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第22話

 咲穂の座るベンチに人一人分のスペースが空いている。

 しかし、孝太はそこに座らず、ベンチから一歩下がったところで立っていた。



 「座らないの?」


 「いや、いいよ、俺はここで」



 不思議に思った咲穂がそう問いかけると、孝太は柔らかい笑みを浮かべながら断る。

 そんな孝太の落ち着いた雰囲気を見て、咲穂は一瞬目を見開き、クスリと笑う。



 「成長したのは背だけじゃないみたいだね」


 「……お互いにな」



 咲穂の髪は最後に見た時よりも当然伸びているが、それよりも今のように自然に笑えている姿を見て、孝太は咲穂も過去を乗り越えた事を知る。

 今の笑顔を見ると、なぜ当時の苦しみに気づけなかったのか分からないほどに差がある。



 (……ほんと、自分の事ばっかだったんだな)



 改めて孝太はそう思った。

 当時は、咲穂の事もしっかりと考えていたと思っていたが、今思えばそれも違ったのかもしれない。

 きっとそれは、咲穂も同じだったのだろう。

 

 咲穂が自分の隣を手で優しく叩く。

 まるで座ってくれと言っているように。

 座る気はなかった孝太だが、いつまでも咲穂が見てくるので、隣に腰を下ろす。



 「聞かせてよ、この二年、孝太がどんな風に過ごしてきたのか」


 「……面白い事なんて、何も無いぞ?」


 「それでも教えて、私がただ知りたいだけだから」



 それならと、孝太は咲穂に話した。

 中学の最後の一年間は、部活を辞めて静かに過ごしたこと。

 高校は中学が同じ人が居ない所を選び、誰とも関わらず生きていこうとしていたこと。

 だけれど、偶然話すようになり、気づけばかけがえのない友人になっていた鈴華のこと。

 孝太の静かな語りを、咲穂は終始微笑みながら聞いていた。

 全てを聞き終えた彼女の目には、一滴の涙が零れていた。



 「……なんで、咲穂が泣いてんだ?」


 「……なんでだろ、分かんない」



 涙の理由は咲穂にも分からなかった。

 ただ孝太が、最後に見た絶望の表情ではなく、楽しげに話す姿を見て、涙を流さずにはいられなかったのだろう。



 「……孝太はもう、私が居なくても大丈夫なんだね」


 

 咲穂の言葉に、孝太は何も答えなかった。

 嬉しいような寂しいような、そんな矛盾した感情が咲穂の中で湧いてくる。



 「……もし、あんな事がなければ」



 そこまで言って、咲穂は口を閉じる。

 


 「なんだよ?」


 「……ううん、何でもない」



 もしあんな事がなければ、咲穂と孝太は今も一緒に居ただろうか。

 もしそうだとすれば、今孝太の隣に居たのは、鈴華ではなく自分だっただろうか。

 そんなありえない事を考える。



 「……綺麗な飛行機雲だね」



 咲穂が空を見上げると、飛行機雲が綺麗な線を描いている。

 孝太も空を見上げ、二人して青い空を眺める。

 


 「……そろそろ病院に戻るよ」


 「もう?」


 「うん、これ以上孝太の時間を取れないよ」



 そう言って咲穂はベンチから立ち上がり、孝太に手を出す。



 「……最後に、握手で終わろうよ」


 「最後って、これからも会えば─」


 「それはダメだよ」



 咲穂はもう、孝太と会うつもりはない。

 今の孝太の日常に自分は必要ないと確信している。

 もし、自分がその中に入ってしまえば、きっとまた不幸にすると。



 「今日が最後、これで終わりだよ」



 差し出された手を、孝太は簡単に握り返した。

 もっと躊躇すると思っていた。

 けれど、孝太は咲穂の気持ちを心の奥で理解していた。

 


 「……もし、もっと大人になってから出会っていれば─」



 続けようとする孝太の口を、咲穂は人差し指で閉じさせる。



 「……さよなら、越島君」


 「……ああ、さよなら山下」



 二人は同時にそれぞれの帰路に着く。

 振り返ることはなく、ひたすらに前を向いて歩く。

 一人になった咲穂は、ふと右手首の傷を見る。

 消えない傷、重くのしかかった罪、それが軽くなった気がした。


 

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