第3話
(あの対応はまずかったかな〜)
あの日から二日経ち、孝太は鈴華への態度を後悔していた。
初めて本屋で会った日も逃げ、その翌日も逃げ、さらに次の日の学校まであからさまに避けていた。
学校での態度はまだしも、本屋とファミレスでの逃げは失礼だったと思っている。
孝太とて逃げたくて逃げた訳では無い。
同じ作品が好きだという人に出会えたのは嬉しかったし、話してみたいという気持ちもある。
しかし、孝太は友達が居た事も無ければ、相手が学校一のギャルとなると、何を 何を話せばいいのか分からなくなるのだ。
(まあいいか。どうせもう話す事は無いだろうし)
学校で孝太と鈴華が関わる事はないし、あんな態度をとったので、もし次出会ったとしても、話しかけられる事は無いと孝太は確信していた。
(でも、ちょっと話してみたかったかも……)
そんな少しの後悔をしながら、孝太はバイトを続けていると、お店の入口のベルの音が鳴る。
お客さんの来店の合図だ。
「いらっしゃいま─」
そこで、孝太の言葉が止まる。
土曜日の昼の喫茶店、個人経営ということもあり、今居るお客さんは老夫婦ばかり。
そんな中、金髪の少女が、長い爪を立てて来店する。
「へー、こんなところでバイトてたんだ」
「な、なんでここが!?」
不敵な笑みを浮かべた鈴華が、私服姿で来店した。
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「越島君?どうかしたかい?」
鈴華の来店に、孝太が固まっていると、マスターが何事かと顔を覗かせる。
「い、いえ!な、なんでもないです……」
マスターや他の従業員に悟られないよう、孝太は鈴華を空いている席に案内する。
鈴華が席に座ると、メニュー表を差し出す。
「それでは、ご注文が決まりましたら、お呼びください」
正直気まずいと思った孝太だったが、今は仕事中なので、気持ちを切り替える事が出来た。
案内を終えてしまえば、後は別の人に対応を任せればいい。
「ねえ」
そう思っていたのに、鈴華は孝太を呼び止める。
「な、何か?」
「お兄さんは、いつバイト終わんの?」
「申し訳ございません。そういった内容のお話はお控えさせていただいております」
「教えてくれないなら、終わるまで居座るよ」
(何て迷惑な女だ!)
何て心の中で叫んだ孝太だが、口に出す訳にも行かない。
だからといって、ずっと居座られるのは迷惑だし、何より孝太が仕事に集中できない。
「……15時に上がる予定です」
本来、お客さんにこんな事を教えるのはダメなことだが、色々と天秤にかけた結果、自分を犠牲にすることを選んだ。
「そっか、じゃあ待ってるから」
それで話は終わりなのか、鈴華はメニューに目を通し始めた。
孝太はため息をつきながら、仕事に戻る。
(一体、何考えてるんだ?)
普通逃げられた相手と関わりたいなんて思わないだろうに。
なぜ鈴華が自分と関わろうとしてくるのか、それが孝太には不思議でならなかった。
いくら自分と同じ作品を好きな相手だとしても、ほぼ関わりのないクラスメイトと話したいと思うものだろうか。
(それはそうと……)
孝太は遠くから鈴華の姿をじーっと見る。
いつも制服姿しか見ていない分、クラスメイトの私服姿というのは何かとそそられる。
特に、寒くなってきたこの時期に、鈴華はへそ出しコーデをしている。
一見、孝太が変態に見えるが、好きでへそ出しをしているのなら、見られても仕方がないと思って欲しい。
そんな勝手なロジックを孝太は頭の中で組み立てる。
(ふむ、これは中々……)
「越島君?オーダー入ってるよ」
「あ、はい」
マスターに話しかけられたことで、孝太は鈴華のへそから目を逸らし、仕事に戻った。
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「お疲れ〜」
バイトを終えると、店の前で鈴華が本当に待っていた。
「本当に待ってたんですね」
「そりゃそうでしょ、時間聞いたんだから」
孝太の本音では、帰っていて欲しかったが、無駄に律儀な性格である。
孝太が、鈴華を無視して歩き始めると、鈴華はその後ろをついてくる。
「何でついてくるんですか?」
「別に?私もそっちに用があるだけ」
そう言っているが、明らかに自分についてきている。
が、ここでそう言っても、同じようにはぐらかされるだけなので無視を続ける。
「ねえ、どこに行くの?」
「帰るんですよ、家に」
「ふーん……」
一体何がしたいのだろう。
それが気になって仕方がない孝太は、我慢出来ずに、立ち止まって鈴華に聞く。
「あの、お気づきだと思いますが、俺はあなたを避けてるんですよ?何で関わってくるんですか!」
「何でって、同じ作品が好きな同士だから?」
「それだけですか?」
「それだけだけど?」
「だったら、もう関わるのはやめてくれませんか?そもそも、南沢さんと俺は陽キャと陰キャなんです。こんなところ誰かに見られたら、南沢さんだって嫌でしょ」
孝太の精一杯の拒絶の言葉を聞いて、鈴華は黙る。
少し言い過ぎたかと思い、鈴華の顔を見ると、鈴華は優しく微笑んでいた。
「そういうの、やめなよ」
「は?」
「陽キャだとか、陰キャだとかで区別するの。私は越島のこと、そんな風に思ったことないよ」
そう言う鈴華の表情は、優しさを具現化したかのように柔らかいものだった。
「……私さ、中学の頃は、こんなんじゃなかった」
「それって……」
「そう、私って高校デビューなんだよね」
それは孝太にとって意外な話だった。
常に誰かに囲まれていて、人気者の美少女が、そうでなかった時期がある。
あまりに想像がつかない話だ。
しかし、鈴華が嘘を言っているようには見えなかった。
「別に、不幸ではなかったけど、心の中で変わりたいって思ってた。そんな時に、従姉から友達のギャルの話を聞いて、高校からは明るくギャルみたいに振舞ってみようって思った」
今孝太の目の前にいる少女が、南沢 鈴華の本当の姿だ。
ギャルの仮面を脱ぎ捨てた、好きな物をただ語りたい少女だ。
「そしたら上手く行き過ぎて、交友関係が広がって広がって、初めて話した時に、高圧的になっちゃったのは本当にごめん。私がオタクだって知られたら、どうなるんだろうって怖くなってつい。自分から変わりたいとか言っておいて、結局自分の首を絞めちゃって……」
鈴華の謝罪の言葉を、孝太は話半分に聞いていた。
それよりも、自分を変えたいと思っていた鈴華の気持ちに、孝太は共感していた。
自分と同じだったからだ。
ただ一つ違う点は、成功したか失敗したかの違いだ。
鈴華は自分を変え、今では男女問わず、誰からも好かれる人になった。
だがそれは、ギャルという仮面を被ることで、無理やり変えたにすぎない。
本質は変わっていない。
それは、どれだけの負荷になるのだろうか。
その負荷を軽くできる場所があれば、それに自分がなれるのなら。
「でも、そうだよね、越島が迷惑だっていうなら、やめるよ」
鈴華は諦めて、その場を去ろうとする。
「……いいよ、別に」
「え?」
鈴華が振り返ると、孝太は照れくさそうにしている。
「だから、別に『いもなじ』のこと話すくらいなら、いいよ……学校以外でなら」
変われなかった孝太は、せめて変わり続けている鈴華の助けになりたい。
自分がその手助けをしたいと思った。
「ほ、本当にいいの?」
「だからいいって!まあ、オタク話したくなったら呼んでくれ」
「呼ぶ?」
「今日みたいに、バイト先に来られるのは迷惑かかるから……」
孝太は、スマホの画面を鈴華に見せる。
画面には、メッセージアプリの登録のためのQRコードが映し出されている。
「仕方ないから、連絡先交換するよ……」
照れくさそうにしている孝太を見て、鈴華はクスリと笑う。
「連絡先交換するくらいで緊張しすぎでしょ」
「う、うるせえな!初めてなんだよ……」
「……童貞」
「な!?う、うるせえ!いらねえならいらねえって言え─」
鈴華の呟きに怒っていると、孝太のスマホに通知が来る。
開いてみると、うさぎがよろしくという看板を持った可愛らしいスタンプが、鈴華から送られていた。
孝太が鈴華の方を見ると、鈴華はスマホで顔を隠して、視線だけを孝太に向けている。
「よろしく」
そう一言だけ言って、鈴華はその場を逃げるように去っていく。
この前とは逆である。
(お前の方こそ、照れてるじゃねえか……)
鈴華の背中を見ながら、孝太は心の中で呟く。
メッセージアプリの友達リストに鈴華の名前がある。
それを見て、顔が緩んでいることに、孝太が気づく事はなかった。