92 真王教の調査
俺とサバトラは、そのあとも部屋にいた犬や猫にいろいろ尋ねてみたが、どの動物もはかばかしい答えを返してくれなかった。
念のためプーの行方も尋ねたが、誰1匹として情報を持っていなかった。
だが、今はプーのことは後回しだ。
俺はこの「動物大聖堂」の家探しをはじめ、すぐに目的のもの、電話を発見した。ここの電話は、まだ黒電話だった。
説明しよう。
黒電話とはNTTの前身となる日本電信電話公社が提供していた、個人用の電話機である。黒い筐体のものが一般的に一番普及していたため「黒電話」と呼ばれるが、昭和後期に使われていた黒電話は「600型電話機」と呼ばれるものがほとんどである。
昭和生まれの人なら一度は使ったことがあると思われるが、平成中期以降に生まれた人は一度も見たことがないという人も多く、令和では骨董品とも言える電話機なのである。
サバトラが受話器を上げ、俺がダイヤルを回す。電話先は、あらかじめ何かあればここにと、パパさんに教えられていた番号だ。
電話が繋がるが、すぐに留守番電話に変わる。この時代、携帯電話を持っている人間は少ない。パパさんも例外ではなく、そのためメッセージを聞いて、あとで折り返しかけてくる、というのが一般的だった時代なのだ。
俺はメッセージに「パパさん、魔王に関する緊急情報あり。すぐにこの番号に折り返し願います」と動物語で吹き込み、サバトラに受話器を下げて電話を切ってもらった。
そのまま10分ほど待つと、黒電話に電話がかかってきた。サバトラが動物たちに聞き取った情報から、ここに人間は週に1度しか来ないらしい。となると、電話をかけてきたのは多分、パパさんだ。
サバトラに合図をして、受話器を上げてもらう。俺が一言「ワン!」と吠えると、電話をかけてきた人物は「モフか?」と言ってきた。間違いない、パパさんだ。
「もしもし、パパさん。いま俺、鎌倉にいるんだけど」
「緊急情報ってなんだ?」
「パパさん、突然だけど『真王教』って知ってる?」
「……何をつかんだんだ、モフ?」
「やっぱりね。俺とサバトラは今、真王教の動物大聖堂っていうところに潜入しているんだけど」
そこまで話したところで、パパさんはいきなり焦ったように言った。
「モフ、そこをすぐに離れるんだ! 頼むから、俺の言うことを信じて、すぐにサバトラとそこから逃げてくれ!」
そのパパさんの声に切迫したものを感じた俺は、すぐに指示に従った。
「わかった。いったん横浜に戻るね」
「今夜、いつもの場所で」
俺はサバトラに受話器を下げてもらい「サバトラ、パパの指示だ。逃げるぞ」
不審そうな顔のサバトラを振り返ることなく、俺は豪邸の外に飛び出す。サバトラも慌てて俺のあとをついてきて、門の扉のスイッチを開けてくれた。
俺は証拠をなるべく残さないようにと、サバトラに指示して、門を内側から閉めてもらい、塀を乗り越えてきたサバトラと共に駆け出した。
「ちょっと、どうしたのニャ? 急に逃げ出すなんて」
「俺、今まであんなに焦ったパパさんの声を聞いたことがない。きっとあの施設は、何かとてつもないヤバい闇がありそうだ」
「ヤバい闇ニャって?」
とにかく今は、この場を離れよう。パパさんの心配が現実にならないように。
◇◇◇
山下公園に到着したのは1月2日の夕方。
走り詰めだったサバトラは、すでに虫の息で白目を出してくたばっている。
俺も二日連続の4時間マラソンで、正直ぐったりしていた。
「チュン太から戻ってきたと聞いたぞ。お主ら、何があったのじゃ?」
でっぷりと太った体を揺らせて、賢者ソースが尋ねてきた。
「ソース様。実は、かくかくしかじか……」
疲れ切っていた俺は、失礼ながら横になったまま、鎌倉であった一部始終をソースに話した。
「真王教が、のう……」
俺の話で考え込む賢者ソース。やはり、何かあるらしい。
「佐藤さんが今夜来るのじゃな? そこで彼から説明があるだろうから、我の話はその時で良いかの?」
「はい、構いません。それまでちょっと……寝てていいですか?」
「さぞかし疲れたであろう。わかった、お前とサバトラの護衛を頼んでおくから、護衛が来たら夜まで休むが良い」
さすが賢者様、話がわかるぜ。俺はしばらく護衛を待ち、中型犬が2匹来てくれたのを確認したあとに眠りについた。
「モフ、待たせたね」
目を覚ますと、あたりはもう真っ暗だ。俺が寝る前と唯一変わらないのは、白目をむいてくたばっているサバトラの半死体だけだった。
「とにかく、何事もなくて良かった。サバトラくんも、ただ眠っているだけみたいだしね」
「はい、コイツはいつもこんな眠り方なんで」
他の人が見たら、サバトラの寝方は明らかに猫の死体そのものに見えるのだ。
「モフよ、概要は我から佐藤どのに説明しておいた」
「助かります、賢者様」
「モフ、知らなかったとはいえ、本当に危ないところだったよ」
「何が、そんなに危ないんですか? 動物たちはみんな、自分の意思があまりないような感じで……あっ、もしかして!」
そこまで言って、俺はある仮説を一つ思いついてしまった。
「あの動物たちの餌に、何か秘密があるのではないですか?」
「うん、多分それもあるだろう。けど、僕が君たちに逃げるように指示したのは、他にも理由があるんだ」
その理由をパパさんから聞いた時の俺の驚愕は、ポメラニアンに生まれ変わってから最大のものとなった。
「真王教という名前は、実は教団が外部に向けて発信するときの名前なんだ。真王教、その本当の名前は、
真王教、というんだ」
まおう教……その言葉の響きは、たぶん偶然ではない。
真王教とは『魔王』の教え、つまり魔王が支配する宗教団体なのだ。




