86 秘密組織と内偵
パパさんと家に戻り、家族が寝静まったあとのリビングで、パパさんと向き合う。話題は、俺が売られていた六本木の「ワンニャン王国」についてだ。
「で、ご主人様。ワンニャン王国がどうしたんですか?」
「パパさん、俺のこと『ご主人様』って言うのやめてもらっていいですか? モフ、でお願いします」
「ああ、そうだねモフ」
にこやかに微笑む佐藤栄三さん。これでなんとなく話しやすい雰囲気になった。
「さっき、多摩川17地区のくーちゃんに話を聞きに行ってたんです」
「ああ、海老名さんご夫婦のチワワ戦士くんか」
そうか、あの老夫婦、海老名さんとかいう苗字だったっけ。いろいろありすぎてすっかり忘れていたよ。
「そうです。くーちゃんが言うには……」
俺はパパさんに、魔王の使徒であるミニチュアシュナウザーと、ワンニャン王国の店長の犬飼さん、そして動物医の髭田先生が、同じような「嫌な臭い」をしていた記憶がある、という話を伝えた。
「魔王の使徒と、犬飼店長が……? そうか、俺は元・犬だけど、今は普通の人間だから、それは気づかなかった。……そうか、やはりか」
「やはり、って、もしかして、何か知ってるんですか?」
「ああ。実はあのペットショップは、僕が所属している『ある組織』が内偵をしている場所なんだ」
また出た、その『ある組織』って何なんだろう? しかもすでに、ワンニャン王国に内偵を始めているって?
「内偵って……あ、もしかして、女性店員の猫田さんですか?」
動物医の髭田先生の大ファンで、ごく普通の店員さんに見えた猫田さん。俺が心を読んでも、内偵ができるほどの優秀な感じには見えなかったけど。
「いや、猫田さんはワンニャン王国の普通の社員だった」
「社員『だった』? もう辞めちゃったんですか?」
「そうだ。うちの組織が内偵を進めるため、猫田さんには辞めてもらった」
なんだか怪しい話になってきた。佐藤パパさんが所属しているという『組織』って、もしかして反社会的な組織じゃないだろうな。六本木という土地柄、なんだかキナくさくなってきたぞ。
「あ、誤解しないでよ、モフ。別に変な意味じゃない。単純に、他のペットショップに引き抜いてもらったんだ。僕たちの組織から頼んで、ね。で、猫田さんの代わりに店員として潜入したのが、ウチの組織の人間なんだ」
うう、結構マジなスパイものみたいな話になってきたぞ。なんだろう、組織って。すごく気になるんですけど。
「でもね、モフ。その『髭田先生』っていうのは盲点だった。さっそく髭田先生のことも組織には伝えておくよ」
「ねえパパさん、何でワンニャン王国を内偵してるの?」
答えてくれないかもな、と思ったが、パパさんは肩をすくめてすんなりと話してくれた。
「君には少しだけ伝えておくよ。君は魔王に対抗できる、唯一無二の勇者だからね」
そんなこと言われると、照れるというより、恐縮してしまう。四天王の黒煙は倒せたが、球磨嵐には歯が立たなかった。パパさんがあの時助けてくれなかったら、俺は2度目の死を迎えていたのは間違いない。
「実はあのペットショップだけど、ある団体によって経営されているお店のひとつなんだ。その団体はね、いま『組織』が一番危険視している団体なんだ」
ある、団体。それは一体、どんな団体なんだろう。企業でも組織でもなく、団体という表現が気になる。
「その団体は、多分というかほぼ間違いなく『魔王』の息がかかっているんだ」
突然、スパイものの物語からファンタジーに舵を切った感じがした。
整理すると、佐藤パパさんの所属する『組織』は、ある『団体』を危険視し、団体が経営しているワンニャン王国に内偵を進めていると。
そしてその『団体』には『魔王』の息がかかっている、ということらしい。
「魔王の息がかかっているって……どういうことですか?」
「実は、まだわかっていないんだ。魔王の正体も、その団体が魔王からどのような力を得ているのかも。その団体は、うちの組織でもなかなか手が出せない種類の団体なので、慎重にことを進めている最中だ」
パパさんがわからないことは、俺にもわかるはずがない。
「だからこそ、賢者ソースとサバトラくんには、動物の目で魔王を探ってもらっていたんだ。あの二人はごく普通の、何の能力もない犬猫だからね。魔王軍に感知されることもないし」
なるほど。そして賢者様とサバトラは、何らかの手がかりを見つけ、パパさんと俺に助けを求めている、ということなのか。
「わかりました。もし何か新しいことがわかったら、また教えてくださいね」
「もちろんだよ、モフ。ところで、横浜行きの話だけど」
「はい」
俺は居住いを直して話を聞く。
「12月29日、この日は僕が宮内庁を休める日だ。組織と相談し、その日なら横浜に行っていいことになった」
「パパさん、宮内庁の人は、パパさんが『組織』に入っていることは知らないんですか?」
「いや、一部の上層部の人間は知っているが、現場レベルの人間は知らない。僕はあくまでも宮内庁の人間ということになっているから、宮内庁が休みの日でないと活動できないんだ」
うーむ、国家公務員って大変そうだし、しかも組織の活動もあるって凄いな。俺の飼い犬だったモップ、つまり佐藤パパって、改めてすごい優秀なんだなぁと思う。俺の人間時代よりはるかに優秀じゃんよ……
「わかりました、12月29日ですね。進化の秘宝は持っていきますか?」
「ああ、これからは常に携帯しておいてくれ。アフロディーテ姫には僕から伝えておくよ」
「助かります。あと、これはちょっとプライベートなお願いなんですが……」
「なんだい? 珍しいね、モフがそんなお願いするなんて」
恥ずかしいけど、今がチャンスだ。お願いしてしまおう。
「実は俺、好きな犬がいて……」
言いながら、顔がポッと熱くなってしまう。犬も照れるとこうなるんだ、自分でも初めて知ったよ。
「ほお?」
「その犬が、あの、湘南第4地区に住んでいて。夢の中で、俺に探して欲しいっていうので、あの、その……」
佐藤パパさんの顔がだんだんニヤニヤと変化している。くそっ、こちとら真面目に話しているんだぞ、モップのアホ、ちゃんと聞け!
「つまり、横浜に行ったついでに彼女に会いたいと。チャトランとナツキくんにモテモテのモフくんには、心に決めた彼女がいると、そういうことかなぁ?」
「ああそうだよ! 悪いんすか!」
ついにキレてしまった。くそっ、元おっさんなのに、こういう恋バナは苦手だぜ。マジ恋は照れまくってしまうぜよ。口調も変になっとるがな。
「いいよ。湘南第4地区は確か、鎌倉市全域だったかな」
「へっ?」
「わかった。組織の力で探しておこう。そのワンちゃんの特徴を教えて」
なんともあっさりと、パパさんは協力を約束してくれた。俺はキレてしまったことを謝り、パパさんに俺の心の恋人、プーの特徴をこと細かに伝える。
「……で、トニカクカワイイ犬です。それで」
「わかったわかった! もういいよ、モフ。十分わかった」
あれ、なんだかプーの可愛さを数分間力説していたような、あれ?
「モフとそのプーの子供は、さぞかしカワイイ子犬になるんだろうなぁ」
「ちょっとパパさん!」
もう、パパさんは親切なのか意地悪なのかよくわかんないぜよ!
とにかく、俺とパパさんは12月29日の横浜訪問に向けて、互いに準備を進めることにして、その日は眠りについたのだった。




