第7話
「どこ見て歩いてんだコラー!」
学校に登校した孝太が、靴箱で上履きに履き替えていると、甲高い怒鳴り声が響く。
周りも注目しており、孝太も声のした方を覗く。
どうやら、男子生徒と女子生徒がぶつかってしまったらしく、声からして怒鳴ったのは女子生徒の方のようだ。
「ごめんごめん、前見てなくて」
「見えないくらい小さかったって言いたいの!」
本人が言うように、女子生徒はかなりの小柄で、髪型も相まって、小学生くらい幼く見える。
そのせいか、男子生徒の方も、怒られている態度には見えない。
「次からは気をつけるから」
「あ、ちょっと!待ちなさいよ!」
女子生徒の声も聞かず、男子生徒は友達と教室へと向かっていく。
「またやってるよ、谷畠のやつ」
「注目されたいからって、面倒くさいよな」
「そう?小さくて可愛いじゃん」
周囲の生徒が、思い思いに噂する。
興味なかった孝太は、その場を後にして、教室に向かった。
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期末テストも終わり、一週間後にはクリスマスという今日、孝太はバイトまでの時間で古本屋に足を運んでいた。
孝太は基本、ラノベや漫画は新品で買うが、小説は古本で買うことが多い。
ラノベや漫画は直感で買ってもいいと思うが、小説はちゃんと内容を把握して買いたいと思っているからだ。
この古本屋は、数分なら立ち読みも許されているので、自分好みの本を見つける事ができる。
(これと、これ、あとこれもリストに入れとくか)
これからバイトので、今買うことはできない。
そのため、孝太はいいと思った本をリストアップして、スマホにメモする。
リストアップを終え、そろそろ店を出ようと思ったその時、小柄な女の子が、あの暖簾の前に立っているのを見つける。
(……何してるんだ?あの子)
見た感じ小学生くらいに見える少女が、暖簾の前で周りをキョロキョロと見回している。
まるで、誰か見ていないかを確認するように。
格好も怪しく、サングラスをかけて、マスクまで着けている。
(……あれは、注意すべきか?)
十中八九暖簾の中へと入ろうとしている少女を前に、孝太は考える。
こんな場面に出くわしたら、やめなさいと注意するのが理想の大人の在り方だ。
しかし、赤の他人から突然、「暖簾に入るのをやめなさい」などと言われるのは、気持ち悪くないだろうか。
それならば、ここは見なかった事にして、少女に未知の世界を体験させてあげるべきなのではないか。
それぞれを天秤にかけた結果、孝太の答えが決まる。
「君、そこは入っちゃいけない場所だよ」
孝太の答えは、大人の責務を真っ当することだった。
話しかけられた少女は、まさか見られているとは思わず、肩を跳ねさせる。
「な、ななななんで!?」
「何でって、そこは大人しか入っちゃダメだからだよ」
「わ、私も大人だし!」
少女は強い口調で言う。
マスクとサングラスで顔が隠れていて分からないが、大人でないのは確かだろう。
よくて中学生だ。
(まあ、大人びたい年頃なんだろうな)
孝太は寛大な心で、少女の気持ちを理解する。
しかし、それはそれ、これはこれだ。
まだこの少女には刺激が強すぎる。
「大人びたい気持ちは分かるけど、ルールは守らないとダメだぞ」
「だ、だから─」
「あ、そろそろ行かないと、その暖簾はくぐっちゃダメだからね!」
それだけ言い残し、孝太は店を出た。
少女の清い心を守った孝太は、何だか良いことをした気分でバイト先へと向かった。
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翌日、今日も今日とてバイト中の孝太は、偶然という現象に恐怖していた。
孝太の視線の先のテーブルに座っているツインテールの少女、サングラスとマスクを着けている、昨日古本屋で見かけた少女だ。
「クヒッ、クヒヒ」
店に来た時から、メロンソーダ一杯を頼み、おもむろに何かを読み始めた。
それから、何度かこんな奇声を上げている。
お客さんは少ないし、それぞれ会話をしていて気づいていないが、孝太にははっきり聞こえた。
別に本を読むことも少しくらいなら奇声を上げることも悪いとは思わない。
問題は、その奇声を上げている少女が、昨日古本屋の暖簾をくぐろうとしていた少女という点だ。
(あの本、本当に小学生が読んでいい本なのか?)
少女の読んでいる本は、ブックカバーがされており、どんなジャンルのものか全く分からない。
しかし、孝太の記憶では、小学生が読むような本に、あんな変態みたいな奇声が出るような本はない。
(……確かめるか)
他のお客さんからのオーダーや、入店がないのを確認し、孝太はこっそりと少女の席に近づく。
少女は本を読むのに夢中で、気づく気配はない。
ゆっくり近づいて、少女の席の斜め後ろまで近づく。
「クヒッ」
(今だ!)
少女が奇声を上げたタイミングで、孝太は本の中身を覗き込む。
孝太の視界の中に、日本人の男と金髪の外人顔の男がキスしているシーンが飛び込んできた。
「こ、これは!?」
あまりの衝撃に、つい声を出してしまった。
当然、少女は気づき、孝太の方に振り返る。
少女が読んでいた本は、R18指定のBL本だった。
「て、てめぇ!何勝手に見てんだよ!」
少女は孝太に向かって怒鳴り声を上げる。
その声に、孝太は聞き覚えがあった。
数日前、学校の玄関で聞いた声、確かあの時の少女も茶髪のツインテールだった。
周りの生徒が名前を言っていた気がする。
(確か……)
「谷畠…さん?」
名前を呟くと、少女の動きが止まる。
詰め寄っていた体は後ずさり、サングラスとマスクを着けていても、顔が青ざめているのがわかった。
「あ、ああ、あああああぁぁぁ!」
少女はその場で崩れ落ち、叫んだ。
鈴華と同じく、蓮花高校の三大ギャルの一人、谷畠 眞知は、BL好きの腐女子だった。