第4話
鈴華と連絡先を交換してから一週間、二人の関係は表向きは何一つ変わらない。
学校で目が合っても基本無視だし、隣の席だからといって会話をする訳でもない。
しかし、学校が終わると、その関係は始まる。
夜9時になる頃、孝太のスマホに着信が入る。
孝太はその呼び出しにワンコールで応答する。
「もしもし」
『やっほ〜、まだ寝てないね』
「そろそろかかってくる頃だと思ったからな」
この一週間、鈴華は夜の決まった時間に、孝太のスマホに電話をかけてくる。
その目的は、
『じゃあ、始めますか!今日の感想会』
Web小説サイトにて毎日更新される『いもなじ』の感想会である。
『いもなじ』は、毎日夜に更新されるため、電話で感想会となると、この時間になってしまうのだ。
「そう、だな……」
『なんか、歯切れ悪くない?』
「そ、そんなことはないぞ!」
鈴華の勘は鋭く、孝太の声の具合を聞き逃さない。
それそのはず、正直孝太は、この毎日の感想会が苦痛になってきてるのだ。
元々友達の居なかった孝太は、長電話というものに慣れていない。
電話を繋げ続けているという事に疲れるし、そこからたった一話の感想を一時間程鈴華から聞かされるので、既に音を上げていた。
孝太も『いもなじ』は好きだが、他のゲームをする時間や、漫画を読む時間も欲しいと思ってしまっている。
しかし、そんなことを口にできる訳もなく、今日も孝太は鈴華の感想を聞き続ける。
「あのさ、明日って暇?」
一時間程経った頃、鈴華が突然そんな事を聞いてきた。
「明日?何かあったっけ?」
「実は、文化祭の打ち上げがまだだったじゃん?それが明日あるんだけど、良かったら来ないかな〜って……」
そういえばそんな話もあったなと孝太は今思い出した。
10月に行われた文化祭、その打ち上げをしようという話が、文化祭を終えてすぐに出ていたような気もする。
その日程が一週間前に決まったそうで、鈴華は孝太をせっかくだからと誘ったのだ。
一体どこで話し合いが行われていたのだろう。
孝太には答えが分かったが、明確にすれば悲しいので、考えるのをやめる。
そんな事を考えなくても、前日の夜になるまで誰からも誘われなかったという事実が、孝太がぼっちであることの証明になっている。
鈴華からの誘いを受けて、孝太は考える。
クラスメイトの一人として、打ち上げに参加する権利はあるのだろう。
しかし、話し合いに参加していない孝太が、打ち上げ会場に行ってしまえば、誰から聞いたのかという話になる。
そういった所から、鈴華と孝太が繋がっているという事実がバレてしまうかもしれない。
鈴華は陽キャ陰キャは関係ないと言ったが、周囲の人間は、それを一つの差別化の手段として用いていると孝太は思っている。
鈴華が気にしないと言っても、孝太は気にする。
「いや、明日はバイトだからパスするよ」
『そっか、なら仕方ないね』
孝太はバイトだと嘘をついて断る。
根が純粋な鈴華は、疑う様子もない。
(ちょっと罪悪感…)
チクチクと針で胸を刺された気分のまま、孝太は鈴華との電話を切った。
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「お兄ちゃんさー、最近夜誰と電話してんの?」
翌朝、朝食を食べていると、妹の梓が孝太に問いかける。
孝太と梓の部屋は、薄壁一枚挟んだだけなので、ある程度の声の大きさで会話していると、筒抜けなのだ。
実際、孝太も梓が友達と電話している声を何度か聞いた事がある。
「……友達だよ」
「嘘だ!お兄ちゃんに友達なんていないじゃん!」
失礼極まりない事を言う妹だが、事実なので孝太は言い返せない。
しかし、ここで言い返せなければ、妹から一人で喋るヤバい兄認定される。
孝太としても、それだけは避けたかった。
「いや、最近一人できたんだよ、なんか気があってさ……」
孝太と鈴華が友達と呼べる関係かどうかはさておき、気があったというのは本当だ。
嘘を言っている訳では無いので、セーフである。
「本当に〜?」
それでも信じられないのか、梓は怪訝そうな目を向けてくる。
「ま、まあ、その内連れてくるよ……」
「ふーん、まあ友達ができたなら良かったじゃん」
聞いてきておいてあまり興味が無いのか、梓は特に追及してくる様子はない。
とりあえず、ピンチを切り抜けた事に孝太は安堵する。
しかし、連れてくるなどと言ってしまったのは失敗だったかもと後悔する。
(そんな関係じゃないんだよな……)
孝太の認識では、鈴華との関係は、雲の上の存在からクラスメイトになったくらいである。
当然、家に呼ぶような間柄では無い。
「そうだ、今日行きたいとこあるから付き合ってよ」
「俺の予定を確認してから言え」
「え?お兄ちゃんの予定って、バイトだけでしょ?」
「その通りだけどさ……」
そのバイトも今日は休みなので、梓の言う通り孝太は暇なのだが、改めて言われると来るものがあるなと孝太は思った。
「たまには妹の買い物に付き合ってよね、それが兄の務めでしょ」
「はいはい」
今日は一日ゲームをしようと考えていた孝太だが、梓は言い出すと意見をまげないので、付き合ってやることを決めた。