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転生最弱ポメラニアン、魔王を倒す  作者: キサラギトシ
第五章 ポメラニアンと魔王の邂逅
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87 山下公園の会談

 平成元年(1989年)12月29日、朝。

 この日から宮内庁は年末休暇に入り、佐藤パパさんは1月3日までお休み。

 ちなみにこの日は、日経平均株価が過去最高を記録し、バブル時のピークと言われた日だが、一介のポメラニアンである俺にはまったく関係のない話だ。


「えー? 私も行きたい、横浜!」

「パパ、ボクも行きたい!」


 連れていきたいのは山々だけど、この日は横浜に潜伏している賢者ソースと、大事な話がある。佐藤パパはなんとか子供たちを宥めすかし、俺を助手席に乗せてBMW320iを走らせた。


 環八から第三京浜に入ると、車の流れが突然スムースになる。

 パパさんはカーステレオのスイッチを入れると、カセットテープを差し込む。パパさんの最近の好みである、Winkの「淋しい熱帯魚」が軽快なリズムとともに車内に流れた。


 説明しよう。

 Winkとはこの1989年にブレイクした二人組の女性アイドルデュオで、フジテレビ系のドラマに使われた「愛が止まらない」が大ヒット。勢いに乗って出した次のシングル「淋しい熱帯魚」はこの二日後、日本レコード大賞を受賞するほどのメガヒットを記録するのである。


 俺もこの曲、人間時代は友人とカラオケでよく歌ってたよな〜と思い、口ずさんでみる。


「ワワンワーン(Heart on wave)ワワンワアーン(Heart on wave)」

「ハハハ、モフ、犬の口でWinkを歌うのはちょっと無理があるんじゃないか?」


 いいんだよ、俺が楽しければ!

 来年は別の犬として、歌手デビューでもしてみようかな?


 ◇◇◇


 到着したのは、山下公園。

 ああ、懐かしい。前世の人間時代も、大人になってからはあまり横浜には用事がない限り来なくなったていたし、それこそ学生時代から一度も来ていない公園かもしれない。


 最後に来たのは……ああ、高校時代の同級生の女の子と花火大会見に来た時以来か。あの子、医者の娘だったな。ちゃんと捕まえておけば良かった……


「モフ、どうした?」

「ワフン!(なんでもない!)」


 いかんいかん、前世の邪念がむくむくと湧いてきていた。

 今は魔王のことに集中しなくては!


「パパさん、なぜ山下公園に?」

「うん、賢者ソースとサバトラは、この辺りを根城としているらしいんだけど、魔王軍にバレないように毎日居場所を変えているらしいんだ」


 はー、結構大変な生活だなぁ。体力がない賢者にはキツい暮らしじゃなかろうか。

 と、小さな羽音が聞こえたかと思うと、佐藤パパの方に一羽のスズメが留まった。もちろん、チュン太だ。


「よく来たチュン。まもなく、賢者様とサバトラが来るチュンよ」

「ありがとう、チュン太」


 あれ? 俺の見間違いでなければ、チュン太、少し肥えてないか? なんだかまるで茶色いいシマエナガみたいに、まん丸く見えるけど……


「お待たせしてすまんのう、佐藤どの」


 重々しい声とともに、2匹の犬猫が走ってきた。

 猫はもちろんサバトラだ。でもって、もう1匹は……だれ?


 見た目は、フレンチブルドッグだ。色も、覚えているままの真っ白だ。

 だがその体格は、俺の記憶にあるそれではなかった。


 巨体、というか、ありていに言えば太ってる。デブ犬がそこにいた。


「勇者モフよ、久しいのう。お主の活躍、聞いたぞ」

「……ええと、賢者ソース様、で?」

「もちろんじゃ! 我が賢者ソース以外の何者に見えるというのだ?」


 いや見えないよ! 確かに子犬から成犬になったけど、昔の可愛らしい面影はもうないよ! 太りすぎだよ、なんでだよ?


「……ええと、ずいぶんと恰幅がよろしくなったようで……なんで?」

「ソース様は、中華街のオーナーに気に入られて、そこで毎日たらふく食べて太っちゃったん二ャ。はっきり言って、だらしないニャ」


 こちらは見た目全く変わらないサバトラ。なんだか恨めしそうな目でソースを見ている。

 そうか、お前はあまりたくさんご飯が食べられない生活をしていたのか……かわいそうに。


「まあ、良いではないか。我は前世でも太っておったしな。この体の方がなんだか安心できるぞ」


 いや、中華料理をたらふく食べるフレンチブルって何なんだよ。


「賢者様、お元気そうで」


 佐藤パパが丁寧に頭を下げる。パパさん、良いんだよこんなデブ犬に頭下げなくても!


「佐藤どの、さっそくじゃが、寒いが少し氷川丸の方まで移動せんか?」


 佐藤パパ、俺、賢者ソース、サバトラとチュン太は、山下公園に係留されている「氷川丸」の近くに移動し、空いているベンチに座った。


「それで賢者様、魔王の四天王、他の2匹の情報を得たとチュン太から報告がございました。また、魔王が政権の転覆を狙っているとも。その件、詳しくお話いただけませんか?」


 パパさんが本題を尋ねる。


「それなんじゃがな。まずは四天王の話じゃ。サバトラ、頼む」

「分かったニャ。……ソース様、ちょっと麻婆豆腐くさいニャ!」

「すまんすまん、朝飯が麻婆茄子だったもんでな」


 そんなもん、犬が食って良いのかよ……


「モフは、そのうち1匹はよく知ってると思うニャ。ボクはこの横浜周辺で、いろんな動物に『四天王って知ってるか?』と何ヶ月も聞き込みしてたニャ。中華料理も食べず、ひたすら聞き込みしてたニャ」


 発言にちょいちょい賢者への恨み言が混じっているのが気になるけど、サバトラが活躍していたのはよくわかった。


「俺がよく知っているというと、もしかして……」

「魔王の使徒、だニャ。ミニチュアシュナウザーが、魔王四天王のリーダーも兼ねていたのニャ」


 俺の脳裏に、六本木のテレビ朝日での戦いが蘇る。あいつのせいで、プーと離れ離れになってしまった。まだ最弱だった俺は、奴に手も足も出なかった。とてもにがく、苦しい思い出だ。


「あのミニチュアシュナウザーか。まさかあの犬が、魔王の四天王だとは……」


 最弱だった俺よりは強かったが、あのチベット犬の黒煙や、ツキノワグマの球磨嵐をも従えるリーダーだとは、とても想像できない。


「サバトラくん、なぜシュナウザーが四天王だとわかったんだい?」


 佐藤パパが尋ねると、サバトラは大きく息を吐きながら答えた。


「はっきりいって、手がかりはゼロだったニャ。ほとんどの動物は四天王どころか、魔王のことすら知らないし、ほんと困ってたニャ。でもある日、ぼくのところにわざわざ教えにきてくれた親切な犬がいたのニャ」

「親切な犬? それは信用できるのか?」

「ぼくもそう思って、その犬と一緒に、教えられた場所に行ったのニャ。そしたら、そこは魔王軍の支部だったのニャ」


 魔王軍の支部だと? そんなものがあるのか、横浜には。俺は少しだけだが、体が震えるのを感じた。それは年末の寒さから来るものか、それとも俺のビビりから由来するものかはわからなかったが。


「その犬と一緒に潜入した建物には、100匹ほどの動物がいたのニャ。そこで演説をぶっていたのが、ミニチュアシュナウザーだったのニャ」

「そこでは、どんな演説をしていたんだい?」


 佐藤パパが尋ねる。サバトラは真剣な表情でその問いに答えた。


「まもなく、魔王が覚醒する、と言ってたニャ」

「魔王の覚醒……ということは、まだ魔王は目覚めていないと?」

「見張りに見つかりそうになって逃げたので、全部は聞けなかったニャ。でも、たぶん佐藤さんの言うとおり、目覚めてないっぽいニャ」


 目覚めていない魔王が覚醒したら、いったい何がどうなるんだろうか。

 だが少なくとも、必ず俺たち動物軍にとって不利なことになるのは間違いないだろう。


「そうですか、わかりました。それで、もう1匹の四天王というのは?」

「もう1匹は、魔王の使徒と一緒に壇上に上がっていた黒い犬だと聞いたニャ。おっそろしいドーベルマンだったニャよ……」


 説明しよう。

 ドーベルマンはドイツ原産の短毛の大型犬で、筋肉質で強そうな体つきが特徴で、そのスタイルから「犬のサラブレッド」とも呼ばれる。非常に頭の良い犬でもあり、軍用犬や警察犬にも使われる優秀な犬なのである。


「なるほど。モフ、対ドーベルマンの戦いをシミュレートしておかないとだね」


 やだなぁ、ドーベルマンは顔が怖いから苦手だよ……


「ところで、サバトラくんに協力してくれた親切な犬って、何者なんだい?」

「ああ、佐藤パパさんも警戒しますよね。そう思って、今日は来てもらっているのニャ」


 サバトラは言うなり、大声で「ニャーーーゴ」と鳴いた。

 それを聞いたのか、遠くから1匹の犬がこちらを目指して走ってくるのが見える。驚いたことに、その犬は俺が最近会ったばかりの犬だった。

 その犬は、俺たち全員の前に立つと、落ち着いた声で挨拶をした。


「ねえ、みんな知ってる? ボクは予知能力のある犬、豆之助というんだ。覚えておいて損はないよ」


 それは駒沢公園で偶然出会った柴犬、ワンニャン王国出身のアホ犬だった。

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