28 昭和時代最後の日
この時代の生き物の中で、ポメラニアンの子犬であるモフ、つまり俺だけが知っていることがある。
この日の翌日、「昭和時代」が終わりを告げること。それに伴い「魔王」が復活することを。
大猫チャトランの使いがやってきたのは昼過ぎのことだった。俺が普段寝ているケージはリビングの壁際にあるのだが、外からオス猫の唸り声が聞こえてきたのだ。
ウミャーーーゴ!(ウシダ師匠が戻られた。夜10時、集会所に来い)
ワンワン!(わかった。必ず行く)
「どうしたのモフ。猫とお話してたの?」
おかっぱ頭の小学生、風太くんが俺に話しかけてきた。そうですよ風太くん。人間の知らないうちに、動物たちは動物たちでコミュニティを築いているのですよ。
◇◇◇
家から脱走を試みるのは二度目だ。だがこの日は簡単に出ることができなかった。リビングと玄関前の廊下のドアがキッチリ閉まっていたのだ。
俺は必死に飛んでドアノブを回そうとしたが、子犬である俺にはそもそも届かない場所にドアノブがある。
いろいろ試しているうちに、時計の針は夜10時を回ってしまった。マズイ、今日集会に出ておかないと、情報が得られない。
困っていると、なんとドアがスーッと開いた。ヤバい、家族の誰かが起きてきたのか? とソファの影に急いで隠れる。
すると、ドアの影から灰色と黒と白の縞になった猫が現れた。あの猫は……アメリカンショートヘアだ、カワイイ!
「モフ様、お迎えに参りました。私はチャトラン様の使いで、サバトラと呼ばれております」
サバトラ、ね。縞柄の猫にありがちな名前だけど、まあ昭和のセンスならこんなもんか。むしろ覚えやすいし、いいかもね。
夜の闇の中を駆ける猫とポメラニアンは、5分ほどで動物たちの集会所である送電線の下の広場にたどり着いた。
この日の動物の数は、100匹ほどいた前回の比ではなかった。
多摩川の土手を超えた瞬間、ここはフジロックフェスの会場か!と思うほど動物が集会所を埋めつくしていた。
犬は野良犬だけでなく、明らかに飼い犬と思われる首輪をつけた犬が数十匹。猫は200匹以上はいるのではないかと思うほどで、送電線の鉄塔や近くの木の上にも登っている姿が見える。
さらにカエル、ヘビ、スズメ、ハト、数多くの野鳥……この辺りに住む小動物がすべて集まったと言われても信じられるほどの数だ。
小動物すべてて、1000匹以上はいるだろう。
その中心であるステージ、つまり段ボール箱の上には、大きなカエルと真っ白いフレンチブルが載っている。
「やっと来たの、モフよ」重々しくウシダ師匠が言った。
「すみません、ちょっと電車が遅延しちゃって」
後ろからポカっと猫の女帝チャトランにはたかれた。ちょっとした冗談なのにね。
「では、はじめようか」フレンチブルの賢者ソースが通りの良いテノールボイスで語り出した。
「多摩川18地区の動物たち、今宵はよくぞ集まってくれた。まずは礼を言おう」
ここって多摩川18地区なんだ。動物たちってそんな区分けしてるんだね。結構ちゃんとした組織になっているみたいで俺は驚いてしまった。
そんな俺の感慨とは関係なく、賢者ソースの話は続く。
「我の予言によると、まもなく魔王が復活する。だがその正確な時は我にはわからぬ。だが、ここにそれを知るであろう1匹のポメラニアンがおる。名前はモフだ」
いきなり話を振られて驚く俺。1000匹以上はいると思われる動物たちの目が一斉に向けられ、ちょっと恥ずかしい。いやん。
「このモフは、人間の生まれ変わりだ。しかも、数十年後の未来からやってきておるらしい」
動物たちがざわめく。ゲコゲコ、ワンワン、チューチュー、ニャーゴと周りが騒がしくなった。そのざわめきを抑えるかのように、賢者ソースが言う。
「モフよ。お主はこの昭和時代がいつ終わりを告げるのか知っておるか?」
俺はためらわず、知っている知識というか、実際に俺が過去に体験した《《その日》》を話した。
「昭和が終わるのは、明日だ。明日の朝早く、陛下がお隠れになる」
説明しよう。
後の昭和天皇こと裕仁陛下は昭和64年1月7日午前6時33分、皇居吹上御所において87歳で崩御した。翌1月8日、元号法に基づき「昭和」は「平成」に改元されたのである。
当然ながら、俺以外の動物でこのことを知るものはいない。いや正確には、俺と同じく令和から転生してきたトイプードルのプーは知識として知っているだろうが。
彼女が今どこにいるのかはわからない。湘南のペットショップで売られていたはずなので、今頃はどこか海沿いの家にでも飼われているだろうか。幸せに暮らしていればいいが……
俺がそんな感慨に沈み込んでいるうちに、周囲の動物たちは騒然としていた。
ニャーゴ?ニャーニャー!(明日だと? 嘘をつくな!)
ブモー?(魔王がいよいよ復活するのか?)
俺の発言が周囲にプチパニックを引き起こしている。まずい、なんだかみんな興奮状態だ。するとトラ柄の大猫、女帝チャトランが送電塔の上にするすると登り、周囲に一喝した。
ブーミャーーーゴ!(静まれぇーーー!)
途端、動物たちは声を出すのを止めた。チャトラン姐さん、すげー。続いて賢者ソースが言葉を継いだ。
「まさか、明日とはな。多摩川の主よ、如何する?」
ずっと黙っていた多摩川の主、ウシダ師匠が重々しく答えた。
「ワシらに今できることをするまでじゃ。まずは魔王の眷属、アライグマどもの寝ぐらを引き続き探す。できるならば捕らえて、魔王の情報を引き出したいと思っておるぞ、賢者よ」
「そうだな。魔王がどこに現れるのか、どんな力を持っているのか、何もわからない今はそれしかできんな」
動物たちも固唾を飲んで多摩川の主と賢者の会話を見守っていた。
「多摩川18地区の動物たちよ。ワシが今言った通りじゃ。引き続き魔王の眷属どもを探すのじゃ。何かあれば、すぐワシに報告するのじゃ。よいな?」
動物たちは一斉に頷き、この夜の大集会は閉会となった。
◇◇◇
翌日、昭和64年1月7日。
俺は佐藤家のリビングのテレビで、昭和天皇が崩御されたニュースを確認した。まさに俺の記憶通りの歴史が進んでいた。
日本が第二次世界大戦を挟み、驚異的な復興と経済発展を遂げた激動の時代、昭和時代が終わりを告げたのだ。




