第9話
(……見られてる)
二学期最後の昼休み、四時間目の授業が終わり、孝太が食堂に向かおうと思った時、教室の扉のところで、茶色の触覚が見え隠れしていた。
これは、昼休みに限った話ではなく、今日一日、休み時間になる度に、眞知は孝太の教室を覗いていた。
(話しかけてはいませんってか……)
孝太は話しかけないと約束しただけで、見るなとは言っていない。
眞知からすれば、見ているだけなのでセーフという判定なのだろう。
しかし、ただでさえ校内で有名な眞知が、休み時間になる度に教室を覗いていれば、孝太のクラスメイト達も何事かと怪しみ出す。
ここは動くしかないと思い、孝太は席を立ち、別の棟に向けて歩き出す。
すると、眞知もその後ろを一定の距離を保ってついてくる。
(まるでストーカーだな……)
棟を移動し、人気のない場所に着いたところで、孝太は眞知に自分から話しかける。
「学校では関わらないって話じゃなかったか?」
そう切り出すと、眞知はキョトンとした顔で首を傾げる。
「私からは関わってないじゃん、見てただけだし」
その表情を見るに、本気で言っているらしく、約束は守っていると眞知は考えている。
確かに、今話しているのも孝太から話しかけた訳で、眞知は約束を破っていない。
「……じゃあ、何であんなに見てた?休み時間になる度に来てたら、気になるだろ」
「そうしてたら孝太の方から話しかけてくるかなって思って」
いきなり下の名前で呼んで来たことにも驚いたが、眞知は孝太が思っている以上に策士だった。
約束の穴をつくような策略を深く考えずに実行している。
「……お前って賢いのかバカなのかどっちだ?」
「な!今、私をバカにしただろ!」
「いや、ガチで分からなくて怖いだけだよ……」
実際、眞知の考えた策略に孝太はハマってしまった訳だが。
「これからも続けるつもりか?」
「当然!自分から話しかけちゃダメなら、孝太から話しかけたくなるようにする」
「なんでそんなに学校でも話したいんだ?休みの日は遊ぶってんなら、別に学校ではいいだろ」
「そ、それは……せっかく友達になったのに、学校では一人のままって、何か寂しいというか……ぼっちは嫌というか……」
「ぼっちが嫌って、今までもそうだったろ?」
「そ、そうだけど!なんて言うか、友達に無視されてるような感覚というか……孝太だって、寂しいでしょ?」
「いや全く」
「なんでよ!」
ぼっち期間を長く過ごしすぎた孝太は、むしろ人といる方が疲れるという領域にまで達していた。
ぼっちの弱点として、二人一組になれというのがあるが、孝太レベルになれば、余り者と 同士くっつくのもお手の物、逆に余り者として二人組に入れてもらう事に何の恥じらいもなかった。
「お前はまだまだ浅いな。俺のようにぼっちを極めて見せろ」
「そんな寂しい事をドヤ顔で言いたくないよ!」
そうは言っても、孝太も眞知の気持ちが分からなくは無い。
それに、友達に無視されている感覚と言われると、心が痛む。
(……でもなー)
自分は誰からも好かれない。
それが、孝太の持つ自分への評価だ。
好かれない自分と一緒に居る人間は、傷つき、傷つけられる。
それを見るのが孝太は嫌なのだ。
「……やっぱり、俺と学校では関わらない方がいいぜ、ろくな事ないって」
「それって、どんな事?」
「どんなって……」
孝太は中学の頃を思い出しながら、具体例を出していく。
「友達から無視されたり、当人と同じように陰口を言われたり、最後には……」
そこで、孝太の口が閉じる。
「それなら何の問題もないじゃん」
「え?」
眞知の発言に、孝太は首を傾げる。
眞知は笑顔で言う。
「私、無視してくるような友達いないし、陰口なんてもう言われて慣れっこだし、何も気にする必要ないじゃん。逆に、孝太と友達になれるのなんて、私くらいじゃない?」
眞知は手でピースサインをして内容とは裏腹に元気に笑う。
その姿を見た孝太は、その小さな体に、どれだけのものを背負っているのかと、眞知に対し、尊敬の念を抱く。
「だから、学校でも普通に話して、ちゃんと友達になろうよ。私には、孝太が気にするような人間関係がないんだから」
そう言いながら、孝太の手を眞知はギュッと包み込む。
その姿は、いつものような幼子には見えず、むしろ高校生とは思えないほどに大人びていた。
そんな眞知の姿を見て、孝太の心は少し軽くなった。
「……分かったよ、俺の負けだ」
孝太はそう言って、眞知と真の意味で友達になった。
しかし、それは今だけの話。
もし眞知に、別の友人が一人でもできたなら、
(その時は……)
孝太は本心を奥に閉じ込めて、眞知の手を取った。