第17話
別に、俺が悪い事をした訳じゃない。
ただ、好きなことにひたすらに打ち込んでいただけだ。
努力すれば結果が出て、記者の人達に称賛を貰えば、純粋に嬉しかった。
けれど、周囲の人からは妬まれた。
俺のせいで自分達の結果が霞むと言われた。
言われ始めてすぐの頃は、俺より結果が出せない他が悪いと無視していた。
そのうち、俺は居ない者のように扱われ始めた。
最初は平気だったはずなのに、独りというのは、思いのほか苦しかった。
その苦しみは、結果や称賛では埋まらなかった。
そんな時だった。
『私は、越島君は悪くないと思う!みんなただ羨ましいだけだよ!本気になれるモノを持ってる越島君が!』
当時、同じ陸上部に所属していた一人の少女がそう言った。
始めはそれも無視していた。
けれど、毎日話しかけてくれて、練習でも世話するみたいに一緒に居て、気づけば苦しみは無くなっていた。
彼女が居れば、俺は平気だった。
学校に行くことも、部活で結果を出すことも、苦にならなかった。
そんな風に、自分の事ばかり考えていたから、彼女の変化に気づけなかった。
中学二年が終わる頃、彼女は自殺未遂を起こした。
手首に何度も傷をつけて、命を絶とうとしたのだ。
原因は、学校でのいじめだった。
彼女は、俺と話していたせいで、周囲の人から被害を受けていた。
俺は耐えられた事が、彼女には耐えられなかった。
俺は、彼女が居たから救われた。
けれど彼女は、俺が居たから心を病んだ。
俺は彼女と関わるべきではなかった。
いっその事、誰とも─
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2月になり、本格的に寒波が来ていると言うのに、孝太は大量の汗をかいて目が覚めた。
時刻は朝の5時、起きるにはまだ早い時間だが、二度寝する気分ではなかったので、体を起こす。
スマホを見ると、不在着信が2件入っている。
相手は鈴華だ。
翔太郎が鈴華に『いもなじ』を見ていると報告した日から、孝太は一度も鈴華と話していない。
学校では、鈴華と翔太郎が二人で話している姿も見かける。
周囲も付き合ってるんじゃないかと噂している。
そう思われるくらいに話が出来ているのだから、わざわざ孝太が相手になる必要は完全に無くなったと言える。
スマホを閉じて、リビングに向かう。
リビングでは、既に母がキッチンに立っており、梓の弁当を作っている。
挨拶だけして、テレビをつけると、バレンタイン特集がやっていた。
「お兄ちゃん今年も0?」
「うお!?起きてたのか……」
「今日朝練あるから。それで、0なの?」
「失敬な!今年は貰える」
「マジで!?」
梓の驚き具合にはムカつくが、無理はなかった。
孝太は今まで、バレンタインチョコを義理の一つももらった事が無いからだ。
「誰!誰から貰えんの!」
「秘密だ」
「もしかして、鈴華さん!?」
その名前を聞いて、孝太はドキッとする。
そういえば、梓は知っているのだったと。
梓が期待に満ちた目を向けてくるが、残念ながら鈴華では無い。
孝太にくれると言っていたのは眞知である。
「南沢じゃねえよ」
「なーんだ、てっきり鈴華さんかと」
「逆になんでそう思うんだよ」
「だって、お兄ちゃんの電話の相手って、鈴華さんでしょ?」
梓の発言に、孝太は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。
「な、なんで知ってんだ!?」
「だって、この前家に来た時、お兄ちゃんのオタクコレクションをまじまじと見てたじゃん」
「勝手に覗いてんじゃねえ!」
迂闊だったと孝太は思う。
梓には、通話の声も聞こえているのだから、内容も知られている。
鈴華が俺の本を興味津々で見ていたら、勘づくのはおかしなことではなかった。
「あーんなに意気投合してるんだから、てっきり義理くらいは渡すかと」
「最近はしてねえよ」
「そういえば確かに、最近電話の声聞こえない……なんで?」
「……他にも友達いるんだから、俺と話すのに飽きただけだろ」
「そんな簡単に縁切る人には見えないけどなー」
梓の言う通り、鈴華が縁を切った訳では無い。
縁を切ったのはむしろ孝太の方だ。
「まあ、俺と関わってもいい事ないって気づいたんだろ」
「……お兄ちゃん、まだそんな事言ってるんだ」
孝太の言葉を聞いて、梓はガッカリした様子で肩を落とす。
「今と昔じゃ状況違うんだから、関係ないでしょ」
「……状況は違くても、俺は変わってないから」
「変わったでしょ」
孝太の言葉を、梓はまっすぐ目を見て否定する。
「お兄ちゃんは変わったよ。だって、鈴華さんと話してる時のお兄ちゃん、陸上で最っ高に輝いてた時と同じ顔してたよ」
(……輝いてた、ね)
梓の言葉を聞いても、孝太は自分が変わったとは思えなかった。
なぜなら、あの時と同じ顔をしているのなら、同じ事を繰り返しているということ、つまり何も変わっていないと同義だからだ。
「とにかく、お兄ちゃんはもう一度、自分をちゃんと見つめ直すべきだと、可愛い妹は思いまーす」
そう言って、梓は荷物を持って家を出た。
もう一度見つめ直す。
そう言われても、孝太には、過去を振り返る勇気が出なかった。




