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現実

朝。目が覚めたらすぐに起き上がる。でないと二度寝してしまうからだ。


「訓練場に行こう…」


この学校には生徒なら誰でも使える訓練場がある。とはいってもやはり上級生や優れた才覚を持つものが優先される為、“誰でも使える”というのは口先だけだ。

__それなら朝早く行けば良い。

八時から始まる授業に備えて大体の生徒は七時前後に起きる。なら私は五時に起きよう。訓練場で練習してから朝ごはんを食べ、授業に参加すれば何の問題も無い。


「【豪炎の竜巻】! 【水の射手】!」


ここでは魔法を好きなだけ発動できる。才能の無い私は兎に角練習だ。場数を踏んだだけ強くなれる。…だから本当は相手をしてくれる人が欲しかった。それは無理だろうなと今では思う。私と馴れ合う気なんて奴等には更々無い。


「【光煌の海原】! 【風刹の刃】!」


でも私には“あの人”がいる。

昨日出会ったばかりの天才が。私を弟子にしたんだ。粗方の闘い方は学ばせてくれるはずだ。


「はぁ、はあ、はぁ……」


右腕で汗を拭う。

魔法にかけられたあの日から、私は持てるもの全て使って魔法を学んできた。独学で、だ。本来なら__有能者だったら、魔法教育機関預かりになって訓練させられる。だから私とは圧倒的に差がある。

中でもここは“国立”。トップ中のトップが集まっている。


「まだまだだな、私…」

「そうだね。まだまだダ」


バッと後ろを振り返る。疲労で余計に気配を感じにくくなっていた。


「誰…」

「もう吠える気力も無いって感じ? まあ良いケド。そろそろ退いてくんない? 私も練習したいからサ」

「…今休むからどうぞ」


入れ替わるようにすれ違う。


「【青碧の氷礫】」


_一瞬。そう。一瞬だった。

それだけでこの一つの空間が凍りついた。魔法だ。魔法だ、“コレ”。


「よし。良いヤ。んじゃ、さよなラ」

「え、ちょ、ちょっと待ってよ!」

「……何」


不快感を一切隠さない。まるで氷。


「終わりでいいの…? まだ来たばっかじゃん。それに、こんな凄い魔法__」

「__手慣らし出来ればそれで良いカラ。あんたと違って執着してないシ」


そのまま立ち去った、凍風のような人。

隙なんて無い。取り付く島も無い。


氷で変わり果てた訓練場で、目を輝かせる。息が白く吐き出された。


「あれが、あれが魔法…。やっぱりこの学校に来てよかった。凄いもん見せつけられちゃった…!」


キーンコーンカーンコーン…


七時の鐘がなった。


「あ、急がないと! 食堂!」



「__出席取るぞ。一番アナリティクス」

「はい」

「二番…」


朝のHRが終わったらいよいよ授業だ。

座学算学古語実技など様々な分野を学ぶことができる。


(一時限目は算学だっけか。ちょっと苦手なんだよなぁ…)


「…シャ。三十五番! リターシャ!?」

「ひゃ、あ、はいっ!!」


勢い余って立つ必要も無いのに立ってしまった。クスクスと嘲笑する笑いが聞こえてくる。


「……うわの空だと痛い目を見るぞ」

「すみませんデストレッド先生」


ガタリと席に着く。


(あー嫌だな。今日の始まりは最悪だ)


火照る顔を手で仰ぎながら顰めっ面で黒板を睨む。ただの八つ当たり。行き場の無い視線や感情をぶつけるためだ。



「___ねえねえ、お昼食べに行こーよ!」

「行こ行こ!」


昼休み。周りから聞こえてくる雑音。勿論私向けにでは無い。私に声を掛けようものなら次の授業からハブられるに決まっている。皆んな怖いのだ。その矛先が自分の方へ向かうのが。だから私は一人になる。そんなくだらない感情のせいで。


一人で食べる。黙々と食べる。混んでいて席が空いていないだの、座られちゃっただの、私の周りは空席なのにそう言うのだ。


(まあこっちの方が気楽か。良いように捉えよう)


「ねえ! 隣座っても良い?」


(仲良しごっこだなんて意味の無い。私には無縁の__)


「ねえってば!」

「……え?」

「と・な・り! 座っても良い?」

「…どうぞ」

「わーいありがとっ!」


驚いた。今何が起こったのかすぐに理解できなかった。

 栗色のよく手入れされた光沢のある髪。ウェーブがかった美しい髪が腰までするりと流れる。

私の隣に座ってきた、怖いもの知らずの子だ。


「いや〜、さ? こんなにも席が空いてるのに誰も座ろうとしないから〜。座れてラッキー!」


音符が付きそうな程嬉しそうに、当たり前のように語った彼女。…もしかして私が無才能者だと知らないのだろうか。

魔術士は相手の魔力量を視ることができる。しかし才能の有無は手練れの魔術士にしか判別できない。


「…あの」

「わ〜! 美味しそうなカツカレーっ! 揚げ物がのってるだなんて最高じゃない? あ、でもまた太っちゃいそう…」


プレートにのったカレーの匂いがこっちまで漂ってきた。しゅんと犬のように落ち込み、自分のお腹に視線を落とす。…まあ、私には自分の豊満な胸を見つめているとしか思えなかったのだが。


「…えっと」

「あ、そうそう! ここにわたしのお友達も来るんだけど、座っても良いかな?」

「……良いですけど、その、逆に良いんですか?」

「ん〜?」

「だって私__」

「お、空いてる空いてるー!」


ショートカットの髪の子、眼鏡をかけた一つ三つ編みの子、ゆるふわボブの子。三人と私達がテーブルを挟んでいる。


「イフォ、席取っといてくれたん? サンキュー」

「良いってことよ! ささ、座りたまえ〜」


私が話す前に三人とも座ってしまった。


「えっ、と。イフォさん…?」

「はいはい〜?」


続きを紡ぐ。


「私は責を負えませんよ? 私と一緒にいたら、周りに何て言われるか…」


イフォと呼ばれた少女。栗色の艶髪はきょとんとした顔で止まってしまった。

その時、ボブの子が何かに気付いたのか、私を青い顔で見た。


「ね、ねえ、やっぱり席変えない?」

「お? なんでさ」


ショートの子は首を傾げる。すると三つ編みの子もどうやら気付いたようだ。


「あ! 見たことあると思ったら…。

貴女、無才能者よね?」


シーン…とその場の空気が凍る。

遂に言われてしまった。面と向かって。


「……はい」


バシャッ。

冷たい。そう思った時には私の服は濡れていた。


「あり得ない。ここに来るだなんて間違っている。…行こう」


彼女は空のコップをトレーにのせると、そそくさと行ってしまった。ボブの子は少し申し訳なさそうに私を見たが、三つ編みの子に付いて行く。ショートの子は顔色一つ変えず、何も反応せず、ただ立ち去っただけだった。

 私は節目がちに隣を見た。栗色の髪はそのままに。そのまま滑るように彼女の顔へと____


「見ないでくれない?」


軽蔑の顔だった。先程までの花のような笑顔が幻のように、そこには悪を見つめる瞳だけがいた。


「…水をかけてしまったのは、ごめんなさい。後でやり過ぎだと言っておくから」


あんなに優しかったカレーの匂いは、もうどこにも無かった。

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