第2話
「お疲れ様でしたー」
翌日、鈴華の事を考えるのをやめた孝太は、いつものようにバイトを終え、昨日買えなかったラノベの新刊を求めて本屋に向かう。
まだマイナーな作品のため、店頭から無くなるなんて事は無いだろうが、一日購入がズレた分、焦らされた気分になっていて、本屋へと向かう足が早くなる。
本屋に着くと、まっすぐ新刊コーナーへと行き、目当ての一冊を手に取る。
他にも何か面白そうな作品はないかと見回っていると、ラノベコーナーにまたも見覚えのある金髪が見えた。
金髪の正体である鈴華の手には、大量のラノベが抱えられている。
そして、昨日の繰り返しのような動きで、孝太と鈴華の視線が合わさる。
「げっ!」
さすがの鈴華も二日連続のこの事態に、声が漏れ出ていた。
逃げる事も出来た孝太だが、何となく話しかける事を決める。
「南沢さんも買い物ですか?」
「何話しかけてきてんの?」
冷たい視線を向けられ、孝太は話しかけたことを後悔した。
馬鹿なことはせず、さっさと帰ろうとした時、
「え?ちょ、ちょっと!待ちなさい!」
「え?うぉ!?」
鈴華が突然、孝太の腕を引っ張り、孝太の手にある一冊のラノベを凝視する。
何が何だか分からず、孝太は腕を掴まれたまま固まってしまう。
「もしかして、あんたも『いもなじ』好きなの?」
『いもなじ』とは、『俺は妹になじられたい』というラノベ作品の略称で、まだ既刊二巻の知る人ぞ知るマイナー作品である。
Web小説サイトなどもチェックしている孝太は、この『いもなじ』を連載当初から知っていて、書籍化が決まった時は踊るほどに喜んだものだ。
「も、もしかして、南沢さんも?」
「……連載当初から読んでる」
(な、なんてこった!)
孝太は友達が居なかったが、周りの人間がラノベの話などをしている所をこっそり聞いていたりしている。
しかし、この『いもなじ』を好きだという人には出会った事がなく、書籍化して日も浅いため、周囲に知っている人は居ないのだと思っていた。
それほどのマイナー作品を、クラスのギャルが知っていたという事実に、孝太の中で喜びと戸惑いの感情が渦巻く。
「まさか、こんな近くに『いもなじ』ファンがいたなんて」
鈴華は、ガシッと孝太の手を握る。
その行動に、孝太はドキッとしてしまう。
「これは、語り合わねば!」
孝太を見る鈴華の瞳は、教室でカフェの話をしていた時よりもキラキラと輝いていた。
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本屋を後にした二人は、駅前のファミレスに入り、ドリンクバーを注文する。
ここまで鈴華の言われるがままに着いてきた孝太は、まだ状況が飲み込めずにいた。
「それで?あんたは誰推しなの?」
そんな孝太を置き去りにして、鈴華は『いもなじ』の話を始める。
「えっと、みちこちゃん推しですけど……」
「みっちゃんか〜、分かる〜」
腕を組み、うんうんと鈴華何度も頷く。
昨日詰め寄ってきたギャルと同一人物なのかと孝太は疑わずにはいられない。
「何?どうしたの?そんな呆けた顔して」
孝太を見て、鈴華が不思議そうに聞いてくる。
「いや、よくそのテンションで話せるなって思って……」
「当たり前でしょ!初めて出会ったんだよ!『いもなじ』好きに!そりゃ、テンション上がるわよ!」
「いや、そういう意味じゃなくて、俺達、何の関わりもないのになーって……」
怖かったので、昨日詰め寄ってきた事は言わなかったが、孝太の一言で、鈴華の動きがピタリと止まった。
飲んでいたジュースを机に置き、顔を下げる。
「いや、昨日はその、あんたが『いもなじ』好きとか知らなかったし、なんて言うか、馬鹿にされるんじゃないかと思って……ごめん!」
色々と言った後、鈴華は深々と頭を下げてきた。
「あんな、脅すような言い方して本当にごめんなさい!」
その言葉からは、本気の謝罪を感じ、孝太は頭を上げるよう鈴華に言う。
鈴華の目は少し下がっていて、表情からも反省の気持ちが伺える。
(なんか、調子狂うな……)
昨日の鈴華とのあまりのギャップに、孝太の中で戸惑いが大きくなる。
「事情は分かったんで、もういいです。この事は俺も誰にも言いませんし、お互い忘れましょう」
同じ作品を好きな人に出会えたのは嬉しかった孝太だが、相手が相手だ。
心苦しいが、これ以上関わるのは良くない。
早々に切り上げる事を決めて、孝太が立ち上がろうとすると、手をガシッと掴まれる。
「……あの、南沢さん?」
「何帰ろうとしてんの?まだ話し足りないでしょ?」
鈴華の目はガチだった。
完全にキマっていた。
その目を見て、孝太は察した。
(この人、俺よりもガチ勢だ!?)
「ほら、座りなさいよ」
キマっている目を孝太に向けながら催促してくる。
ゾッとした孝太は、無理やり手の拘束を振りほどく。
「あ、明日も朝から学校なので!それじゃあ!」
孝太はお金を机に置き、逃げるようにファミレスから出た。
鈴華がそれを追いかける事はなかった。