家族の仇に生かされて
ジズ・ハーカーが初めて口づけを交わしたのは十一歳のとき。
命と死を感じる、血の味がする接触だった。
それはひどく吹雪く夜のことだった。
雨雲のような灰色の長い髪をなびかせた彼女は、雪に転がるジズの横に立っていた。
燃え盛る家の、巻き上がる火の粉に照らされた白皙の貌。冷徹に冴える金色の瞳。――血に染まった、口許。
細くてすべやかで温度なんて微塵も感じられない両手が伸びてきて、自分の頬を押さえて逃げられないようにした。
いくらかジズより年上と見える彼女が、なにも思わぬような顔をして、有無を言わさず覆いかぶさる――血が移された、唇。
「私の命を、貸してあげる」
口を離して、決定事項のように彼女は言った。
そのとき、腹部に感じる違和。
雪に横たわったまま、ジズは視線を腹の方に向けた。
湯気がある。もうもうと上がり、あたたかさを覚えさせる湯気だ。
それは切り裂かれた彼の腹部から、臓腑がまき散らしていた熱の気配だ。
けれど傷口は塞がりつつあった。雪の上を這い、こぼれていた腸が元の位置に戻っていく。
やがて湯気が消え、傷も痕すら残さず消えた。
まるで人ではないかのように。
まるで化物であるかのように。
「……僕、は」
ジズが口許を掌で覆う。唇を、指先でめくりあげる。
ちくりと。指の腹に痛みがあった。
手を離すと、痛みの場所に血の玉が膨らんでいた。指をこすり合わせるあいだに傷は消える。
もう一度唇をめくりあげる。
口を閉じたとき下唇を噛みちぎってしまいそうなほど、犬歯が鋭く伸びているのを感じた。
「僕、は……! なにに、成った⁈」
燃える家のなかを見る。入口脇のキャビネットに立てかけてあった鏡が、粉々になって玄関ポーチの下に落ちている。
這いずってその破片の前に行っても、ジズの姿は鏡に映らなかった。
ジズは振り返り、己をこのように成り果てさせた彼女を、恨みがましく見つめた。
「眷属としての契約が、成ったのよ。これで私は七日七晩あなたの血を飲まなければ、死ぬ身体になった。でも私が死ぬときは、『あなたも一緒に死ぬ』……」
燃え落ちていく家を前にして、彼女は言う。
家のなかで焼けていくジズの家族を前に、彼女は言う。
ジズの父と母と妹が死ぬ原因をこの場に招いた彼女は、言う。
家族と死ぬはずだったジズを化け物にして生かした彼女は、ひどく冷めた顔のまま、言う。
「あなたに私の命を貸すから、私に命を貸して? ――私の仇を、殺すまで」
その顔には申し訳なさとか、心苦しさとか、人間らしい感情の一切がなかった。
†
こうしてジズ・ハーカーの人生は転落を始めた。
この女――主吸血鬼・ウィルヘルミナによって眷属と化し。
自分の家族を殺した吸血鬼へ復讐を果たすべく……旅をすることになった。
――A.D 1850 Feb.2nd




