第1話
「……あれって」
ごく普通の高校生である越島 孝太は、バイト帰りに立ち寄った本屋のラノベコーナーで、陳列棚を凝視するギャルを発見する。
遠くからでも目立つ綺麗な金髪に、整えられた長い爪、濃すぎないナチュラルメイク。
その正体は、孝太のクラスメイトであり、隣の席に座る美少女ギャル南沢 鈴華であった。
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私立蓮花高校
敷地が広いというだけの普通の高校だが、校則が緩いという理由で、まずまずの人気がある学校だ。
そんな六花高校には、他校にも有名なギャルが3人いる。
その内の一人が南沢 鈴華、蓮花高校の1年生で、サラサラの金髪は人目を惹き付け、モデル顔負けの容姿は人を惑わせる。
いつも周囲には人がいて、彼女の周りだけいつも華やかである。
そんな彼女の隣の席に座る孝太は、彼女を特別な目で見る、なんて事はなく、ただ興味がなかった。
ぼっちの孝太にとって鈴華は、別の世界の住人で、今後も関わる事など万に一つもないだろうと。
しかし、いつものようにバイト帰りに立ち寄った行きつけの本屋で、夜9時を過ぎる遅い時間に、そんな美少女ギャルがラノベコーナーを凝視しているのを見つければ、誰であろうと気になってしまうだろう。
陳列棚を凝視する鈴華を、孝太も思わず凝視する。
そんな視線に気がついたのか、鈴華が勢いよく孝太の方に首を回す。
2人の視線がバッチリと合った。
鈴華の視線が睨んでいるように孝太には見えた。
(……落ち着け)
孝太は心の中で自分に言い聞かせる。
(大丈夫、何事も無かったように立ち去るんだ。そう、熊と遭遇した時は目を逸らさずに後ろ歩きで進むんだ)
いつか読んだサバイバル本の知識を元に、孝太は鈴華と目線を合わせた状態でゆっくりと後ろに下がる。
一歩、また一歩と下がり、別の棚で視界が遮られた瞬間、孝太は走って店を出た。
本屋が入っているモールを出るまで振り返ることはせず、前だけを向いて走った。
モールを出たところで後ろを見ると、誰かが追いかけてきている気配はなかった。
(……幻?)
「は、はははは!」
(そうだよな、あの南沢 鈴華がラノベを見るわけないよな)
鈴華は学校一の陽キャと言っても過言ではない。
陽キャはラノベを読まずにバカにするというのが孝太の偏見混じりの自論である。
(きっと疲れてたんだな、帰って寝よう)
目的の本は別の日に買えばいいと思い、孝太は帰路に着いた。
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「孝太ー、早く起きなさーい!」
母親の大声が耳に響き、孝太は目を覚ます。
昨日は早めに眠ったおかげか、朝から体が軽く感じた。
最近夜更かし気味だったせいか、より実感する。
リビングに降りて行くと、妹の梓が玄関で靴を履き替えていた。
「もう行くのか?」
「お兄ちゃんおはよう〜、私は朝練があるからね〜、いってきまーす」
朝から元気の良い声を響かせて梓は学校に向かった。
その背中を見送っていると、母親から朝ごはんを食べるように催促される。
スマホでアニメ情報を見ながら朝飯を食べ、歯を磨いて顔を洗う。
最後に制服に着替えて、孝太も学校に向かう。
駅まで自転車に向かい、定期駐輪場に自転車を預け、改札を抜ければ、あとはアニメを見ながら通学する。
これが、孝太の朝のルーティンである。
幸せな時間だが、学校までは三駅しかないので、アニメ一話も見ることができない。
そこだけが孝太にとっての不満である。
教室に入って、自分の席につけば、いつもなら友達の居ない孝太は本を読み始めて一人の世界に入るのだが、今日は違った。
教室に入ってすぐ、一人の生徒に目がいった。
その生徒である鈴華は、いつものように取り巻きと一緒に談笑している。
(……やっぱり、昨日のは幻?)
友達と談笑する鈴華は、誰がどう見ても陽キャで、ラノベを見るようなオタクには見えない。
今話している内容も、近くにできたカフェの話で、今時のJKといった様子だ。
(……うん、やっぱり幻だな)
孝太は自分の中でそう完結し、いつものように読書を始める。
しかし、集中できない。
隣で談笑している鈴華から視線を向けられている気がして仕方がなかった。
孝太自身、自意識過剰だろと思ったが、蛇に睨まれているような感覚がして寒気がする。
一旦落ち着くために、孝太は席を立ってトイレへと向かう。
一人になりたかった孝太は、わざわざ別の棟へと移動して用を足す。
トイレにいる間も、寒気が治まる気配がなかった。
(トイレでも感じるってことは、ただ風邪っぽいだけか……)
もう11月も中旬、気温の低さで寒気を感じてるだけなのかもしれない。
そうに違いないと決めつけて、孝太がトイレを出たその時、
「ねえ、ちょっと」
「うわぁぁぁ!?」
トイレの前で鈴華は待ち伏せしており、孝太が出てきた瞬間に話しかけてきた。
孝太がトイレでも寒気がした理由はこれである。
突然話しかけられたことで、孝太は驚きのあまり大声で叫んでしまう。
後ろにコケそうになりながらも、どうにか持ちこたえる。
「な、なんでしょうか……?」
孝太が恐る恐る問いかけると、鈴華の眼力がさらに強くなる。
「面貸しなさい」
「……はい」
あまりの圧に、孝太は断る勇気を持つことはできなかった。
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黙って鈴華について行くと、屋上に繋がる扉の前まで連れてこられる。
屋上と言えば、漫画やアニメなんかでは定番の場所だが、あいにく蓮花高校は屋上への立ち入りが禁止である。
「あ、あの、話があるなら早く─」
「ちょっと黙ってて」
「は、はい……」
言葉にも強味を感じ、孝太は黙るしか無かった。
鈴華は、屋上に繋がる扉にかけられた南京錠を触っている。
一体何をしているのかと思っていると、ガチャリという音が聞こえる。
「え?」
見ると、何故か南京錠は解錠されており、無惨にも扉にぶら下がっている。
「ここの南京錠、壊れてるのよ」
説明するように鈴華が言う。
孝太は普段、学校の用務員さんや事務員さんには常日頃から感謝の気持ちを抱いているが、今回ばかりはちゃんとしてくれと怒りの念を飛ばす。
何度か足を踏み入れているのか、鈴華は平然と屋上に出る。
進もうとしない孝太の方を見て、目だけで来いという合図を送る。
渋々孝太も屋上へと足を踏み入れる。
「……マジかよ」
屋上は立ち入り禁止という理由から、入る生徒が居ないという考え方なのか、落下防止の柵は誰にでも乗り越える事が可能な高さしかない。
鈴華は平然としているが、初めて屋上に来た孝太は足が震えている。
「そ、その、話って言うのは?」
早くこの場を去りたい孝太は、鈴華に本題に入るよう催促する。
鈴華も長話をする気はないのか、早速話を始める。
「あんた、昨日見たよね?」
「……なんのことでしょうか?」
十中八九本屋での事だろうが、孝太は一度とぼけてみる。
「そういうのいいから、見たんでしょ?」
「……」
どう答えても失敗する気がした孝太は、黙るという選択をとる。
しかし、沈黙は見ましたと言っているようなものである。
「ちっ!」
鈴華の舌打ちが聞こえて、孝太はびくりと肩を跳ねさせる。
鈴華は孝太に詰め寄り、胸ぐらを掴む。
「絶対に!誰にも!言うんじゃ!ねえぞ!」
そのあまりの迫力に、孝太は首を縦に振るしかない。
「絶対だぞ!見てるからな…」
それだけ言い残して、鈴華は屋上を去った。
一人残された孝太は、その場に座り込む。
「こ、怖え〜」
美少女ギャルに監視されるという、一部の男子が聞けば喜びそうな状況でも、孝太は恐怖しか感じなかった。
「ってか、やっぱり幻じゃなかったのか……」
むしろ幻であって欲しかったと孝太は思う。
つまり、鈴華はギャルの仮面を被った隠れオタクというわけだ。
「……ギャルというよりは不良だろ」
あんな怖い女を好きだという周りの男子達はどういう神経をしているのだろうと孝太は本気で心配になる。
「……でもまあ、何も言わなければ関わらず済むだろ」
鈴華の秘密を言わなければ、今まで通り生活できる。
この時は、そう思っていた。