第12話
12月24日 クリスマスイブ
世間はそんな一大イベントに浮かれ、あちこちで楽しげな声が聞こえてくる。
孝太がバイトしている喫茶店でも、クリスマス限定のケーキ販売や提供をしており、いつも以上に多くのお客さんが押し寄せた。
「ごめんね越島君、せっかくのクリスマスにシフト入ってもらって」
「気にしないでください、今日から冬休みですし、予定もなかったので」
結局、孝太はクラスのクリスマスパーティーには行かなかった。
翔太郎とあんな感じの悪い分かれ方をしたのだから当然だ。
正直、感情的になりすぎたと思っているが、あの調子で関わって来ることはないだろう。
忙しい日ではあったが、何事もなく時間は進み、夜9時前で店仕舞いを始める。
マスターの厚意で、ケーキを二つだけ貰った。
マスターお手製のコーヒーケーキで、試作の時に食べたたが絶品だった。
「それじゃあ、お疲れ様です」
そう言って孝太は店を出る。
片付けをしていたら、時刻は9時になる頃になっていたが、駅前はイルミネーションのおかげで眩しいほどに明るい。
(今頃はパーティーは終わってるかな)
別に行きたかったという訳では無いが、パーティーの存在を知ると、少し気にしてしまう。
翔太郎から受けた相談を、結果的に孝太は無視したことになる。
もし鈴華に話がいっていたら、クラスメイトの相談を無視する酷い男という烙印がつくだろうか。
(ま、その時はその時か)
ここ数日、鈴華との電話のやり取りもなかった。
鈴華には孝太以外との交友もあるから、当たり前なのだが……
(何となく、寂しいよな……)
いつも決まった時間に来ていた電話が無くなると、途端に調子が狂う。
こんな経験は初めてで、孝太自身も戸惑っている。
鈴華と『いもなじ』について語り合う時間が、孝太自身も気づかない内に楽しい時間となっていた。
(……久しぶりに、話したいな)
そんな考えが脳裏をよぎった時、孝太の視界に白い紙切れのようなものが落ちてきた。
まさかと思い、空を見上げると微かだが、雪がしんしんと降っていた。
「「……雪だ」」
誰かと声が重なった。
声がした方を見ると、孝太の視界に、白い雪を纏わせた金色の髪がなびいていた。
「……おっす」
鈴華は手を上げて、軽く挨拶をしてくる。
寒さでか、鼻が赤くなっている。
「……おっす」
鈴華と同様に、孝太も手を上げて答えた。
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久しぶりに話したいと思っていた孝太だが、いざ目の前に本人が現れると、何を話せばいいか分からず、黙り込む。
鈴華もそれは同じで、パーティーが終わって、駅で孝太の背中を見かけたから咄嗟に話しかけてしまい、内容はまでは考えていなかった。
二人は手を上げた状態のまま沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは、孝太であった。
「……なんか、こうして話すのは久しぶりだな」
「……そうだね、最近は感想会もしてなかったし」
また沈黙が続く。
元々、顔を合わせて話した回数は少ない。
慣れていないのは当然である。
「……やるか?」
「……何を?」
「……感想会、そこのベンチに座って」
ぎこちない雰囲気の中、孝太は素直に思った事を口にする。
面と向かってした事はないが、今はただ、好きな物について話したいと孝太は思った。
「……やる」
孝太の提案に、鈴華は乗ってくる。
二人は、すぐそばにあったベンチに隣合って座る。
(……近い)
思いのほかベンチが小さく、距離が近くなる。
気を紛らわそうと考えた孝太は、手に持っていたケーキの事を思い出す。
「ケーキ食うか?バイト先で貰ったやつだけど」
「ここで?」
「まあ、せっかくだし?いらないなら持って帰るけど……」
「……食べる」
鈴華もそう言ったので、孝太はバッグから紙皿と使い捨てフォークを取り出す。
「それ、いつも持ってんの?」
「今日はたまたまだよ。家で使う用にマスターから貰ってたんだ」
箱からケーキ取り出し、皿に乗せる。
フォークと一緒に鈴華に渡すと、それを受け取り、そのまま一口食べる。
「うま!」
ぎこちなく、気まずい表情をしていた鈴華だったが、ケーキを食べた途端、いつも通りの明るい顔になる。
「だろ?マスターのケーキは俺も大好きなんだ」
「本当に美味しい!これを無料で貰っちゃていいの?」
「気にしなくていいよ、クリスマスプレゼントだと思って」
二人で雪を眺めながら、ケーキを食べる。
孝太は少し気になったので、鈴華に聞く。
「パーティーどうだった?」
「どうって、楽しかったけど?越島が気にするなんて珍しいね」
「ま、まあ、色々と事情があってな……村元から何か言われたりしたか?」
「翔太郎?何かあったの?」
「……いや、何も無かったならいいよ」
どうやら、翔太郎は行動に移す事が出来なかったらしい。
孝太がアドバイスをしていたとしても、何も変わらなかっただろうが、少し罪悪感も出てくる。
「それよりさ!溜めに溜めた『いもなじ』の話しようよ!」
「そうだな、最近電話も無かったし」
「そうなんだよね〜、私クリパの幹事?になっちゃってさー、夜もずっとスケジュールの話してて、時間なかったんだよねー」
「別に、無理に時間作ろうとしなくてもいいぞ?」
「作るに決まってるでしょ!『いもなじ』の話できるのなんて、越島くらいなんだから!この数日、話したくてウズウスしてたんだから」
まるでストレスを発散したいと言わんばかりの勢いに、孝太はクスリと笑う。
「何笑ってんの?」
「ごめん、俺も同じ事考えてたからさ」
孝太がここ数日感じていた物を、鈴華も感じていたという事実がおかしくて、孝太はつい笑ってしまったのだ。
「同じ事?」
「俺も、南沢の声が聞きたいなって思ってたんだよ」
「……へ!?」
いつの間にか、鈴華との夜の電話が、孝太のルーティンになっていた。
それが無いと、何となく気持ち悪くて、気になってしまう。
それを孝太は今確信した。
「だから……どうかしたか?」
「へ!?な、何が!?」
「何がって、顔真っ赤だぞ?」
鈴華の顔は、茹でダコのように真っ赤になっていた。
よく見ると、手の先まで真っ赤である。
「熱でもあるのか?」
「な、ないよ!無い無い!これは、その……う〜!」
鈴華はおもむろにケーキを口に運び始めた。
「急にどうした!?」
「な、なんでもないから!」
あっという間にケーキを平らげて、腹の中に入れる。
「ほら!越島もさっさと食べる!」
「あ、ああ……」
孝太もケーキを口に運ぶ。
その間も、雪は少し強くなり、気づけば辺りが白くなるほどに積もっていた。
「本当に、雪が綺麗だよねー」
「……そうだな」
(……まさか、女子と二人でケーキ食いながら雪を眺める事になるなんて。しかもクリスマスに)
ついこの前までの自分では考えられない事だと孝太は思う。
まるで、自分の知らない自分が出てきているみたいだと。
「さて、じゃあ語りますか!」
「お!そう来なくっちゃ!」
ケーキを食べ終えた孝太がそう言うと、鈴華は興奮気味にスマホを操作する。
その日、二人は雪が降りしきる中語り合い、数日の穴を埋めるように笑いあった。




