第8話
谷畠 眞知
鈴華と同じように、蓮花高校での三大ギャルに数えられている少女。
背が低く小柄なのに加え、茶髪ツインテールという要素で周囲の者からはマスコットのように思われている。
しかし、口が悪く、喧嘩っ早いため、煙たがっている者も中にはいる。
誰かと一緒に行動しているところを見た者はおらず、ついたあだ名が孤高の子犬、怒鳴る声がキャンキャンと鳴いているわんこのように見える事から名付けられた。
同じ三大ギャルと言われている鈴華と仲がいいという訳でもなく、お互い無関心といったところ。
孝太も名前くらいは聞いた事があったが、その姿を先日までは見た事もなかった。
そんな彼女は今、孝太のバイト先の喫茶店にて、机に顔を突っ伏して不貞腐れていた。
マスターに許可を貰い、バイト終わりに場所を借りたのだ。
「終わった……私の趣味がバレた……」
「ま、まあ、気にするなよ、誰にも言わないしさ」
孝太は誰かに言うつもりはないが、眞知は信じていないようで、まるでこの世の終わりだと言いたげな表情を崩さない。
「せっかく家から離れて尚且つ、変装までしてたのに」
「そ、そんなに落ち込むなよ、別に悪い事してる訳じゃないんだし」
「……悪い事じゃなくても、キモイと思ったでしょ……ドン引きしたでしょ……」
「思わねえし、引かねえよ。俺だってBLくらい読むし」
「ホント!」
「お、おう……」
孝太がBLを読んだことがあると言った途端、さっきまでの絶望した表情が嘘のように輝き出す。
「何?何を読むの?」
「読んだことあるのは、バナナ〇ッシュとか」
「バナナ〇ッシュはBLじゃないでしょ!ヒューマンドラマと青春でしょ!」
「す、すみません!」
どうやら地雷を踏んだようで、眞知は前のめりになって孝太に抗議する。
「確かに、そういう要素があることは認めるよ。でもね、あれはまた別なの!」
拳をグッと握りしめて、眞知は熱く語る。
「BLはね、愛なの」
「……愛?」
「そう、清らかな愛、男女の愛ようにドロドロしていない、精錬された愛なんだよ!」
立ち上がり、天に向かって両手を広げる眞知。
その光景には、周りのお客さんもちょっと引いている。
「そ、そうか、本当に好きなんだな!」
「好きだよ!好きだけど……もう見れない」
「それは、なんで?」
「あんたにバレたからだよ!どうせ学校中に言いふらすんでしょ!私が学校に行けないようにするんでしょ!」
余程見られたのがショックだったのか、眞知はとんでもない被害妄想を始める。
「だから言いふらさねえって!」
「信用できない!」
「そもそも、俺もオタクなんだよ!てか、言いふらすような友達もいねえよ!」
「それでも信じらんない!」
あだ名通りキャンキャンと吠え続ける子犬のように、眞知は喚いている。
「じゃあどうすればいいんだ!?」
「……責任取って」
「責任?どうやって?」
「私に一冊、BL本を贈呈しろ」
「……は?」
眞知の提案に、孝太は思わず首を傾げた。
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眞知はいつも、BL本を買う時、他の雑誌との間に挟んでこっそり買う。
その行動は、眞知の中で、BL本を買っているところを見られるのが恥ずかしいという気持ちがあるからだ。
買っているところを同級生に見られたら恥ずかしい。
店員さんに気持ち悪いと思われているかもしれない。
そんな考えが眞知の中には常に存在する。
眞知が孝太にBL本を贈呈しろと言った真意は、欲しい本を買ってもらおうという点ではない。
BL本を買う時に自分もしている恥ずかしい思いを味わわせてやろうという、眞知なりの嫌がらせのつもりだった。
のだが……
「これ、お願いします」
「一点で1580円です」
「クレジット払いで」
「ありがとうございました」
流れるように会計を済ませた孝太が、眞知の指定した一冊のBL本を袋に入れる事もせず手に持ち、本屋を出てきた。
「ほら、言ってた本」
その本を眞知の前に平然とした顔のまま差し出している。
「……がれよ」
「ん?なんか言ったか?」
眞知がプルプルと震えながら何かを言ったが、孝太には聞こえず、聞き返す。
「恥ずかしがれよ!なんでそんな平然と買ってきてるんだよ!BL本だぞ!ちょっとは羞恥心が出るだろ!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる眞知に、孝太は思わず後ずさる。
しかし、眞知の言っている言葉の意味は理解出来なかった。
「恥ずかしい?なんでだ?お前はこの本が欲しかったんだろ?つまりはこの作品が好きなんだろ?好きな物を買うのに、なんで恥ずかしがるんだ?」
「そ、それは─」
「好きな物を買う時に羞恥心を出すなんて、作品への冒涜だな。俺だったら、欲しい本の表紙がヌードグラビアだったとしても堂々と買うね」
孝太は鼻を鳴らしながら自慢げに腕を組む。
その言葉に、眞知はすぐに反論出来なかった。
数秒考えて、孝太の行動と言動の矛盾を見つけ、指摘する。
「で、でも!あんただって、オタクであること隠してるじゃん!自分の趣味が恥ずかしいから隠してるんだろ!」
「隠してなんかいねえよ」
「嘘だ!だって、あんたがオタクだなんて、知らなかったもん!」
そもそも、孝太の存在を眞知が認知したのが今日なのだが、今はその話は置いておく。
「嘘じゃない。俺は隠してるんじゃなくて、ただ趣味を言うほどの友達がいないだけだ!」
「自慢するような事じゃないから!」
腕を組むポーズを崩さず、高らかに言う孝太に、眞知はついツッコミを入れてしまう。
「……でも、あんたの言う通りかも」
ここまで言い合った眞知だが、孝太の言葉には納得していた。
BLが好きという事は悪いことでは無いと言っておきながら、周りに知られるのは恥ずかしいと隠している。
それが恥ずかしい物で、気持ち悪い物だと決めつけていたのは、他でもない、眞知自身なのだ。
それに気づいて、自分が情けなくなり、眞知の表情は暗くなる。
それを見た孝太は、自分の考えを話すことを決める。
「……別に、隠したいって気持ちがダメなわけじゃねえよ。実際、そういう人の方が多い気がするし」
最近は減ってきたが、今でもオタク趣味と言われている物に、良からぬ偏見を持つ者は多くいる。
そういう風に見られたくないという気持ちも、人間のごく普通の気持ちだ。
「それでも、受け入れてくれる人は必ず居るし、同じ趣味を持つ人も必ず居る。そういう人と関わっていけばいいんじゃねえの?」
「……BL好きなんて、そんなに居るかな?」
「いくらでも居るだろ。うちの学校にだって、谷畠みたいに隠してる奴いると思うぞ。案外、目立つ陽キャが好きだったりするかもな」
南沢がそうだったように、と孝太は心の中で付け足す。
「そっか、そうかも」
「そうそう、だから俺一人にバレた位で、落ち込むなよ。俺には言いふらすような友達もいないんだし、ラッキーだろ?」
「……確かに、それに、あんたってBLに抵抗ないんだよね?」
「ん?まあ、内容が面白そうなのは読んでみたいと思ってるくらいだが?」
実際に読んでいる訳では無いが、おすすめなどがあるのなら抵抗なく読める。
男同士のベッドシーンなんかを毛嫌いする者はいるだろうが、孝太に限っては、そういったシーンも許容できる。
「……なら、さ…あんた、私と友達になってよ」
「はあ!?」
突然の提案に、孝太は驚きのあまり声が出る。
「さっきの理屈で言うなら、あんたは私の友達になれるじゃん。趣味を受け入れてくれるし、同じようなオタクだし、それに、私達お互いぼっちだし」
最後のは余計だが、確かに孝太の言った通り当てはまる。
しかし、
「でも、谷畠目立つじゃん……友達居ないけど、校内で有名じゃん……」
「それがどうかしたの?」
「どうかって……」
眞知は、自分の影響力の強さに無頓着だった。
たとえぼっちだとしても、校内で三大ギャルなどと言われるほどに話題性があるのだ。
そんな今まで孤高だった彼女と話す男は何者なんだと孝太まで話題になりかねない。
その点が、孝太の心配な所だ。
「……一つ条件出していいか?」
「何?」
「学校では、俺に話しかけないって約束してくれないか?」
「え?何それ?遠回しに私と友達になりたくないって言ってる?」
「ま、まさかー!そんなわけないだろー!」
別に友達になりたくないと思っている訳ではない。
訳では無いが、ほんの少し面倒という気持ちがあることも事実だった。
「……分かった。学校では話しかけない」
「助かるよ」
「その代わり!休みの日とかは遊んでよ!絶対だよ!」
「分かった!分かったから!」
「じゃあはい!連絡先交換しよ!」
二人のメッセージアプリの友達欄にそれぞれの名前が登録される。
孝太の友達欄に、三大ギャルの内、二人の名前が登録されている。
(これだけ見たら超陽キャだな……)
そんなこんなで、孝太にとって初めての友達ができた。
口には出さないが、内心結構喜んでいる孝太であった。
ちなみに、口には出さないが、眞知にとっても初めての友達である。