がいずれ自ら死を選ぶのではないかと。ジズには、そう思われた。

 思ったが、口には出せなかった。相談などされても困る。ジズは自分が「死ぬために死ぬ」ことは考えていない。カミラの殺害手段の一部に自分の死を織り込んでも、それは手段の強化や確実性を増すためであって「死にたいから死ぬ」わけではない。「殺すための死」だ。


 ホフマンは時代に圧し潰されそうになっていた。

 いずれ自分も、ああなるのだろうか。

 いや、なるとしてもそれはカミラを討ち果たしたあとだ。あとで、考えればいい。


 そう決め込みながら道を歩く。かつての時代と異なり、こんなところでも舗装が成されている道を見ていると、まるでこの世すべての道が繋がっているのではないかという錯覚に囚われ足が止まる。

 すると同じタイミングで、背後に止まる足音がある。


「なんじゃ貴様。急に立ち止まるな」


 年寄り臭い言葉遣いに振り向いたとき、ジズは先の錯覚が事実なのではないかと思った。

 彼の後ろで立ち止まっていたのは、ジズよりだいぶ背の低い少年だった。ばさばさの茶髪を短く肩までで切った、爛々と輝く赤い目をした幼い顔立ち。

 そばかすの浮いた頬のラインはきれいに整っており、服装もジャケットにボトムスと、いいところの身なりにまとまっていたが、目つきと表情には苦み走った老いが刻まれている。

 袖から垂れる指先は不自然に力がこもっており、その指先の危うさにジズは痛みの記憶を思い出す。


 そうだ。この指先は、かつて自分の肉を抉ったことがある。


「……ユージン、か」

「以前会ったときよりかぞえて一世紀……経つか否か、といったところじゃな?」


 すべての道が、過去から現在までさえ、繋がっていたかのように。

 ふいに遭遇したかつての敵は、明らかに敵愾心を剥き出しにしていた。


「生きておったか異端審問。その節は世話になったな」


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