クロスオーバー
「あー、連れてきてくれたの? 先生」
今やっと眠りから覚めたかのような、間延びした声だった。しかしそれよりも別のことに目がいく。
(魔力量が馬鹿げている。こんなことあって良いの…!?)
魔術士は魔術士の魔力が見える。
だから態々自分よりも格上の魔術士に挑もうなどとは思わない。
この魔力量は相当だ。
本人から発しているものもそうだが、かつこのドーム全体を自分の魔力で覆っているだなんて。
「あまりにも馬鹿げている…」
呆気に取られ身動きが取れない。
そんな中、一人の男があの人の元へ向かった。
「ったく、俺をパシリに使うんじゃねーよ」
ぽふっと優しく手刀。
「…でも、良かったのか?」
「んー?」
「この子、なんの能力も無い無能者で……」
「今求めている人材に相違ないな。で?」
「……はあー。分かったよ」
やけに親し気に会話をする彼等に一体どのような関係があるのか。何も伝えられないままきた為、今何が起こっているのかさえも正確に判断できない。
「そこの君ー」
「は、はいっ!」
ふいに向けられた視線に怯えながら返事をする。
「……ふぅーん…」
「あの…?」
目を細め観察しているようだった。されている側としては何が何だかさっぱりなんだが。
「うん。合格」
「…話が見えてこないんですけど」
「まあそれはそうだろうね」
訝し気に見つめると、あの人は軽やかな、ふわっとした、重力に反した動きで私の前にやってきた。
「初めまして。私の名前はリアローゼ。この国で一番の魔法使いだよ」
「私はリターシャ。魔術士です」
相手の魔力に押されながらもなんとか話すことができた。
「君は魔法が好き?」
「勿論です」
「じゃあ、どんなことがあっても諦めないよね? 魔法を学ぶことを」
「無論です」
「…ならいいや。君、今日から私の弟子ね」
「え?」
目を瞬かせる。今、なんて言った?
「好きなんでしょ? 諦めないんでしょ? じゃあ一番の魔法使いに教えてもらえる機会なんて逃すはずないでしょ?」
「それは、そうですが…。なぜ私なんですか」
「“なんで”?」
「私が無才能者ってことは分かってると思います。才能ある者を選ぶのがこの世界の常識…。なのになぜ____」
「__君はそれが正しいと思ってる?」
「……」
「でしょ?」
リアローゼはデストレッド先生に外に出るよう促した。その扉を閉め、扉前に立っていたリアローゼは振り返り、本当の意味を伝えた。
「才能がある奴程、自身を過信して死んでいく。現に魔術士の死亡率の九割を占めるのが有能者だ。…私はね、隙の無い魔術士を育てたいんだよ。それには才能の無い奴が良い。でも魔術へのモチベーションも兼ね備えてなければならない……。ほら、君にぴったりだろ?」
リターシャにとって、彼女の言うことは至極尤もだと感じた。自身も先程まで似たような鱗片を考えていたようなものだ。その互換の話を聞き、“それ”が正しいと思った。
(でも、それだと)
「貴女もそうですよね。才能があるはずだ。じゃなきゃこんなに強くはなれない。貴女の理論では貴女も死ぬ」
それを、このリアローゼという女はあろうことか話の根本への疑問を、なんてことないように返してきたのだった。
「ん? 私ももうすぐ死ぬよ? …けどさ、才能がありすぎるんだよ私には。だから私に勝てる相手がいない。生き延びている理由はそれだけ。私は驕ってるからさー…。そろそろ死ぬよ」
リアローゼはいつの間にかリターシャの手を取っていた。
「だからさ、協力してくれない? 君の力が必要なんだよ。リターシャ」
(私が必要…? そんなの、初めて言われた)
胸が鼓動を打つ。
(私にだってできるんだという証明ができる。これは良いチャンスなのでは?)
「…よろしくお願いします」
「良かった! それじゃあ今日から放課後、毎日ここに来てね」
「分かりました」
「じゃ、もう行っていいから」
向こうから話を切った。もう用済みだと言わんばかりに。
「…一つだけ、良いですか?」
「なに?」
「私を入学させたのは貴女ですか」
「君の実力だよ。何を言ってるのさ。もしかして私がコネクションを使ったとでも思ってる? そんな甘い世界じゃあないよ。“ココ”は」
「そうですか。それでは」
デストレッド先生が出た扉、もとい入り口から元に戻る。一瞬だけ眩しい光が目の中を埋め尽くしたが、それも過ぎた。
「お。帰ってきたようだな。…さっきのは他言無用だぞ。そもそも彼奴の存在自体がそうだ」
「はい。そりゃああんなの見せられたら、こっちとしてはたまったもんじゃありませんね」
「全くだよ」
やれやれと手を持ち上げてみせたデストレッド先生。ただそれを無表情で見つめる私。
「んじゃ、後は宜しくな」
「はい。分かりました」
(少し、情報を整理しよう)
部屋に戻った私は先程あったことを紙に書き綴った。
「リアローゼはこの国の魔術士のトップだ。間違いない。あんなの嘘みたいだ」
魔力量が御伽話と錯覚するほどだった。あそこまでの逸材を私はこの人生で見たことがない。
「あの部屋は多分デストレッド先生と私しか存在を知らない。それほどのトップシークレット…。“存在自体が他言無用”だと言われたけど、それもそっか」
素晴らしい才能というのは良く広まる。特にトップクラスの人たちのことは。
この国で才能ある者たちといえば、戦士レイ、僧侶ナータルシア、盗賊リアン。誰もが知っている名だ。しかし。No. 1の魔術士の話は聞いたことがない。
だから国内の魔術士たちは国一番に選ばれるために研鑽を積んでいる。魔術士の共通した夢はただ一つ。初の魔術士として彼等の名に連ねることだ。それを、まだ年若い女性魔術士が打ち砕いてしまったら?
目標を見失い、競い合いからの成長が無くなり、喪失感に満たされる。魔術の発展が疎かになるのは目に見えている。だって、リアローゼはそれ程の才覚の持ち主だったからだ。私みたいな無才能者でも一目で分かってしまう程の、疑いようのない事実。
「私は運が良かったみたいだね」
(私が魔術士として成長する為に利用できるものは全て利用する。そんでもって、私をコケにした奴等を見返して…)
「一番の魔術士になってやる」
そう。だから私はリアローゼを殺す。
なぜなら“魔術士の共通した夢はただ一つ”、だからだ。