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転生最弱ポメラニアン、魔王を倒す  作者: キサラギトシ
第四章 勇者犬、芸能界デビューする
72/144

72 土俵上の惨事

土俵上に二匹の犬が上がる。

チベット犬は涼しい顔で、一方の土佐犬は怒りの表情で。

土佐犬は一声「バウッ」と吠えると『魔王の四天王』黒煙(ヘイヤン)を睨みつけ、語り出した。


「おい、魔物くせえ犬。俺の血統はな、代々お前ら魔物を倒してきたんだ。『土佐の血風犬一族』って聞いたことあるだろう?」


へえ、そんな一族あるんだなぁ。ということは、この土佐犬さんは元人間とかではなく、ずっと犬の伝統ある一族ってことか。

だが、黒煙(ヘイヤン)は鼻息をフッと一息吐いた後、一言だけつぶやく。


「知らんなぁ」


土佐犬は一瞬怒りの形相を浮かべたが、自制したらしく、すぐに表情を戻す。


「まあ、せいぜい強がるが良い。お前は闘犬の現場を見たことがあるか? この牙で、自分で強いと思っている犬どもを屈服させるのが俺は好きでな」


俺は人間時代、闘犬を直接見たことはない。令和時代になる頃には、動物愛護だのコンプライアンスだので、闘犬の取組をテレビで見ることはまったく無くなっている。


だが、土佐犬の彼が言っていることは本当だろう。体中に刻まれている、いかにも歴戦の戦士だと感じさせる傷跡。しなやかで、かつ力強そうな全身の筋肉。言葉だけでは無く、間違いなく強いだろう。


あの黒煙(ヘイヤン)の実力はいまだにわからないが、あの土佐犬ならいい勝負をする、または勝つことができるのではないだろうか。そう俺は思ったのだが……


「いよいよ、どうぶつ大相撲、大型犬の部、決勝!」


会場アナウンスの声に、歓声が会場に巻き起こる。ザ・闘犬といった、いかにも強そうな趣の土佐犬。相手はたてがみを持った、巨大な真っ黒いチベット犬。

きっといい試合になるだろうという期待が、どの観客の顔にも浮かんでいた。


「それでは、はっけよーい……」


ごくり。いよいよ取組だ。魔王の四天王の実力を、今度こそしっかり見ておかなければ。


「のこったぁ!」


行事の軍配が翻されると同時に、土佐犬がチベット犬に襲いかかった。土佐犬の牙が、チベット犬のたてがみに喰らいつかんとしている。意外なことに、チベット犬は微動だにしない。


ガブリッ! 土佐犬の凶暴な牙が首筋に喰らい付いた。

「キャー!」と最前列で見ていた女性の観客が悲鳴を上げる。


だが、チベット犬は涼しい顔で、首筋に喰らいつかれたままジロリと土佐犬を見る。


「はぁ。思った以上にガッカリだな、お前」


ガウッ、と言いながら土佐犬が一旦離れ、1メートルほど離れて大きく吠えた。


「お前、なんだ? その体の硬さは」


体が、硬い? あの土佐犬の噛む力、咬合力(こうごうりょく)は、多分犬の中ではトップクラスだろう。その力でも、黒煙(ヘイヤン)に傷を与えられないというのか?


「大きな口を叩いた割には、だな。もう飽きた」


黒煙(ヘイヤン)の冷たい一言に、土佐犬が怒りの形相を浮かべる。


「飽きた、だとぉ?」

「死ね」


そこから先は一瞬だった。黒い風が動いた、と思った次の瞬間。

チベット犬の牙は、土佐犬の喉笛に深く食い込んでいた。

そして吹き出す、鮮血。


「きゃあああ!」

「やめろぉ!!」


慌てたスタッフや土佐犬の飼い主と思しき人たちが、土俵上に上がり、2匹を引き離そうとする。黒煙(ヘイヤン)はその人たちに触られる直前、身を翻し、土佐犬から離れる。


土佐犬は首から血を吹き出しながら、どう、という音を立てて土俵上に倒れ込んだ。目の焦点が合っていない、いや、目が濁っている。これは、もう……


◇◇◇


試合後、周辺にいるスタッフからはこんな心の声が聞こえてきた。


――このブロック、放送できないじゃん――


――強引にねじ込まれた犬が、とんでもないことしてくれたな――


ねじ込まれたということは、元々この番組に出演する予定はなかったということだろう。黒煙(ヘイヤン)の飼い主、恭子さんという人は、一体何者なんだろう?


青葉ママさんは、今の試合が怖かったらしく、さっきから俺を胸に抱きしめている。奥さん、胸が……という気持ちにも今はなれない。


あのチベット犬には、勝てる気がまったくしない。

つまり俺たち動物軍では、四天王1匹も倒すことができそうにない。


つまり俺は俺で、絶望的な気分だったのだ。

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