40 魔王との激闘
右前足にひっかき傷を抱え、苦しそうな顔でガスカルを睨むウシダ師匠。
それとは対照的に、余裕の表情を浮かべる魔王ガスカル。
たぶんだが、さっきウシダがやった木からの跳躍の勢いを足したキック攻撃が彼の必殺技だろう。あれが効かないとなると、もうウシダに勝ち目はない。
いったい、どうすればいい? 俺が家から持ってきた《《アレ》》を使うか? ダメだ、アレは不意打ちにしか使えない。そもそも、あんな頑丈な魔王にトドメを刺せるようなシロモノではない。
万事休す。
ウシダは体勢を低くし、再び攻撃体制に入るが、ガスカルは油断なくその姿を見つめ、前足の爪を浮かせた。
だがその時。よく通るテノールの声が遠くから聞こえてきた。
「待つのだ、ウシダ。我が助太刀しよう」
真っ白なフレンチブルが短い尻尾をぷりぷりさせながら、ウシダとガスカルの間に割り込む。賢者ソースだ。
「来い、臭く汚らしいアライグマよ」
「はっは〜。随分と可愛らしいワンちゃんがやってきまちたね〜」
ガスカルは完全に賢者ソースのことを舐め切っている。
あれ、でもソース様って武力はほとんどないんじゃなかったっけ? 魔法とかはもちろん使えないし、できるのは「予知」だけだと言っていたはずだが。
と、ソースは俺の方をチラリと見やり、何かを咥えるような仕草をして、魔王の方に頭を振る。
これはきっと、俺に《《アレ》》を使えという合図だ。
俺はこの場所に到着するなり、草むらの影に隠しておいたアレを取り出す。
「じゃあ、助太刀してくれる可愛いワンちゃんから血祭りに上げてやるか!」
クワッと牙を見せ、体を低くして構える魔王ガスカル。俺は気づかれないように、こっそりその後ろ側に回り込む。
と、賢者ソースはいきなりガスカルに向かい飛びかかった。予期していたかのように、牙をむいて襲いかかるガスカル。
「今だ、モフ!」
俺は《《アレ》》を咥えたまま、ガスカルに向かって飛びかかった。だが。
「もう1匹のワンちゃんも死にたいようだな?」
ソースと交差する寸前、ガスカルは前足でステップを踏み、俺の方に飛びかかって右足を振るってきた。くそ、気づかれていたか!
ガスカルの爪が、俺の顔面左側にクリーンヒットする。
「ギャン!」
激痛が俺の顔に走る。そして俺の《《アレ》》は、袋の中身をぶちまけた。
「ハァ? これは何だ?」
袋の中身がガスカルの顔にかかると、魔王は突然、大きな叫び声を上げた。
「ぐわあああ、痛っ、いだだだだ!」
袋に入れて俺が持ってきた《《アレ》》とは、一味唐辛子だ。
犬もそうだが、アライグマは嗅覚が鋭い。そのことを知っていた俺は、アライグマと戦う時に役に立つこともあるかもと思い、賢者ソースと相談していた。
「そうだな、敵の動きを止めることはできるだろう。我が使うタイミングをお主に伝えよう」
顔中にかかった一味唐辛子は、魔王ガスカルの目や鼻に入り込み、激痛をもたらしている。効果は抜群だ。ママさん、勝手に一味唐辛子もらっちゃってごめん、でも役に立っているよ!
地面に転がり、もがき苦しんでいるガスカル。でも、これではいずれ復活する。何か、トドメを刺す方法はないのか?
すると、賢者ソースが大声で叫んだ。
「今じゃ、お前の全力を見せてみろ!」
その言葉と同時に飛び込んできた、黒と白の小さな生き物、それは。
第17地区の乱暴者、黒白チワワのくーちゃんだ。
「ガアアアアッ!」
その声で魔王ガスカルがチワワに気づき、苦しみながらも右前足を上げ、鋭い爪を振り下ろした。くーちゃんはそれに構わず突進する。
まずい、ガスカルの攻撃の方が速い。
だが、振り下ろされたガスカルの右足は、くーちゃんの突進に跳ね返されたかと思うと、くーちゃんの全力の突進がガスカルの胸にクリーンヒットした。
グボォ。
何かが潰れたような鈍い音がしたあと、1メートルほどあるガスカルの巨体が宙に舞った。それは、俺がくーちゃんに突き飛ばされた時と威力が違う。
ガスカルは大きく放物線を描き、10メートル程の地面に叩きつけられたかと思うと、身動き一つしなくなった。
賢者ソースはすぐにガスカルの元に走っていくと、周りの動物たちに大声で叫ぶ。
「アライグマども! お前たちのリーダーたる魔王ガスカルは息絶えた。大人しく降参せよ!」
周囲の動物たちから勝ち鬨の歓声があがる。反対に残っていたアライグマたちはその場にうなだれた。
俺もすぐにソースとウシダの元へと走って行った。
「やりましたね、ソース様、ウシダ師匠。魔王、倒しましたね」
だが、ウシダは浮かない顔でポツリと言う。
「アライグマのガスカル、あれは魔王ではない。魔王の使徒にすらなることができぬ、単なる小物に過ぎん」




