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010. 懐かれた? 護衛(兼食客)ゲット

朝の光の中で見つめ合う、一人と一匹。リリアーナは、目の前の銀狼が昨夜とは比べ物にならないほど回復していることに驚いていた。毛並みには艶が戻り、足を引きずる様子もほとんどない。脇腹の傷はまだ痛々しいが、それでも立ち姿には力が漲っているように見える。そして何より、その翠の瞳に宿る光は、昨夜の弱々しさが嘘のように、強く澄んでいた。


(……本当に、スープのおかげ……?)


まだ半信半疑ではあったが、目の前の事実が、リリアーナの料理に特別な力がある可能性を示唆していた。そうでなければ、これほどの回復はありえないだろう。


「すごいわ……。よかった、元気になって」

リリアーナが心からの安堵と共にそう言うと、銀狼はまるで言葉を理解したかのように、ふん、と短く鼻を鳴らし、彼女の手に再び頭を擦り付けてきた。その仕草は、まるで甘えているかのようで、リリアーナの胸をくすぐったいような温かい気持ちで満たした。


「そうだわ、あなたの名前。まだ呼んでいなかったわね」

リリアーナは狼の頭を撫でながら言った。ずっと「あなた」や「この子」と呼ぶわけにもいかないだろう。何か、呼びやすい名前が必要だ。

「うーん……銀色の毛並みがとても綺麗だから、シルバー……ううん、ちょっと違うかしら。そうね……なんだか、森の精霊みたいだし……。そうだ、フェン、なんてどうかしら?」


フェン。

それは、リリアーナの前世の記憶の片隅にあった、北欧神話に登場する巨大な狼の名前の一部だった。目の前の狼の神秘的な雰囲気と、森から現れたような出自(あくまでリリアーナの想像だが)から、ふとその名前が思い浮かんだのだ。


「フェン?」

リリアーナが試しに呼びかけてみると、狼はぴくりと耳を立て、リリアーナの顔をじっと見つめ返した。そして、小さく「アゥ」と鳴き、肯定するように尻尾を一度、大きく振った。


「気に入ってくれたの? フェン!」

リリアーナは嬉しくなって、もう一度呼びかけた。狼――フェンは、再び嬉しそうに尻尾を振り、リリアーナの足元にじゃれるように体を寄せた。どうやら、この名前で決まりらしい。


「ふふ、よろしくね、フェン」

リリアーナは笑い声をあげた。追放されてから、こんな風に心から笑ったのは初めてかもしれない。孤独だった辺境の生活に、突然現れた頼もしくも愛らしい(?)相棒。その存在は、リリアーナの凍てついていた心をゆっくりと溶かし始めていた。


さて、とリリアーナは気持ちを切り替えた。感傷に浸ってばかりはいられない。今日も生きるための日課が待っている。

「フェン、私、これから水汲みと薪拾いに行くんだけど……あなたはここで休んでいる?」

リリアーナが尋ねると、フェンはむくりと立ち上がり、リリアーナの前に回り込むようにして、一緒に行く、と言わんばかりに扉の方へ鼻先を向けた。

「あら、ついてきてくれるの? でも、まだ怪我が……」

リリアーナが心配そうに言うと、フェンは大丈夫だ、とでも言うように軽く飛び跳ねて見せ、再び扉を促した。その動きは驚くほど軽やかで、昨日までの衰弱ぶりが信じられないほどだった。


(……本当に、すごい回復力……。それとも、私のスープがやっぱり……?)

リリアーナは首を傾げながらも、フェンの意志を尊重することにした。

「わかったわ。一緒に行きましょう。でも、無理はしないでね」


リリアーナが鍋と布袋を持って小屋を出ると、フェンはすぐに彼女のそばに寄り添うように歩き始めた。そして、リリアーナが小川へ向かう道中、フェンは常に周囲に鋭い注意を払い、時折鼻をひくつかせたり、遠くの物音に耳を澄ませたりしていた。その姿は、まるでリリアーナを護衛しているかのようだった。大きな体躯と鋭い眼光は、確かに頼もしさを感じさせる。


(……護衛、みたいね)

リリアーナは少し心強く感じた。一人で森の近くを歩くのは、やはり不安が伴う。フェンがそばにいてくれるだけで、その不安が大きく和らぐ気がした。


水汲みを終え、薪になりそうな枯れ枝を探していると、フェンが突然、何かを見つけたように鼻先である一点を指し示した。リリアーナが近づいてみると、そこには、地面から顔を出した、丸々としたキノコがいくつか生えていた。

「まあ、キノコ!」

リリアーナは目を輝かせた。前世の知識によれば、これは食用になる種類のキノコのはずだ。うま味成分が豊富で、スープに入れれば格段に美味しくなるだろう。

「ありがとう、フェン! よく見つけてくれたわね!」

リリアーナが褒めると、フェンは得意げに胸を張ったように見えた。


(……もしかして、食材探しも手伝ってくれるのかしら?)

だとしたら、これほど頼もしい相棒はいない。食料問題は、リリアーナにとって常に頭の痛い問題だったからだ。


帰り道も、フェンはリリアーナのそばを離れず、周囲を警戒しながら歩いた。砦に近づくと、訓練中の兵士たちの姿が見えた。彼らは、リリアーナと一緒にいる巨大な銀狼の姿を見て、一様に驚きの表情を浮かべ、動きを止めていた。遠巻きにひそひそと何かを話しているのが聞こえる。


「おい、見ろよ、あの狼……」

「でけぇ……! あれ、魔物じゃないのか?」

「なんであの女と一緒にいるんだ……?」

「手懐けたってのか? まさか……」


彼らの驚きと困惑が、ひしひしと伝わってくる。リリアーナは少し居心地の悪さを感じたが、フェンはそんな周囲の視線など全く意に介さない様子で、堂々とリリアーナの隣を歩いていた。


小屋に戻り、リリアーナはさっそく朝食の準備を始めた。もちろん、フェンの分も用意しなければならない。幸い、フェンが見つけてくれたキノコがある。これを加えれば、二人分(一人と一匹分?)のスープが作れそうだ。


リリアーナは手際よく火を起こし、鍋に水と干し肉、昨日採取したハーブ、そしてスライスしたキノコを入れて煮込み始めた。すぐに、食欲をそそる良い香りが小屋の中に立ち込める。フェンは、その匂いに誘われるように、焚き火のそばに座り込み、じっと鍋を見つめていた。その姿は、まるで料理が出来上がるのを待つ、行儀の良い(そして食いしん坊な)子供のようだった。


(……護衛、兼、食客ね)

リリアーナは、その姿を見てくすりと笑った。一人分の食事を用意するのも大変なのに、これからはこの大きな狼の分まで考えなければならない。食料調達はさらに重要になるだろう。

しかし、不思議と、負担だとは思わなかった。むしろ、誰かのために料理を作るという喜びが、大変さを上回っていた。そして、何より、もう一人ではないという事実が、リリアーナの心を温かく満たしていた。


やがて、キノコのうま味がたっぷりと溶け込んだスープが出来上がった。リリアーナは自分の分と、フェンの分の器にそれぞれスープをよそった。フェンは、待ちかねたように器に顔を近づけ、熱心にスープを飲み始めた。その飲みっぷりは実に見事で、あっという間に器は空になった。そして、満足げな顔でリリアーナを見上げ、「おかわり」とでも言いたげに尻尾を振るのだった。


「はいはい、たくさん作ったから大丈夫よ」

リリアーナは苦笑しながら、フェンの器に再びスープを注いであげた。自分もスープを口に運ぶ。キノコのうま味が加わったスープは、これまでで一番の出来栄えだった。体が芯から温まり、活力が湧いてくる。フェンも、このスープでさらに元気になってくれるだろう。


食事を終え、リリアーナはフェンの隣に座り、その柔らかい毛並みを撫でた。フェンは気持ちよさそうに目を細め、リリアーナに体を預けてくる。

辺境での生活は、依然として厳しく、危険と隣り合わせだ。しかし、この温かくて、もふもふした存在がそばにいてくれるなら、きっと乗り越えていける。リリアーナは、そんな確かな希望を感じていた。


護衛であり、食客であり、そして何より、大切な相棒。

リリアーナとフェンの、辺境での奇妙で温かい共同生活が、こうして本格的に始まったのだった。

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