89 サバトラとモフの恋バナ
山下公園での会談から二日後。
俺はサバトラと一緒に、港の見える丘公園で日なたぼっこをしながら、旧交を温め合っていた。
この日は12月31日。激動の平成元年もまもなく終わりだ。
会談のあと、柴犬の豆之助は賢者ソースと一緒に横浜中華街の店でお世話になることになった。昨日聞いた噂では、とにかく出された中華料理を片っ端から食べているらしい。柴犬の太っちょ化は待ったなしの状況だ。
そして佐藤パパさんは、俺にある情報をもたらしてくれた。
それはもちろん、湘南第4地区にいるというプーの情報だ。パパさんの『組織』に調べてもらったのだが、結論から言うとあまり大した情報ではなかった。
鎌倉大仏殿の参道を、似たような犬を連れた男性が歩いていただの、長谷寺の近くで女の子が似たような犬と散歩していたらしいだの、あまり頼りになる情報ではないのだ。
「でも、その女の子が連れた犬っていうのがちょっと可能性高そうだけどニャ」
「まあね。とりあえずそこから探してみようかな、って思ってる」
パパさんは「1月3日に迎えにくる」と言い残して、どこかへ消えていった。詳しくは話してくれないが、たぶん『組織』の仕事があるのだろう。
ちなみに家族には「モフの怪我を治すため、動物温泉治療にでかけている」ということになっているらしい。
「つまり、明日から本格的に探すとして、あと3日しかないニャ。そんな短い期間で、1匹の犬を探すのは難しいと思うけどニャ」
「まあ、焦っても仕方ないよ。ゆっくり探すさ」
「そこがモフの甘いとこだニャ!」
突然、すっくと立ち上がったサバトラは、俺に顔を近づけた。
「そんな悠長なことを言っていたら、好きな女は他の男に取られてしまうニャ! 男はとにかくガンガン行くしかないの二ャ!」
うーん、その考えは実に昭和的だなぁ。今は平成元年だけど。
プーは令和時代の女子大生だから、あまりガンガン行きすぎると引いちゃうような気もするんだけどなぁ。
「まあまあ。で、サバトラ自身はどうなんだよ。三毛猫の、ロイエンさんだったっけ? たまに会ったりしてるのか?」
賢者と俺とサバトラが進化の秘宝を求めて旅をしていたとき、大船駅で出会ったという、オッドアイの三毛猫。大船から離れる時、たしかサバトラはこんなこと言ってたっけ。
「ロイエンさーん、僕、もっと強くなってあなたを奪いに来るニャ! とかなんとか言ってたよな」
「奪いに来るなんて言ってないニャー!!」
ぷんすか怒りまくるサバトラ。あー、こいつをからかうのは本当に楽しいな。
ひとしきり怒った後、落ち着いたサバトラがつぶやいた。
「確かに一度だけ、大船でも聞き取りをしたニャ。でも、ロイエンさんは用事があるらしくて、その日会うことができなかったんニャよ……」
オス猫とデートしてたんじゃね? と軽口を叩こうとしたが、これ以上怒らせても仕方ないのでやめておいた。
「なあモフ、僕、どうしたらいいのかニャ。遠距離片思いはつらいニャ」
「うん、確かになぁ……」
考えてみれば、俺もサバトラと同じく遠距離片思いだ。しかも俺の場合、プーの居場所すらわかっていないのだ。
「もし、プーさんを探し出せたら、モフはどうするのかニャ? プロポーズするのかニャ? その場合、どこに住むのかニャ? 飼い主はどうするニャ?」
「うーん。正直、そこまで考えてなかったな。俺の場合、飼い主の佐藤さんが理解あるから、なんとかなるかなー程度しか思ってなかったよ」
「僕、大船に引っ越そうかニャ……」
片思いのメスのことで悩みながら、港の見える丘公園で黙り込むオス犬とオス猫。なんだかシュールな光景だと自分でも思う。
「そうだ、いいこと考えたニャ!」
「おい、いきなり大声出すなよ。びっくりするじゃんか!」
「すまんニャ。でもいいことなんだニャ。僕、モフの恋が成就するように精一杯手伝うよ。その代わり、モフも僕とロイエンさんのこと、協力して欲しいニャ!」
その提案を少し考えてみて、俺は思った。確かにサバトラの言う通り、あまり損はない提案かもしれない。俺はプーを探すのに猫の手も借りたい状況だしね。
「わかった、サバトラ。じゃあ早速明日から、プー探しを手伝ってくれるか?」
「ニャ? 明日は正月で寒そうだから、僕にはこたつで丸くなるという予定があってニャ……」
「あ、そう。サバトラくんって冷たいんだ。サバトラは冷たいオス猫だって、大船あたりの友人によーく話しておくよ
「それは止めて欲しいニャ! 仕方ないニャア……」
よおし、プー探しの強い味方をゲットだぜ。
◇◇◇
翌日、平成2年(1990年)元日。
俺とサバトラは、賢者ソースと豆之助、チュン太に新年の挨拶を済ませた後、鎌倉に向けて一路駆け出した。
待ってろよ、プー。もし会えたら……俺はキミにプロポーズする。
これが俺の、新年の誓いだ。




