97 壱番隊、突入
1990年1月10日、夕方。
ヨコハマ決死隊壱番隊は黄金町の入り口に到着した。
メンバーはサバトラ、横浜第2地区のリーダー、猫のヴァイキングとその仲間2匹の大型犬。隊長は俺、モフだ。
「いいな、勇者モフ。襲撃直前に『進化の秘宝』を使うのじゃ。偵察したチュン太によると、魔王軍の横浜支部には今朝の時点で四天王の1匹、ドーベルマンがいるそうじゃ。敵が体制を立て直す前に、まずは四天王を1匹確実に倒し、機先を制するのじゃ!」
今朝の最終作戦会議、賢者ソースが発した命令を思い出す。
四天王だというドーベルマンの実力は知れないが、俺が進化して「サモエド」になれば、大概の動物に負けることはないだろう。
俺たちを車でここまで乗せてきてくれた佐藤パパさんが、俺に目で合図を送る。
パパさんは、俺たちが突入する「キッカケ」を起こしてくれる大事な役割を担っている。
「先月、とんでもないモンを食わされた恨み、今日こそ晴らすのニャー!」
「あのエサ、誰も頼んでないのにお前が勝手に食べたんじゃなかったっけ?」
「うるさいニャー! 腹ペコだったから仕方ないのニャ!」
こっちは結構緊張してるというのに、サバトラはいつも通りのお気楽スタイルだ。なんだか逆にこちらも緊張が解けてくるようだ。
「では隊長、そろそろ行きますかニャ」
ノルウェージャン・フォレストキャット、ヴァイキングの言葉に俺は頷く。
「ヨコハマ決死隊壱番隊、出陣!」
俺を先頭に、4匹の犬猫が走り出す。目的は、魔王軍横浜支部。
あと100メートルまで迫った時、後ろからボロボロの車が俺たちを追い抜いていく。そのボロ車はそのまま、横浜支部の正面玄関に向かう。
ドッガーーーン!
大音声と共に、ビルの正面玄関にあった立ち入り禁止の看板と玄関ドア、そして打ち付けていた板が崩れ去る。パパさんはすぐに運転席から逃げ出していった。
これで、正面玄関からの突入できる。
「ヴァイキング! 餌を頼む」
「まかせろ!」
ヴァイキングが手下の大型犬と共に玄関から突入する。中には餌を食べている数十匹の動物が見えるが、ここは任せるとしよう。
「サバトラ、偵察を頼む!」
「お任せニャ!」
サバトラも正面玄関から突入する。サバトラは1階の攻防に感知せず、2階より上に登って四天王の動向を探ってもらうのだ。
そして俺は、進化の秘宝を取り出して口に咥えた。
体の奥底が熱く沸り、内側が燃えるように熱くなり、体の表面全体の皮膚が破れるように痛む。そして。
「ギャオーーーーーーン!」
俺は小型犬のポメラニアンから、大型犬「サモエド」へと進化した。
「よし!」
俺はそのまま正面玄関から1階の玄関ロビーに突入した。
玄関ロビーはひどいニオイが充満していて、俺も思わず顔をしかめる。先に突入したヴァイキングが、犬猫が嫌うニオイである「柑橘系」の動物避け薬剤をドッグフードやキャットフードに撒き散らしたニオイだ。
「来たなモフ! こっちはあと半分だ! おりゃっ!」
横から噛みつこうとした犬を避けながら、ヴァイキングが状況を報告する。
「ここにはドーベルマンはいないな? 俺も上に登る。まかせた!」
「応!」
ヴァイキングの部下の大型犬たちも、次々に押し寄せる犬猫たちと戦闘中だ。
だが俺の狙いは魔王の四天王。ここは3匹に任せて、俺は階段を登る。
途端、上から降りてきたサバトラと鉢合わせする。
「モフ、3階にドーベルマンがいたから、悪口言って逃げてきたニャ!」
「よくやった、サバトラ」
俺が2階まで登り切ったとき、大部屋の真ん中あたりに「魔王の四天王」の1匹、ドーベルマンが立っていた。その周囲には、これまた強そうな犬たちが数十匹いる。
「な、なんだお前ら! ここが魔王軍の支部だと知ってるのかぁ?」
俺は一言も発さず、全速力でドーベルマン目掛け突進する。
ドーベルマンは焦りの表情を浮かべるが、一瞬で伏せ、俺に飛びかかってきた。
だが、遅い。
俺はヤツの動きに合わせ、頭を伏せたままドーベルマン目掛けて頭突きを喰らわせた。
「ギャイン!!」
ゴンッ! という鈍い音の後、ドーベルマンが絶叫する。周囲の魔王軍はその様子を見て怯んでいる。
着地した俺はすぐに振り返り、周囲に向けて「バウッ!」と大声で吠え、横目でドーベルマンを見た。
四天王のドーベルマンは、完全に沈黙していた。目は白目をむいていて、ピクリともしない。
まずは四天王を1匹倒した。だがもちろん、これで終わりのはずがない。
ヤツはどこだ。
「魔王の使徒」、俺の宿敵だったミニチュアシュナウザーはどこだ?
1階が片付いたのか、階段からヴァイキングと2匹の手下が登ってきた。
「やったのか、モフ! さすがだな」
「ああ。あとの奴らは任せていいか? 俺は上に行く」
「もちろん。『魔王の使徒』も頼んだぞ!」
俺はサバトラと一緒に2階から3階に向かう階段へ向かった。
だがその時。急激に、ビル内の空気が変わった気がした。
いや、気がしただけではない。何か俺の知らない、邪悪な気配を感じる。
幼犬の時には気づかなかった、いや最弱ポメラニアン時代には気づけなかった、ヤツの気配だ。
「待て、サバトラ!」
「二ャッ、どうしたのかニャ?」
階段の踊り場に、いつの間にか《《それ》》が立っていた。
「よぉ、ずいぶん大きくなったなぁ、ポメラニアン君」
六本木のペットショップ、ワンニャン王国にいた幼犬のうちの1匹。
そこから脱走した俺とプーを追ってきて、俺を倒した憎き犬。
「今は勇者モフとかいう名前だっけ? ハッ、偉そうな名前だ。単なる元人間の一般人風情が、勇者だとよ。テレビゲームのやりすぎじゃないのかい?」
粘っこい、イラつく喋り方もそのままだ。
そう、『魔王の使徒』が俺を見下ろしていた。
「そうだ! お前にまだ自己紹介をしたことが無かったな、モフ君。私の名前は『カール』だ。まあ今日限りでキミとはオサラバだから、覚えなくても構わんけどな、ハハハ!」
魔王の使徒、カールは哄笑し、さらに続ける。
「ハハハ。まさかとは思うけど、サモエドに進化したら魔王の使徒たる私に勝てる、とか思っていないよな?」
何だ、コイツのこの自信は。
ミニチュアシュナウザーは俺と同じく成犬になってはいるが、しょせんミニチュア、俺から見ると子犬ぐらいのサイズだ。
だが、もしかしたら。
チワワのくーちゃんのように、ものすごいパワーを秘めているのか?
ええい、ままよ。
俺は体制を低くし、低い唸り声を上げながら宣戦布告した。
「来い、カール。今日で決着をつけてやる!」
俺のそのセリフを聞き、魔王の使徒はニヤリと笑った、ような気がした。




