第16話
お風呂上がりに、スマホに届いたメッセージを見て、鈴華は動揺のあまりスマホを床に落とす。
差出人は翔太郎からで、『いもなじ』を読んだという内容に、鈴華も好きでしょ?という言葉が添えられていた。
(な、ななななんで翔太郎が!?いつバレた?油断はしてなかったのに!)
翔太郎が鈴華を目撃した日、鈴華はほんの数秒ラノベコーナーを目にしただけだった。
一瞬ともいえるその瞬間を翔太郎に見られていたのだ。
(ど、どうしよう……とりあえず、越島に相談を!)
意見を求めようと孝太に電話する鈴華だが、何度コールしても出る気配がない。
(なんで出ないのよー!)
いつも電話をすると、3コール以内には出るはずなのに、今日は何故か応答がない。
いつも感想会をしている時間ではないと言え、既に夜の8時を回っている。
(どこか出かけてるのかな……)
かけ続けるのは迷惑になってしまうので、鈴華はひとまず電話をやめた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ベッドに置いているスマホがずっと鳴っている。
相手は鈴華からで、何度もコールしてくる所を見るに、いつもの感想会ではないと孝太は分かった。
他に緊急の電話だとすると、翔太郎の事だと勘づく。
孝太は電話に出ることはなく、無視を続ける。
数分すると、スマホは鳴り止んだ。
「……もう、関わる必要はないからな」
翔太郎が『いもなじ』を読み始めたのであれば、鈴華がわざわざ孝太と感想会をする必要は無い。
元々、同じ作品を好きな人が他にいないからという理由で関わっていたのだから、孝太よりも仲のいい人間が、同じ作品を好きになったのなら、関係を絶つべきだろう。
そのはずなのに、何か心の中がぽっかり空いた気分になる。
ただ今まで戻るだけなのに、寂しく感じてしまう。
(……結構、楽しいって思ってたのか)
その関係を失うのが惜しいと思うほどに、孝太にとってあの時間は楽しい時間だったのだ。
けれど、楽しい時間はもう終わり。
孝太はクローゼットの中のダンボールを見る。
押し殺したい過去の自分を体現したかのような物の数々、久しぶりに見た中の物は、少し埃を被っている。
「……これでいい、俺は誰かと関係を続ける資格はないんだから」
孝太はクローゼットを閉じる。
中の物を、自分への戒めとして心に刻みながら。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「くしゅん!」
翌日、風呂上がりに髪も乾かさずに慌てていたせいか、鈴華は風邪をひいた。
学校を休み、一人病院に来たのだが、風邪が流行っているのか受付が混みあっており、時間がかかるようだ。
今のうちにトイレに行っておこうと鈴華は立ち上がり、トイレへと向かうため、角を曲がったところで、
「きゃあ!」
誰かとぶつかってしまい、一人の少女が尻もちをつく。
少女が軽かったからか、鈴華は少しよろける程度だった。
「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!」
少女が入院着を着用していたので、慌てて鈴華は手を差し伸べる。
「いえ、こちらこそすみません、前を見ていなくて」
少女は鈴華の手を取り立ち上がる。
その時、少女の手首がチラリと顕になる。
そこにある傷を見て、鈴華はゾッとした。
「その傷……」
つい口に出してしまった。
鈴華がボソリと呟くと、少女は慌てて手首を隠した。
「これは、以前少し擦りむいただけです」
「で、でも─」
「ぶつかってしまってすみません、お互いよそ見は禁物ですね」
そう言って、少女は逃げるようにその場を去った。
鈴華は体の寒気が引かない事に気づく。
風邪のせいでは無い。
先程の少女の腕にあった、リストカットの生々しい跡が鈴華の頭から離れなかった。




