第5話
「お兄ちゃん、まさかそんな格好で行くの?」
梓が、玄関で待っていた孝太の姿を見て、「うげ〜」と声を出しながら引いていた。
孝太の今の格好は、某スポーツメーカーのジャージ上下に、スポーツシューズ、髪も寝癖を直しただけという、今からトレーニングにでも行くのかという格好だ。
「そんなに変な格好か?」
「変では無いよ。でも、今日行くの街だよ?」
「それがどうかしたか?」
「はぁ〜、お兄ちゃん、隣を歩く私の身にもなってよ」
梓は額を抑えて、首を横に振る。
横を歩くのが恥ずかしいくらい嫌なのかと孝太の心が少し傷つく。
「久しぶりに妹と出かけると言うのに、オシャレの一つしないなんて……」
「逆に妹と出かけるのにオシャレする兄も少ないと思うぞ……」
なんなら、付き合ってやってるだけありがたいと思ってもらいたいくらいだと孝太は抗議する。
「とにかく!せめて髪はセットしてよ!昔みたいに!」
「え〜、面倒くさいんだけど」
「ん!」
梓は洗面所を指さして、早く行けと訴えてくる。
服はそのままでいいそうなので、渋々孝太は髪をセットする。
セットすると言っても、ワックスを使ったりはしない。
ただドライヤーでちょっといじる程度だ。
「ほら、これでいいだろ?」
「んー……まあ、ギリギリ合格だね」
好き勝手言ってくる妹だが、孝太からすれば日常茶飯事である。
無事合格を貰ったことで、孝太の自転車で最寄り駅に向かう。
駅に着き、改札を通って電車待つこと5分、来た電車に乗って10分、そこから別の線に乗り換えてさらに10分で目的地に到着する。
「うーん!久しぶりに来たね、オタロード!」
「……相変わらずの人の数だな」
通称オタロードと呼ばれるその場所は、漫画やアニメはもちろん、ゲームやアイドルと言った、あらゆるジャンルのオタクが楽しめる場所となっている。
孝太はアニメやゲームのオタクなのに対し、梓は変態レベルのドルオタである。
「では、各自一旦解散ということで」
「それじゃあ、昼頃にまたここに集合な」
「ラジャー!」
孝太と梓がこの街に来ると、別行動をとることがほとんどだ。
お互いの好きなものにお互いが興味無いため、それならいっそ別行動をしようという考えに至った。
なら、なぜわざわざ二人で来るのかというと、孝太達の母親が心配性で、梓の一人の外出を許さないのだ。
そのため、友達が用事で来れない時は、こうして孝太が付き添うという形をとっている。
現地で別行動をしているというのは、母親には内緒だ。
梓と分かれた孝太だが、何か見たいものがある訳でもないので、とりあえず腹ごしらえに出店のポテトを買う。
この街に来れば必ず買っているポテトで、いつも出来たてを食べられると有名だ。
ポテトを食べ終えると、とりあえずアニメショップに向かう。
さすがオタロードにそびえ立つ店舗と言ったところか、家の近くにある同ショップとは規模が違う。
一通り見終わった後は、ゲームセンターでフィギュア取りを始める。
欲しいフィギュアがあるのもそうだが、どちらかと言えば、最近は取るほうに主機を置いている気がする。
しばらくゲームを楽しんでいると、孝太のスマホに着信が入る。
「もしもし?」
『あ、お兄ちゃん?ちょーっと見て欲しいものがあるんだけど……』
梓の言葉を聞いて、孝太は身構えた。
梓がこういった言い方をする際、大抵が、「欲しい物を見つけたが、お小遣いでは厳しい、そうだ!お兄ちゃんに買ってもらおう」という算段の時である。
この前も、同じような状況になり、高価なグッズを買わされたのだ。
「……見るだけなんだよな?」
『もちろんもちろん!見るだけ見るだけ!』
胡散臭い言い方をしているが、とりあえず指定された店に孝太は向かった。
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「それで、これが欲しいと?」
指定された店は数々のアイドルのグッズから、限定版のCDなんかも取り扱っている、このオタロードでも希少な店だ。
その数多のグッズの中で、梓が求めているのは、最近ハマっているというアイドルグループのセンターの子の写真集だ。
特典として密着DVDが付いていて、お値段は8000円となっている。
「別に欲しいってわけじゃないよ!ただ、見てたらお兄ちゃんも欲しくならない?」
この梓の言葉を訳すと、つまりは買ってくれという意味だ。
孝太は写真集を棚に戻し、店を出ようとする。
それを梓が腕を掴んで止める。
「ちょっと待ってよ!」
「待たない」
「ごめん!ちゃんと言うから!買ってくださいって言うから!」
「素直に言わなかった事が嫌な訳じゃねえよ!買うのが嫌なんだよ!」
何を勘違いしているのか、梓は的外れな謝罪をする。
「一つくらいいいじゃん!妹の物欲を満たすのも兄としての仕事でしょ!」
「自分の小遣いで買えばいいだろ!何のための小遣いだ!」
「他の物買いすぎてもう無いんだよ!後はこの写真集さえ買えれば完璧なんだよー!」
梓のお小遣いは月5000円だ。
お金を使う機会が少ない梓は、普段から貯金をして、こういった時に一気に使う。
貯金しているとはいえ、既に梓の手にはいくつか袋がある。
それだけ買えば、底を尽きていてもおかしくはない。
「一生のお願いです!お兄様ぁ!」
「絶対に買わないからな!」
こんな問答を繰り返したが、結局孝太が折れ、写真集を購入したのだった。
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もうすぐ夕方5時半という時間に、鈴華は打ち上げの店に行くために、駅のホームで電車待っていた。
向かい側のホームに、電車が来て、それを何気なく見ていると、見覚えのある人が電車から降りてきた。
(あれって……)
『まもなく、電車が参ります』
アナウンスで、鈴華が乗る予定の電車がすぐ来ると聞いて、一瞬視線を外す。
次に視線を戻した時には、その背中はなかった。
(あれって、越島だったよね?バイトじゃなかったの……?)
一瞬しか見えなかったが、髪の長い女の子といたような気がした。
(なんで、バイトなんて嘘を……)
鈴華の中で、モヤッとした名前のない感情が渦巻いていた。